死者と竜の交わる時

逸れの二時

文字の大きさ
上 下
4 / 84
第一章

森の主

しおりを挟む
少しずつ日が傾いていくのを感じながら、三人は日光の当たる場所から離れて、再び薄暗い森の中に入っていく。

腰まであるような背の高い草むらの箇所であっても、フィオナを先駆けとして二人の青年が手際よく薬草を採取していった。

ザルムさんそれはただの雑草ですとアロイスとフィオナの二人ともに言われる展開もありはしたが。

そんなこんなでようやく籠がいっぱいになると、さすがにフィオナには重くなりすぎて持てなくなってしまったようだ。

そんな様子を見て、ザルムがここぞとばかりに声高に言う。

「ここでようやく力持ちの出番だな。この破壊的に重くなった籠は俺が背負うから、アロイスとフィオナさんは周囲を警戒してくれよな」

わかりました! と元気よく返事をするフィオナが、不意に少し離れた木の上を見上げると、そこにはなんと……。

「ハチミツだわ!」

彼女は嬉々とした表情で飛び跳ねんばかりだ。しかしそれとは対照的にアロイスは険しい表情である。

「これはマズイですね」

ザルムはアロイスの反応を見て、今度はすぐに気が付いた。

「マズイ? ああ、熊の心配か」

「そうです。熊は嗅覚が鋭いですから、既に気付かれている可能性が高いですね。この森の中で三人逃げ切るのは不可能に近いことを考えると、準備をしてここで迎え討つのが最善でしょう」

フィオナの顔色がみるみる青ざめ始めたとき、ちょうど彼らの前方から響くような足音が聞こえてきた。

「どうやらお出ましのようだな。こういう予感ほど的中するもんだ。さあ、フィオナさんは隠れて、後は俺たちに任せてくれ」

フィオナは必死に落ち着きを取り戻すように瞬きする。

「お願いします。どうか御無事で」

彼女はそう言い残して、籠を引きずりながら大きな木の陰に隠れた。反対にザルムは複雑な面持ちで大きな盾を構え、隙を作らないように前に出ていく。

しかし剣を持つ手は小刻みに震え、盾も落ち着きなく揺れていた。アロイスはそれを不安の表れだと思ったらしく、杖をザルム向けて短く詠唱し魔法を使う。するとザルムの鎧は薄いオレンジ色に包まれて明るく光った。

三レベルの変性魔法“ハード”である。

「鎧を強化してくれたのか。助かるぜ」

「ええ。頼りにしていますよ、ザルムさん」

その言葉とともに、巨大な熊が姿を現した。しかしその大きさは大柄なザルムでさえ優に超えており、明らかに唯の熊ではなかった。

「よりにもよって変異種ですね。通常の熊よりも随分と育ちが良いようですが……」

「そんなことは関係ないぜ。襲って来るなら片付けるだけだ!」

ザルムは自身の体よりひと回りも大きな熊を前にしても全く躊躇うそぶりを見せず、分厚い毛皮の巨体に向かって突進していく。

対する熊も負けじとザルムに向かって突進し、鋭い牙を武器にして噛み付かんとする。

ところが寸でのところでヒラりと横に躱されて、熊は大きくよろめいた。勢いが止まった獲物にすかさずザルムが攻撃する。

「残念だったな!」

がら空きになった横腹に彼のブロードソードが閃く。

斬撃は毛皮を深く切り裂いたが、熊はザルムに素早く向き直った。そして間髪入れずに腕を振り上げ、鋭い爪を振り下ろす。

何とか盾で受けたものの、突然の反撃にザルムはバランスを崩してしまった。

右足を踏ん張って何とか立っている状態の彼に、再び熊の大牙が見える。

変異種の熊の犬歯は四本の大きな刃も同然で、鈍重な痛みを覚悟したそのとき、熊の横っ面に拳くらいの大きさの岩が見事にヒットした。

その軌跡を辿ればアロイスの杖にたどり着くことだろう。

ザルムは瞬時に体勢を立て直し、両手利きの特性を生かした大盾による殴打を熊の顔面にプレゼントだ。

二発の打撃攻撃を食らった熊は大きく後ろに怯んで引いた。味をしめて詰め寄るザルムだったが、熊の執念は侮れない。

突如熊の前足によるカウンターブロウが炸裂。ザルムは後ろに吹き飛ばされた。

何とか身を翻して転倒せずに着地するが、熊との距離は離れてしまう。そうなれば当然、お留守になった前衛を越えて、熊の標的が横に位置取っていたアロイスへと変わった。

大きな獣は今にも彼に襲い掛からんと大口を開け威嚇している。

ところがそのアロイスは、力を注ぎこむようにして前方に杖を掲げながら集中している。既に三つの魔法円がアロイスの周りの地面に浮かび上がっており、長い詠唱の言葉が詠われていくごとに魔法円は輝きを増していった。

そうして極限まで高められた集中は、彼の合図とともに一瞬のうちに高熱の炎線となる。

“ファイアボルト”

解き放たれた炎が熊に向かっていく。その炎は激しく熊に襲い掛かり、大きな身体もろともその生命をも焼き尽くした――。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

攫われた聖女~魔族って、本当に悪なの?~

月輪林檎
ファンタジー
 人々を恐怖に陥れる存在や魔族を束ねる王と呼ばれる魔王。そんな魔王に対抗できる力を持つ者を勇者と言う。  そんな勇者を支える存在の一人として、聖女と呼ばれる者がいた。聖女は、邪な存在を浄化するという特性を持ち、勇者と共に魔王を打ち破ったとさえ言われている。  だが、代が変わっていく毎に、段々と聖女の技が魔族に効きにくくなっていた…… 今代の聖女となったクララは、勇者パーティーとして旅をしていたが、ある日、勇者にパーティーから出て行けと言われてしまう。 勇者達と別れて、街を歩いていると、突然話しかけられ眠らされてしまう。眼を覚ました時には、目の前に敵である魔族の姿が…… 人々の敵である魔族。その魔族は本当に悪なのか。クララは、魔族と暮らしていく中でその事について考えていく。

そして、腐蝕は地獄に――

ヰ島シマ
ファンタジー
盗賊団の首領であったベルトリウスは、帝国の騎士エイブランに討たれる。だが、死んだはずのベルトリウスはある場所で目を覚ます。 そこは地獄―― 異形の魔物が跋扈する血と闘争でまみれた世界。魔物に襲われたところを救ってくれた女、エカノダもまた魔物であった。 彼女を地獄の王にのし上げるため、ベルトリウスは悪虐の道を進む。 これは一人の男の死が、あらゆる生物の破滅へと繋がる物語。 ―――― ◇◇◇ 第9回ネット小説大賞、一次選考を通過しました! ◇◇◇ ◇◇◇ エブリスタ様の特集【新作コレクション(11月26日号)】に選出して頂きました ◇◇◇

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

ウィルビウス〜元勇者パーティに拾われて裏ボス兼勇者に至った私と、元凶である悪役令嬢の元彼女を含めた絶対破壊の交響曲!?

奈歩梨
ファンタジー
 両親を看取り恋人にも半ば裏切られる形で婚約破棄され、親しい友人も殆ど居ない元陸自の30代男性、金剛(こんごう) 悠希(ゆうき)はある親子を庇いトラックに轢かれ死亡した。  然し、その親子は本来その日に死ぬべき運命であり、悠希はそれを捻じ曲げた為に科学の代わりに魔法が発展した異世界に転生するも、先に異世界でも大貴族の令嬢として転生していたらしい元恋人の有栖川(ありすがわ) 桃(もも)と彼女が何故か敵視する女神との諍いに巻き込まれる形で第二の生まれ故郷を焼き滅ぼされ、更に唯一の肉親となった姉のレナとも生き別れに。  その後、謎の存在により異世界・ウィルビウスでの育ての親であり嘗て大魔王よりも厄介な存在である最強であり最凶の竜神を討ち滅ぼした剣王レオニダス、賢王ソフィア、鍛治職人テラ、元王国隠密部隊補佐長リリス達と姉代わりとなるテラとリリスの娘、エリスと出逢い、元勇者パーティの指導を受け逞し過ぎる程に成長して…!? ※ 小説家になろう カクヨムでも掲載中です。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

【前編完結】50のおっさん 精霊の使い魔になったけど 死んで自分の子供に生まれ変わる!?

眼鏡の似合う女性の眼鏡が好きなんです
ファンタジー
リストラされ、再就職先を見つけた帰りに、迷子の子供たちを見つけたので声をかけた。  これが全ての始まりだった。 声をかけた子供たち。実は、覚醒する前の精霊の王と女王。  なぜか真名を教えられ、知らない内に精霊王と精霊女王の加護を受けてしまう。 加護を受けたせいで、精霊の使い魔《エレメンタルファミリア》と為った50のおっさんこと芳乃《よしの》。  平凡な表の人間社会から、国から最重要危険人物に認定されてしまう。 果たして、芳乃の運命は如何に?

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

処理中です...