死者と竜の交わる時

逸れの二時

文字の大きさ
上 下
70 / 84
第八章

護衛

しおりを挟む
その言葉に従って少し待って全員をそろえると、カイネは依頼の話を持ってきたとまた嬉しさ溢れる笑顔をみんなに向けた。

何故そんなに嬉しそうなんだ? とザルムが聞くと、神殿の偉い人からの依頼だからとカイネははしゃいでいる。しかもその内容が……。

「護衛依頼か。これは責任重大だな」

「依頼主、護衛対象共にイングヴァル司祭様ですか。モレノさんを治療してくださった方ですね」

「ああ、その依頼なら店宛にも届いてるよ」

アロイスがなんとなく司祭の顔を思い出していると、ファムが依頼書を持ってやってきた。

ファムの手に握られている依頼書にはカイネが興奮しきって説明不足になっているところまでしっかりと書かれていた。

具体的には東のテロフィの街への護衛。司祭は知人の治療に赴きたいとのことで、どうしてもデスメ火山のある山脈の峠を通って行かないと異常なまでに時間がかかってしまうらしい。

「これまたあんな危険地帯を通るのね。受ける一択だとは思うけど、久々に全力で取り組まないといけない依頼だわ」

「イングヴァル司祭様には絶対に怪我をさせてはいけないと思うです」

「護衛対象に怪我をさせたら、そいつはもう報酬が無になるだろうし、冒険者としての信頼も失うだろうな。気を引き締めないとだぜ」

「偵察は……任せろ……」

「それは心強いですね。空から進む道を見渡せるのは大きなアドバンテージですから」

「アロイスはまだ空を飛べたりしないの?」

「変性魔法の八レベル、“フライト”が使えれば可能だったんですけどね。残念ながらあと一レベル足りません。少々浮くぐらいならできますけどね」

「ワタシはそれだけでもすごいと思うですよ。色んな系統を使いこなすのは簡単じゃないことはよくわかるです」

「ありがとうございます。全員の力を合わせて司祭様をお守りするとしましょう」


依頼を受ける冒険者として、カイネが通う神殿へ行くと、お待ちしておりましたとシスターに出迎えられる。

依頼を受けるにしろ断るにしろ、カイネが来てくれると思ってシスターにも話を通してくれていたのだろう。

全員でここに来たことでシスターはある程度察したようで、嬉しそうな表情でイングヴァル司祭を呼びに行った。

しばらくして、よくおいでくださったと奥の部屋から司祭がやってくる。

彼は最高司祭の割にはずいぶんと若く、初老という印象の優しげな男性だ。

カイネさんに良くしていただいて感謝しますとアロイスが手始めに言うのにも、こちらこそ、優秀な冒険者の娘さんと人々を救うことができて、むしろ私の方が助かっておるくらいですと、これまた完璧な回答をしてくる。

慕われているだけあって人格者のようだ。

人柄の良さにいくらか安心した冒険者たちは、依頼を受けると正式に告げると、司祭は感謝を述べて依頼についておさらいがてら、条件のすり合わせをしたいと提案してきた。

かかる日数も考慮して報酬は一人当たり2500ナッシュの計12500ナッシュ。多少の怪我くらいは仕方ないと言ってくれて、無事に往復できた時点で依頼達成ということだそうだ。

向こうで用事を済ませる間は数人近くにいてくれればいいそうで、全員で護衛する必要はないらしい。

お互いその条件で納得したところで、準備の時間を二時間程もらい、それからすぐにカルムの街を出発した。

今回の目的地は、全員行ったことのないテロフィの街だ。冒険者たちはどんなところか楽しみにしつつ、最高司祭といういつもよりさらに気を使わなければならない護衛対象と共に街道を歩んで行くのだった。


片道四日の距離は長い旅路で、さらに守るべき人がいるという状態は冒険者たちにはまだまだ新鮮だ。

細々した依頼で護衛依頼を受けたりはしたが、全員で行くような危険な場所を通ることなどそう多くはなかったのだ。

新しい気持ちで油断しないようにしながら見慣れた草原地帯を抜けて、荒野地帯に入る頃、早くも夕暮れに向けて日が傾いてきた。

今回は初老の男性を連れてきていることで、歩調遅めかつ休憩多めで進んできたことで時間の進み方が早いのかもしれない。

冒険者たちだけならもうそろそろデスメ火山付近の峠に着けたかも知れないが、依頼人を疲労困憊状態にさせてしまっては仕方がない。

彼らは遅めに歩いたことを司祭に気負わせないようにしつつ手早く野営の準備をして、アロイスが起こした火を囲んで夕食を取った。

少しのんびりして温かい食べ物を食べたら眠くなったのか、司祭は次第にウトウトし始める。それを見てカイネが無理せず休むように伝えると、彼は素直に感謝してテントの中に入っていった。

見張りを立てて休む前に、チャンスとばかりにマデリエネがふと呟く。

「最高司祭ともなるともっと傲慢な人を想像していたけど、すごくできた人だったわね。意外だったわ」

「誰にでも優しいし、実力のある司祭様だと思うです」

「カイネさんを上回る操原魔法の使い手はなかなかいませんからね。並々ならぬ努力を積んできたのでしょう」

「成長の早い冒険者でもないのにまだまだ若いもんな。素直に尊敬するぜ」

「……立派な人……なんだな……」

依頼主が実力者ということもあって、絶対に気を抜いてはいけない。それを全員で再確認したところで、湿地のときの見張り順で一番危ない時間帯、夜の時間の警戒をする。

幸いこの日は魔物に襲われることもなかったのだが、アロイスは空を見上げて。雲行きの怪しさを見て取った。文字通り、空に雲がモクモクとかかっており、明日は雨になりそうなのだ。

ザルムとカイネの順番でもまだ雨は降らなかったが、朝を迎えて出発しようというところでちょうど降ってきた。

荒野に入ってから降る雨は、小雨でもうかうかしているとすぐ水たまりになってしまう。そうなったときには魔法の力が必要になりかねないので、仕方なく依頼主を気遣いながら歩調を早めた。

必要になるかもしれないと、司祭の分も首から上が濡れないようなフードつきの外衣をそろえていたのは正解だった。おかげで視界は悪かったものの、あまり濡れることなく比較的長く続いた雨をしのぎ切った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

処理中です...