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第一章
森の主
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少しずつ日が傾いていくのを感じながら、三人は日光の当たる場所から離れて、再び薄暗い森の中に入っていく。
腰まであるような背の高い草むらの箇所であっても、フィオナを先駆けとして二人の青年が手際よく薬草を採取していった。
ザルムさんそれはただの雑草ですとアロイスとフィオナの二人ともに言われる展開もありはしたが。
そんなこんなでようやく籠がいっぱいになると、さすがにフィオナには重くなりすぎて持てなくなってしまったようだ。
そんな様子を見て、ザルムがここぞとばかりに声高に言う。
「ここでようやく力持ちの出番だな。この破壊的に重くなった籠は俺が背負うから、アロイスとフィオナさんは周囲を警戒してくれよな」
わかりました! と元気よく返事をするフィオナが、不意に少し離れた木の上を見上げると、そこにはなんと……。
「ハチミツだわ!」
彼女は嬉々とした表情で飛び跳ねんばかりだ。しかしそれとは対照的にアロイスは険しい表情である。
「これはマズイですね」
ザルムはアロイスの反応を見て、今度はすぐに気が付いた。
「マズイ? ああ、熊の心配か」
「そうです。熊は嗅覚が鋭いですから、既に気付かれている可能性が高いですね。この森の中で三人逃げ切るのは不可能に近いことを考えると、準備をしてここで迎え討つのが最善でしょう」
フィオナの顔色がみるみる青ざめ始めたとき、ちょうど彼らの前方から響くような足音が聞こえてきた。
「どうやらお出ましのようだな。こういう予感ほど的中するもんだ。さあ、フィオナさんは隠れて、後は俺たちに任せてくれ」
フィオナは必死に落ち着きを取り戻すように瞬きする。
「お願いします。どうか御無事で」
彼女はそう言い残して、籠を引きずりながら大きな木の陰に隠れた。反対にザルムは複雑な面持ちで大きな盾を構え、隙を作らないように前に出ていく。
しかし剣を持つ手は小刻みに震え、盾も落ち着きなく揺れていた。アロイスはそれを不安の表れだと思ったらしく、杖をザルム向けて短く詠唱し魔法を使う。するとザルムの鎧は薄いオレンジ色に包まれて明るく光った。
三レベルの変性魔法“ハード”である。
「鎧を強化してくれたのか。助かるぜ」
「ええ。頼りにしていますよ、ザルムさん」
その言葉とともに、巨大な熊が姿を現した。しかしその大きさは大柄なザルムでさえ優に超えており、明らかに唯の熊ではなかった。
「よりにもよって変異種ですね。通常の熊よりも随分と育ちが良いようですが……」
「そんなことは関係ないぜ。襲って来るなら片付けるだけだ!」
ザルムは自身の体よりひと回りも大きな熊を前にしても全く躊躇うそぶりを見せず、分厚い毛皮の巨体に向かって突進していく。
対する熊も負けじとザルムに向かって突進し、鋭い牙を武器にして噛み付かんとする。
ところが寸でのところでヒラりと横に躱されて、熊は大きくよろめいた。勢いが止まった獲物にすかさずザルムが攻撃する。
「残念だったな!」
がら空きになった横腹に彼のブロードソードが閃く。
斬撃は毛皮を深く切り裂いたが、熊はザルムに素早く向き直った。そして間髪入れずに腕を振り上げ、鋭い爪を振り下ろす。
何とか盾で受けたものの、突然の反撃にザルムはバランスを崩してしまった。
右足を踏ん張って何とか立っている状態の彼に、再び熊の大牙が見える。
変異種の熊の犬歯は四本の大きな刃も同然で、鈍重な痛みを覚悟したそのとき、熊の横っ面に拳くらいの大きさの岩が見事にヒットした。
その軌跡を辿ればアロイスの杖にたどり着くことだろう。
ザルムは瞬時に体勢を立て直し、両手利きの特性を生かした大盾による殴打を熊の顔面にプレゼントだ。
二発の打撃攻撃を食らった熊は大きく後ろに怯んで引いた。味をしめて詰め寄るザルムだったが、熊の執念は侮れない。
突如熊の前足によるカウンターブロウが炸裂。ザルムは後ろに吹き飛ばされた。
何とか身を翻して転倒せずに着地するが、熊との距離は離れてしまう。そうなれば当然、お留守になった前衛を越えて、熊の標的が横に位置取っていたアロイスへと変わった。
大きな獣は今にも彼に襲い掛からんと大口を開け威嚇している。
ところがそのアロイスは、力を注ぎこむようにして前方に杖を掲げながら集中している。既に三つの魔法円がアロイスの周りの地面に浮かび上がっており、長い詠唱の言葉が詠われていくごとに魔法円は輝きを増していった。
そうして極限まで高められた集中は、彼の合図とともに一瞬のうちに高熱の炎線となる。
“ファイアボルト”
解き放たれた炎が熊に向かっていく。その炎は激しく熊に襲い掛かり、大きな身体もろともその生命をも焼き尽くした――。
腰まであるような背の高い草むらの箇所であっても、フィオナを先駆けとして二人の青年が手際よく薬草を採取していった。
ザルムさんそれはただの雑草ですとアロイスとフィオナの二人ともに言われる展開もありはしたが。
そんなこんなでようやく籠がいっぱいになると、さすがにフィオナには重くなりすぎて持てなくなってしまったようだ。
そんな様子を見て、ザルムがここぞとばかりに声高に言う。
「ここでようやく力持ちの出番だな。この破壊的に重くなった籠は俺が背負うから、アロイスとフィオナさんは周囲を警戒してくれよな」
わかりました! と元気よく返事をするフィオナが、不意に少し離れた木の上を見上げると、そこにはなんと……。
「ハチミツだわ!」
彼女は嬉々とした表情で飛び跳ねんばかりだ。しかしそれとは対照的にアロイスは険しい表情である。
「これはマズイですね」
ザルムはアロイスの反応を見て、今度はすぐに気が付いた。
「マズイ? ああ、熊の心配か」
「そうです。熊は嗅覚が鋭いですから、既に気付かれている可能性が高いですね。この森の中で三人逃げ切るのは不可能に近いことを考えると、準備をしてここで迎え討つのが最善でしょう」
フィオナの顔色がみるみる青ざめ始めたとき、ちょうど彼らの前方から響くような足音が聞こえてきた。
「どうやらお出ましのようだな。こういう予感ほど的中するもんだ。さあ、フィオナさんは隠れて、後は俺たちに任せてくれ」
フィオナは必死に落ち着きを取り戻すように瞬きする。
「お願いします。どうか御無事で」
彼女はそう言い残して、籠を引きずりながら大きな木の陰に隠れた。反対にザルムは複雑な面持ちで大きな盾を構え、隙を作らないように前に出ていく。
しかし剣を持つ手は小刻みに震え、盾も落ち着きなく揺れていた。アロイスはそれを不安の表れだと思ったらしく、杖をザルム向けて短く詠唱し魔法を使う。するとザルムの鎧は薄いオレンジ色に包まれて明るく光った。
三レベルの変性魔法“ハード”である。
「鎧を強化してくれたのか。助かるぜ」
「ええ。頼りにしていますよ、ザルムさん」
その言葉とともに、巨大な熊が姿を現した。しかしその大きさは大柄なザルムでさえ優に超えており、明らかに唯の熊ではなかった。
「よりにもよって変異種ですね。通常の熊よりも随分と育ちが良いようですが……」
「そんなことは関係ないぜ。襲って来るなら片付けるだけだ!」
ザルムは自身の体よりひと回りも大きな熊を前にしても全く躊躇うそぶりを見せず、分厚い毛皮の巨体に向かって突進していく。
対する熊も負けじとザルムに向かって突進し、鋭い牙を武器にして噛み付かんとする。
ところが寸でのところでヒラりと横に躱されて、熊は大きくよろめいた。勢いが止まった獲物にすかさずザルムが攻撃する。
「残念だったな!」
がら空きになった横腹に彼のブロードソードが閃く。
斬撃は毛皮を深く切り裂いたが、熊はザルムに素早く向き直った。そして間髪入れずに腕を振り上げ、鋭い爪を振り下ろす。
何とか盾で受けたものの、突然の反撃にザルムはバランスを崩してしまった。
右足を踏ん張って何とか立っている状態の彼に、再び熊の大牙が見える。
変異種の熊の犬歯は四本の大きな刃も同然で、鈍重な痛みを覚悟したそのとき、熊の横っ面に拳くらいの大きさの岩が見事にヒットした。
その軌跡を辿ればアロイスの杖にたどり着くことだろう。
ザルムは瞬時に体勢を立て直し、両手利きの特性を生かした大盾による殴打を熊の顔面にプレゼントだ。
二発の打撃攻撃を食らった熊は大きく後ろに怯んで引いた。味をしめて詰め寄るザルムだったが、熊の執念は侮れない。
突如熊の前足によるカウンターブロウが炸裂。ザルムは後ろに吹き飛ばされた。
何とか身を翻して転倒せずに着地するが、熊との距離は離れてしまう。そうなれば当然、お留守になった前衛を越えて、熊の標的が横に位置取っていたアロイスへと変わった。
大きな獣は今にも彼に襲い掛からんと大口を開け威嚇している。
ところがそのアロイスは、力を注ぎこむようにして前方に杖を掲げながら集中している。既に三つの魔法円がアロイスの周りの地面に浮かび上がっており、長い詠唱の言葉が詠われていくごとに魔法円は輝きを増していった。
そうして極限まで高められた集中は、彼の合図とともに一瞬のうちに高熱の炎線となる。
“ファイアボルト”
解き放たれた炎が熊に向かっていく。その炎は激しく熊に襲い掛かり、大きな身体もろともその生命をも焼き尽くした――。
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