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第四章 集結する思い
光明
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心に迷いを抱えながらも出場した闘技場にて。結局優勝までも果たしてしまったディルクは賞金を受け取ったことでしばらく生活が安泰となった。
しかしまとまったお金を手に入れても、これからどうするべきかと彼は頭を悩ませている。
5界の魔導書のことや邪悪な魔術師のこと、そして殺されてしまった仲間のことを忘れたわけではなかったが、そのことを考えようとするといつしか酷い頭痛に襲われてしまうのだ。凄惨な現場を思い出せば、黒い魔力の奔流が頭の中を蝕むように、ディルクはまともでいられなくなった。
あの日、あの場所で復讐を決意してからは、怒りで自分を騙しながら、この悲痛な記憶を押し殺して、整理ができていないのをいいことに感情をないがしろにしてきた。長く続かないだろうそんな誤魔化しはずっと、老人の仲間によって支えられていた。
目的を達成することだけを考えて、どうすれば相手を追い詰められるか、どうすれば救える命を救うことができるかだけを見ていればよかった。
ところがアマデウスの死によって必死に繋いできたものが崩れ去り、あっという間に闇の中に迷ってしまった。生活するために闘技場へと足を運んだが、それは純粋にお金のため。ディルクが一生を費やすつもりだった信念、人を助けるためではない。
そのことが余計に彼を迷わせたが、そんな状態でも優勝まで来てしまった。心はずっと迷っていたが、いざというときのためにと鍛えてきた体は動いていたのだ。
ディルクは皮肉っぽい笑みを浮かべて、闘技場からお世話になっている宿へと向かう。決勝戦はいつもより早い時間に行われたため、今は丁度夕時。赤に近い鮮明な夕日に顔が照らされて、目を少し細めたその合間に、誰かが目の前にやってきていた。
それは決勝戦の相手、武術の達人であるラウルだった。脇腹の傷は深かったはずだが、今は普通に歩けるどころか気配を消しつつ素早く誰かの前に立つことができるまで回復しているようだ。
彼は出会ったときと同じく目隠しをしているが、何故か今のディルクにはその表情が何となくわかる。
「残念ながら私は負けてしまいました。しかしあなたはまだ迷っているようだ」
「ああ。むしろ当面の目標がなくなってどうしようか困っているところだ」
「おやおや。目標がなくなったとは何のことやらわかりませんな。未だその心には暗い炎が渦巻いているように見受けられるが」
「……あなたは何でもお見通しのようだ」
「ええ。そして迷えるあなたに一つ教えて差し上げましょう。あなたが失ったと思っているものは果たして本当に失っているのでしょうか。……かの者だけに大義を任せてよいのですかな?」
「それはどういう……まさか!?」
「気付かれましたかな? かの者はそう簡単に死ぬような運命にはない。もちろん、あなたもね。だからこんなところで話し込んでいる暇などはないでしょう」
「何故そんなことを――いや、無粋なことを聞くべきではないだろう。感謝する」
「確か南東の大陸には神の御業を使う聖女がいるとのことですよ。常軌を逸した力……それを追えばいずれ道は開けるでしょう」
それを言い終わるや否や、ラウルの姿は忽然と消えた。変わってはいるが、彼も魔術師だ。それが今明らかになったが、そんなことはよもやどうでも良かった。
どんどんと沈んでいく赤の夕日に焦がされて、ディルクの歩調は早まる。アマデウスが生きている。その事実が再び彼を突き動かした。
アマデウスのことだ。生きているのならどこかで魔導書を探しているに違いない。それが分かればディルクは急遽宿から出て行き、馬車を使って南東の大陸に向かう船の停留所を目指した。幸い、優勝賞金で移動するための路銀には困らない。
闘技場で戦った意義も確かにあった。そう納得するようにして、ディルクは馬車の中で夜を過ごし、英気を養うために僅かな休息の時間に意識を手放すのだった。
しかしまとまったお金を手に入れても、これからどうするべきかと彼は頭を悩ませている。
5界の魔導書のことや邪悪な魔術師のこと、そして殺されてしまった仲間のことを忘れたわけではなかったが、そのことを考えようとするといつしか酷い頭痛に襲われてしまうのだ。凄惨な現場を思い出せば、黒い魔力の奔流が頭の中を蝕むように、ディルクはまともでいられなくなった。
あの日、あの場所で復讐を決意してからは、怒りで自分を騙しながら、この悲痛な記憶を押し殺して、整理ができていないのをいいことに感情をないがしろにしてきた。長く続かないだろうそんな誤魔化しはずっと、老人の仲間によって支えられていた。
目的を達成することだけを考えて、どうすれば相手を追い詰められるか、どうすれば救える命を救うことができるかだけを見ていればよかった。
ところがアマデウスの死によって必死に繋いできたものが崩れ去り、あっという間に闇の中に迷ってしまった。生活するために闘技場へと足を運んだが、それは純粋にお金のため。ディルクが一生を費やすつもりだった信念、人を助けるためではない。
そのことが余計に彼を迷わせたが、そんな状態でも優勝まで来てしまった。心はずっと迷っていたが、いざというときのためにと鍛えてきた体は動いていたのだ。
ディルクは皮肉っぽい笑みを浮かべて、闘技場からお世話になっている宿へと向かう。決勝戦はいつもより早い時間に行われたため、今は丁度夕時。赤に近い鮮明な夕日に顔が照らされて、目を少し細めたその合間に、誰かが目の前にやってきていた。
それは決勝戦の相手、武術の達人であるラウルだった。脇腹の傷は深かったはずだが、今は普通に歩けるどころか気配を消しつつ素早く誰かの前に立つことができるまで回復しているようだ。
彼は出会ったときと同じく目隠しをしているが、何故か今のディルクにはその表情が何となくわかる。
「残念ながら私は負けてしまいました。しかしあなたはまだ迷っているようだ」
「ああ。むしろ当面の目標がなくなってどうしようか困っているところだ」
「おやおや。目標がなくなったとは何のことやらわかりませんな。未だその心には暗い炎が渦巻いているように見受けられるが」
「……あなたは何でもお見通しのようだ」
「ええ。そして迷えるあなたに一つ教えて差し上げましょう。あなたが失ったと思っているものは果たして本当に失っているのでしょうか。……かの者だけに大義を任せてよいのですかな?」
「それはどういう……まさか!?」
「気付かれましたかな? かの者はそう簡単に死ぬような運命にはない。もちろん、あなたもね。だからこんなところで話し込んでいる暇などはないでしょう」
「何故そんなことを――いや、無粋なことを聞くべきではないだろう。感謝する」
「確か南東の大陸には神の御業を使う聖女がいるとのことですよ。常軌を逸した力……それを追えばいずれ道は開けるでしょう」
それを言い終わるや否や、ラウルの姿は忽然と消えた。変わってはいるが、彼も魔術師だ。それが今明らかになったが、そんなことはよもやどうでも良かった。
どんどんと沈んでいく赤の夕日に焦がされて、ディルクの歩調は早まる。アマデウスが生きている。その事実が再び彼を突き動かした。
アマデウスのことだ。生きているのならどこかで魔導書を探しているに違いない。それが分かればディルクは急遽宿から出て行き、馬車を使って南東の大陸に向かう船の停留所を目指した。幸い、優勝賞金で移動するための路銀には困らない。
闘技場で戦った意義も確かにあった。そう納得するようにして、ディルクは馬車の中で夜を過ごし、英気を養うために僅かな休息の時間に意識を手放すのだった。
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