上 下
28 / 37
第四章 集結する思い

光明

しおりを挟む
 心に迷いを抱えながらも出場した闘技場にて。結局優勝までも果たしてしまったディルクは賞金を受け取ったことでしばらく生活が安泰となった。

 しかしまとまったお金を手に入れても、これからどうするべきかと彼は頭を悩ませている。

 5界の魔導書のことや邪悪な魔術師のこと、そして殺されてしまった仲間のことを忘れたわけではなかったが、そのことを考えようとするといつしか酷い頭痛に襲われてしまうのだ。凄惨な現場を思い出せば、黒い魔力の奔流が頭の中を蝕むように、ディルクはまともでいられなくなった。

 あの日、あの場所で復讐を決意してからは、怒りで自分を騙しながら、この悲痛な記憶を押し殺して、整理ができていないのをいいことに感情をないがしろにしてきた。長く続かないだろうそんな誤魔化しはずっと、老人の仲間によって支えられていた。

 目的を達成することだけを考えて、どうすれば相手を追い詰められるか、どうすれば救える命を救うことができるかだけを見ていればよかった。

 ところがアマデウスの死によって必死に繋いできたものが崩れ去り、あっという間に闇の中に迷ってしまった。生活するために闘技場へと足を運んだが、それは純粋にお金のため。ディルクが一生を費やすつもりだった信念、人を助けるためではない。

 そのことが余計に彼を迷わせたが、そんな状態でも優勝まで来てしまった。心はずっと迷っていたが、いざというときのためにと鍛えてきた体は動いていたのだ。

 ディルクは皮肉っぽい笑みを浮かべて、闘技場からお世話になっている宿へと向かう。決勝戦はいつもより早い時間に行われたため、今は丁度夕時。赤に近い鮮明な夕日に顔が照らされて、目を少し細めたその合間に、誰かが目の前にやってきていた。

 それは決勝戦の相手、武術の達人であるラウルだった。脇腹の傷は深かったはずだが、今は普通に歩けるどころか気配を消しつつ素早く誰かの前に立つことができるまで回復しているようだ。

 彼は出会ったときと同じく目隠しをしているが、何故か今のディルクにはその表情が何となくわかる。

「残念ながら私は負けてしまいました。しかしあなたはまだ迷っているようだ」

「ああ。むしろ当面の目標がなくなってどうしようか困っているところだ」

「おやおや。目標がなくなったとは何のことやらわかりませんな。未だその心には暗い炎が渦巻いているように見受けられるが」

「……あなたは何でもお見通しのようだ」

「ええ。そして迷えるあなたに一つ教えて差し上げましょう。あなたが失ったと思っているものは果たして本当に失っているのでしょうか。……かの者だけに大義を任せてよいのですかな?」

「それはどういう……まさか!?」

「気付かれましたかな? かの者はそう簡単に死ぬような運命にはない。もちろん、あなたもね。だからこんなところで話し込んでいる暇などはないでしょう」

「何故そんなことを――いや、無粋なことを聞くべきではないだろう。感謝する」

「確か南東の大陸には神の御業を使う聖女がいるとのことですよ。常軌を逸した力……それを追えばいずれ道は開けるでしょう」

 それを言い終わるや否や、ラウルの姿は忽然と消えた。変わってはいるが、彼も魔術師だ。それが今明らかになったが、そんなことはよもやどうでも良かった。

 どんどんと沈んでいく赤の夕日に焦がされて、ディルクの歩調は早まる。アマデウスが生きている。その事実が再び彼を突き動かした。

 アマデウスのことだ。生きているのならどこかで魔導書を探しているに違いない。それが分かればディルクは急遽宿から出て行き、馬車を使って南東の大陸に向かう船の停留所を目指した。幸い、優勝賞金で移動するための路銀には困らない。

 闘技場で戦った意義も確かにあった。そう納得するようにして、ディルクは馬車の中で夜を過ごし、英気を養うために僅かな休息の時間に意識を手放すのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

普通の女子高生だと思っていたら、魔王の孫娘でした

桜井吏南
ファンタジー
 え、冴えないお父さんが異世界の英雄だったの?  私、村瀬 星歌。娘思いで優しいお父さんと二人暮らし。 お父さんのことがが大好きだけどファザコンだと思われたくないから、ほどよい距離を保っている元気いっぱいのどこにでもいるごく普通の高校一年生。  仲良しの双子の幼馴染みに育ての親でもある担任教師。平凡でも楽しい毎日が当たり前のように続くとばかり思っていたのに、ある日蛙男に襲われてしまい危機一髪の所で頼りないお父さんに助けられる。  そして明かされたお父さんの秘密。  え、お父さんが異世界を救った英雄で、今は亡きお母さんが魔王の娘なの?  だから魔王の孫娘である私を魔王復活の器にするため、異世界から魔族が私の命を狙いにやって来た。    私のヒーローは傷だらけのお父さんともう一人の英雄でチートの担任。  心の支えになってくれたのは幼馴染みの双子だった。 そして私の秘められし力とは?    始まりの章は、現代ファンタジー  聖女となって冤罪をはらしますは、異世界ファンタジー  完結まで毎日更新中。  表紙はきりりん様にスキマで取引させてもらいました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

おっす、わしロマ爺。ぴっちぴちの新米教皇~もう辞めさせとくれっ!?~

月白ヤトヒコ
ファンタジー
 教皇ロマンシス。歴代教皇の中でも八十九歳という最高齢で就任。  前任の教皇が急逝後、教皇選定の儀にて有力候補二名が不慮の死を遂げ、混乱に陥った教会で年功序列の精神に従い、選出された教皇。  元からの候補ではなく、支持者もおらず、穏健派であることと健康であることから選ばれた。故に、就任直後はぽっと出教皇や漁夫の利教皇と揶揄されることもあった。  しかし、教皇就任後に教会内でも声を上げることなく、密やかにその資格を有していた聖者や聖女を見抜き、要職へと抜擢。  教皇ロマンシスの時代は歴代の教皇のどの時代よりも数多くの聖者、聖女の聖人が在籍し、世の安寧に尽力したと言われ、豊作の時代とされている。  また、教皇ロマンシスの口癖は「わしよりも教皇の座に相応しいものがおる」と、非常に謙虚な人柄であった。口の悪い子供に「徘徊老人」などと言われても、「よいよい、元気な子じゃのぅ」と笑って済ませるなど、穏やかな好々爺であったとも言われている。 その実態は……「わしゃ、さっさと隠居して子供達と戯れたいんじゃ~っ!?」という、ロマ爺の日常。 短編『わし、八十九歳。ぴっちぴちの新米教皇。もう辞めたい……』を連載してみました。不定期更新。

天職はドロップ率300%の盗賊、錬金術師を騙る。

朱本来未
ファンタジー
 魔術師の大家であるレッドグレイヴ家に生を受けたヒイロは、15歳を迎えて受けた成人の儀で盗賊の天職を授けられた。  天職が王家からの心象が悪い盗賊になってしまったヒイロは、廃嫡されてレッドグレイヴ領からの追放されることとなった。  ヒイロは以前から魔術師以外の天職に可能性を感じていたこともあり、追放処分を抵抗することなく受け入れ、レッドグレイヴ領から出奔するのだった。

異世界無宿

ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。 アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。 映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。 訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。 一目惚れで購入した車の納車日。 エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた… 神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。 アクション有り! ロマンス控えめ! ご都合主義展開あり! ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。 不定期投稿になります。 投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。

双子獣人と不思議な魔導書

夜色シアン
ファンタジー
〈注:現在は小説家になろう、マグネット!にて連載中です〉 著:狼狐 表紙:暗黒魔界大帝国王リク@UNKnown_P ユグドラシルーーそこは貴重な魔導書が存在する大陸。しかし貴重が故に謎が多い魔導書の使用、そして一部の魔法が一部地域で禁忌とされている。 また人々から恐れ、疎まれ、憎まれと人からは嫌われている種族、人狼ーーその人狼として生まれ育ったハティとスコルの双子は、他界した母親が所持していた魔導書『零の魔導書』を完成させるため、人狼と人の仲を和解すべく、旅立つのだがーー 「ハティ〜ハティ養分が不足してるよ〜」 「私の養分ってなんですか!スコルさん!?」 登場人物全員が一癖二癖ある双子達の旅路が、今始まる! ーー第二幕「牙を穿て」開幕!ーー

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

処理中です...