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第七章
見知った影
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暗がりの中、遠くにぼんやりと明かりが見える。それは近づくと魔術光だということがわかる。
そしてその光に照らされたのは、高尚なワインレッドとシックな黒を基調とした奇妙な文様のローブ。
首には動物の牙を繋げたような、銅と銀で作られたネックレスが威圧感を放っている。
男はローブに付けられたフードを深く被っており、顔は見えない。それなのに、何故か笑っていることが明確にわかった。
「……アロイス。どうだ? 楽しんでおるか?」
高いとも低いとも言えない不気味な声が、アロイスの名前を呼ぶ。
「どうして……私の名前を知っているのですか?」
「わざわざ湿地まで行ってあの女の解呪をするか。やはりお前は面白い。人を喰い殺した女だ、処刑すれば済む話ではないか」
「そんなことまで知っているということは、あなたが呪いをかけた張本人ということですか?」
「ふっ。質問ばかりだな。その明晰な頭脳を使うといい」
「……」
「まあせいぜい、私の邪魔はしないことだな」
彼は呼び止める間もないままに、“テレポート”の魔法でどこかに消えてしまった。本人はいなくなったが、それでも疑問ばかりが膨らんでいく。
なぜ自分の名前を知っていたのか。どうしてわざわざ村に来て待っていたのか。
そして何よりも、なんとために事件を起こしたのか。
しかし突っ立って考えていても仕方がない。仲間たちの声で現実に戻ってきたアロイスは、村長の家に戻って女性の処遇について話し合うことにした。
ところがこれも実に悩ましい問題だった。呪いに抵抗するのはただの人間にはほとんど不可能であることを考えると、彼女が悪いとも一概には言えない。
罪の自白をしなかったことも、殺人に加えて、人間を食べてしまったという二重とも言える告白の重さを考えると、情状酌量の余地はありそうだ。
かといって彼女の変貌ぶりが見られた以上、お咎めなしという訳にもいかない。
そもそも、彼女自身も罰則なしでは正式に罪を贖うことができずに苦しむ恐れだってある。
全員で色々と悩んだ末に、彼女の罰は村長の家での軟禁と村長の仕事の補助を一定期間続けるというものになった。
殺人の罪を犯してもそれなりに軽い罰則になったことにホッとする一方、自分のやってしまったことを思い出すと、彼女は気持ちのはけ口を見いだせずに苦しみに悶えるのだった。
今回のことは止めようがなかったこと、そして彼女の過失はむしろ少ないことを彼女自身にしっかりと説明して慰め続けることしばらく。ようやく彼女は納得したように罰則を全うすることを誓って、泣きながらも村長と冒険者たちに感謝を述べた。
再び災難の降りかかった村を救済して、数か月。奇妙な文様のローブの男の目撃情報もなければ、彼の仕業であろう事件も起きなかった。
彼のことを忘れたわけではないが、足取りがつかめなければどうにもならず、いつもの日常に戻りつつあった。
あれから届いた試験の結果で全員六レベル以上の冒険者であることが証明されて、みな喜びもひとしお。
これからさらに腕を磨こうというモチベーションを得ることができて、好循環になっていた。
その中で、ザルムは前回の試験が五レベルだったのであまり変わっていないのかとも一瞬思われた。
ところがそれは大きな間違いで、今回、ザルムは狂戦士化しなかったのだ。
さらに言えば竜剣技も使っていない。彼曰く、ここぞというときにしか使わないそうなのだ。
技能検定試験はここぞというときには当たらないらしい。全力を出さなくてもいい場ということではないが、狂戦士化はともかくとして竜剣技は彼の誇りなのだろう。それについては誰も何も言わなかった。
アロイスは今や七レベルの魔法を使いこなしている。数か月で一レベルの魔法の成長、しかもこの高レベル帯でというのは普通ありえない。
アロイスは死霊ではあるが、実際にこの世界に生きている年齢は体の年齢とほとんど変わらない。これこそ異常なまでの才能というものだった。
マデリエネは相変わらず持久戦の訓練、つまり基礎的な体力づくりを欠かさず行って、そのおかげで攻守ともに活躍する素早さを長時間持続できるようになっている。
彼女に攻撃を当てようなど、もはや無謀としか言えそうもない。
カイネは、街の人に神殿の司祭であると勘違いされるほど神殿に通って、病気の人を治療したり、外に出てマデリエネと一緒に動物を狩って、貧しい人のための炊き出しの食料を確保したりしていた。
その甲斐あって操原魔法のレベルは八レベル。冒険者という不在がちな立場にいなければ、街の人が思う通り、一つの神殿を任されてもおかしくないレベルだ。
冒険者を引退することになったら、実際にそうなる日が来るかもしれない。
ゲルセルは飛行しながら矢を射る訓練を日課としていて、アロイス特製の太い銀の矢の扱いにも徐々に慣れつつある。
これは精霊や亡霊、アンデッドに有効な攻撃としてアロイスが考えたものだ。
単純に呪刻によって硬度も増して攻撃力が高いので、大きな魔物相手にも有効に働くだろう。
ともかく、こうした様々な努力によってパーティランクがCに上がったので、ファムはまた大喜びしていた。
冒険者たちよりもファムが一番喜んでいたので、本人たちの喜びが吸われるような気もするくらいである。
ここまでくればカルムの街でのファムの店の地位はかなり高い。高レベルの冒険者を抱える店は国から丁重に扱われるのだ。
アロイスたちも色々な依頼を、ときには低めの難易度の依頼をメンバーで手分けして安く引き受けるので、どんな依頼層からも評判がよく、依頼が滞ることも少ないため店は繁盛していた。
店の中に客がいるわけでは無いが、依頼書の数を見れば繁盛と言う言葉が嘘ではないことが明らかなのだ。
しかも王国からは支援金が支払われている。その一部は冒険者それぞれにもあてがわれていて、冒険者として登録したときよりも王国の態度が変わったのをアロイスとザルムは強く感じた。
そしてそのお金と合わせて、もう少しで武具の新調ができる金額が手元に集まっている。ザルムとアロイスは新しい武具のためにファムに依頼を紹介してもらおうと思っていた。
ちょうどそこにカイネが神殿から帰って来る。彼女は嬉々とした表情でマデリエネとゲルセルとも話をしたいと二人に言ってきた。全員に伝えたいことがあるらしい。
そしてその光に照らされたのは、高尚なワインレッドとシックな黒を基調とした奇妙な文様のローブ。
首には動物の牙を繋げたような、銅と銀で作られたネックレスが威圧感を放っている。
男はローブに付けられたフードを深く被っており、顔は見えない。それなのに、何故か笑っていることが明確にわかった。
「……アロイス。どうだ? 楽しんでおるか?」
高いとも低いとも言えない不気味な声が、アロイスの名前を呼ぶ。
「どうして……私の名前を知っているのですか?」
「わざわざ湿地まで行ってあの女の解呪をするか。やはりお前は面白い。人を喰い殺した女だ、処刑すれば済む話ではないか」
「そんなことまで知っているということは、あなたが呪いをかけた張本人ということですか?」
「ふっ。質問ばかりだな。その明晰な頭脳を使うといい」
「……」
「まあせいぜい、私の邪魔はしないことだな」
彼は呼び止める間もないままに、“テレポート”の魔法でどこかに消えてしまった。本人はいなくなったが、それでも疑問ばかりが膨らんでいく。
なぜ自分の名前を知っていたのか。どうしてわざわざ村に来て待っていたのか。
そして何よりも、なんとために事件を起こしたのか。
しかし突っ立って考えていても仕方がない。仲間たちの声で現実に戻ってきたアロイスは、村長の家に戻って女性の処遇について話し合うことにした。
ところがこれも実に悩ましい問題だった。呪いに抵抗するのはただの人間にはほとんど不可能であることを考えると、彼女が悪いとも一概には言えない。
罪の自白をしなかったことも、殺人に加えて、人間を食べてしまったという二重とも言える告白の重さを考えると、情状酌量の余地はありそうだ。
かといって彼女の変貌ぶりが見られた以上、お咎めなしという訳にもいかない。
そもそも、彼女自身も罰則なしでは正式に罪を贖うことができずに苦しむ恐れだってある。
全員で色々と悩んだ末に、彼女の罰は村長の家での軟禁と村長の仕事の補助を一定期間続けるというものになった。
殺人の罪を犯してもそれなりに軽い罰則になったことにホッとする一方、自分のやってしまったことを思い出すと、彼女は気持ちのはけ口を見いだせずに苦しみに悶えるのだった。
今回のことは止めようがなかったこと、そして彼女の過失はむしろ少ないことを彼女自身にしっかりと説明して慰め続けることしばらく。ようやく彼女は納得したように罰則を全うすることを誓って、泣きながらも村長と冒険者たちに感謝を述べた。
再び災難の降りかかった村を救済して、数か月。奇妙な文様のローブの男の目撃情報もなければ、彼の仕業であろう事件も起きなかった。
彼のことを忘れたわけではないが、足取りがつかめなければどうにもならず、いつもの日常に戻りつつあった。
あれから届いた試験の結果で全員六レベル以上の冒険者であることが証明されて、みな喜びもひとしお。
これからさらに腕を磨こうというモチベーションを得ることができて、好循環になっていた。
その中で、ザルムは前回の試験が五レベルだったのであまり変わっていないのかとも一瞬思われた。
ところがそれは大きな間違いで、今回、ザルムは狂戦士化しなかったのだ。
さらに言えば竜剣技も使っていない。彼曰く、ここぞというときにしか使わないそうなのだ。
技能検定試験はここぞというときには当たらないらしい。全力を出さなくてもいい場ということではないが、狂戦士化はともかくとして竜剣技は彼の誇りなのだろう。それについては誰も何も言わなかった。
アロイスは今や七レベルの魔法を使いこなしている。数か月で一レベルの魔法の成長、しかもこの高レベル帯でというのは普通ありえない。
アロイスは死霊ではあるが、実際にこの世界に生きている年齢は体の年齢とほとんど変わらない。これこそ異常なまでの才能というものだった。
マデリエネは相変わらず持久戦の訓練、つまり基礎的な体力づくりを欠かさず行って、そのおかげで攻守ともに活躍する素早さを長時間持続できるようになっている。
彼女に攻撃を当てようなど、もはや無謀としか言えそうもない。
カイネは、街の人に神殿の司祭であると勘違いされるほど神殿に通って、病気の人を治療したり、外に出てマデリエネと一緒に動物を狩って、貧しい人のための炊き出しの食料を確保したりしていた。
その甲斐あって操原魔法のレベルは八レベル。冒険者という不在がちな立場にいなければ、街の人が思う通り、一つの神殿を任されてもおかしくないレベルだ。
冒険者を引退することになったら、実際にそうなる日が来るかもしれない。
ゲルセルは飛行しながら矢を射る訓練を日課としていて、アロイス特製の太い銀の矢の扱いにも徐々に慣れつつある。
これは精霊や亡霊、アンデッドに有効な攻撃としてアロイスが考えたものだ。
単純に呪刻によって硬度も増して攻撃力が高いので、大きな魔物相手にも有効に働くだろう。
ともかく、こうした様々な努力によってパーティランクがCに上がったので、ファムはまた大喜びしていた。
冒険者たちよりもファムが一番喜んでいたので、本人たちの喜びが吸われるような気もするくらいである。
ここまでくればカルムの街でのファムの店の地位はかなり高い。高レベルの冒険者を抱える店は国から丁重に扱われるのだ。
アロイスたちも色々な依頼を、ときには低めの難易度の依頼をメンバーで手分けして安く引き受けるので、どんな依頼層からも評判がよく、依頼が滞ることも少ないため店は繁盛していた。
店の中に客がいるわけでは無いが、依頼書の数を見れば繁盛と言う言葉が嘘ではないことが明らかなのだ。
しかも王国からは支援金が支払われている。その一部は冒険者それぞれにもあてがわれていて、冒険者として登録したときよりも王国の態度が変わったのをアロイスとザルムは強く感じた。
そしてそのお金と合わせて、もう少しで武具の新調ができる金額が手元に集まっている。ザルムとアロイスは新しい武具のためにファムに依頼を紹介してもらおうと思っていた。
ちょうどそこにカイネが神殿から帰って来る。彼女は嬉々とした表情でマデリエネとゲルセルとも話をしたいと二人に言ってきた。全員に伝えたいことがあるらしい。
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