青、渋滞。白、崩れさる。

茶茶

文字の大きさ
上 下
6 / 7

ナイフとマゾッホ

しおりを挟む
二人の情事を見て楽しんでいる五十代半ばの男が椅子に座っていた。

「あなたは一体誰ですか」涼介は言った。

「とりあえず、座ってゆっくりしなよ」男は言った。

俺と涼介は革張りの椅子に座った。太ももがひやりとする。目の前には二つのインクをとかしたかのような真っ黒なコーヒーが置かれた。

「なんですか。俺たちを呼び出して」俺は声がかすれてしまった。

男は目の前のコーヒーを傾け、隣のセックスを眺め、たっぷり時間を置いた後しゃべり始めた。

「わたくしの名は、朝比奈 巡。レオポルト・フォン・ザッヘル=マゾッホの生まれ変わりだ。」朝比奈は懐から名刺を二枚取り出した。名前の上には、有名な銀行の取締役兼執行役とかかれている。

「この世はね、快楽で回っている。みてごらん。セックスをする彼らの目は恍惚に酔いしれているだろう」朝比奈は横でセックスをする二人の男らを見て、それから俺たちを見た。朝比奈は膝上で手を組んだ。

「世界は快楽で、それがね芸術なんだよ。ジャック=カロの「戦争の惨禍」を知っているかい?その中に、大量の人間が木に吊り下げられている版画があるのだがね、初めて見たとき、わたくしはひどく興奮した。

人は、その作品を見て戦争の悲惨さを知り、顔をしかめて戦争を二度と起こしてはいけないなと思うのかもしれない。

でもね、わたくしはその版画を見て戦争のことを思って心を痛めることよりも、まず先に死の芸術、痛みへの羨望そして、そこからなりえる幸福を考えたんだ。

わたくしも、痛めつけてほしいってね。痛みは一瞬で快楽へなりえる。苦しみも幸福になるんだよ。だって生きているから。生きてしまっているから。苦しみや痛みは生きている証拠だから。この世で最も気持ち良さを体感するには、痛みを体感することなんだ」

喘ぎ声が一オクターブ高くなり、肉が弾く音が聞こえる。

「そこでだ。君たちには頼みがある。成功報酬は一億だ」

朝比奈は口角を丁寧に上げ、言った。隣からぐちょぐちょと粘膜がこすれる音がする。

「わたくしを殺してほしい」

朝比奈はポケットから折り畳み式のナイフを机の上にことりと置いた。

「わたくしは最高の快楽を得たい。わたくしは死にたくてたまらない。」

ベッドの上で肉体が痙攣してる。朝比奈は葉巻を取り出した。煙が顔をかすめる。いったい目の前の男は何を言っているんだ。

「わたくしは立場ある人間だ。だから、わたくしが死ぬことで、この世はある程度混乱するだろうし、混乱の原因を探し出して、君たちの存在を消すものも現れるかもしれない。君たちには迷惑をかけることは十分知っているが、わたくしを殺してほしい」

「勝手に死んどけよ。俺たちを巻き込むな。さっき言った絵みたいに一人で首つって死ねばいいじゃん」俺は言った。いったいこいつはなんなんだ。

「わたくしは、最高の快楽が欲しいんだよ。もちろん、首つって死ぬだけでもそこそこの快楽は得られる。しかしながら、一番を手に入れるためには人の手で殺され、それを目撃する人が必要なんだよ」

「そもそも、なんで俺たちなんですか?」涼介は言った。

「わたくしはね、君たちの顧客なんだよ。それもふと客。それで、どんな人がこんな商売をしているのか知りたくてね、調べさせてもらった。まぁ、金持の道楽だよ。

君たちを見ているとね、どうも腹の下らへんから煮たぎった何かが沸き上がってくるんだよ。

その感情はね、嫉妬や羨望、懐古、憎しみ、怒り、好奇心、興奮、恍惚それらがすべて混ざったようなもので、名前など付けられないんだよ。感情というものは紙一重、表裏一体だからね。

なんにせよ、わたくしが君たちに対して何かを強く感じたんだ。そして、思ったんだよ。殺されるなら君たちがいいってね」

「君たちが私を殺さないのだったら、そうだな、君たちのどちらか一方だけを殺し、一方は生かす。無理やりにでもね。すべての情報をネットにまかれ、片割れを失った状態で生かせる。自殺もさせないように見張りも入れる」朝比奈は自分のアイデアを気に入ったかのように、下品に笑った。

「痛みは美しいんだよ」

男は立ち上がると、涼介の隣に座り、手に持っていた葉巻を涼介の手の甲に押し付けた。

ジュっと火が皮膚を燃やす音がした。男は立ち上がり、ゆっくり振り向いた。その目には薄い膜が貼り、濡れていた。

「ねっ、痛みは快楽なn  」

男の言葉が途切れる。

俺はいつの間にか包丁を手にしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

ひとりぼっちの180日

あこ
BL
付き合いだしたのは高校の時。 何かと不便な場所にあった、全寮制男子高校時代だ。 篠原茜は、その学園の想像を遥かに超えた風習に驚いたものの、順調な滑り出しで学園生活を始めた。 二年目からは学園生活を楽しみ始め、その矢先、田村ツトムから猛アピールを受け始める。 いつの間にか絆されて、二年次夏休みを前に二人は付き合い始めた。 ▷ よくある?王道全寮制男子校を卒業したキャラクターばっかり。 ▷ 綺麗系な受けは学園時代保健室の天使なんて言われてた。 ▷ 攻めはスポーツマン。 ▶︎ タグがネタバレ状態かもしれません。 ▶︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

ビターシロップ

ゆりすみれ
BL
【ケーキ】と【フォーク】が存在する世界。 カニバリズム的な猟奇殺人は起こらないが、本能に抗えなくなったフォークがケーキの体液欲しさに乱暴を働くことは時々ある世界。 ボーイが全員ケーキというフォーク専用のウリ専【Vanilla】で働く人気No.1ケーキの咲十琉架(さとうるか)(26)は、一流ホテルのレストランで働いていたがフォークになり職を失った汐屋和唯(しおやかずい)(22)を道で拾い家に連れて帰る。 行くところがないという和唯を、家事代行を条件に家に置いてやる琉架。「家事の対価にオレを舐めていいよ」という琉架と、フォークになりたての和唯の同居生活が始まって──。 【突然味覚をなくした元エリートコック(フォーク)】×【人気No.1のウリ専ボーイ(ケーキ)】 ※ケーキバースの基本設定をお借りしています。細かい設定や解釈は独自のものです。詳しい説明は「ケーキバースとは」のページに記載しています。 ※猟奇的要素は一切なく、ケーキとフォークがいるということ以外は普通の現代社会の世界観です。ほのぼのケーキバースです。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

闇を照らす愛

モカ
BL
いつも満たされていなかった。僕の中身は空っぽだ。 与えられていないから、与えることもできなくて。結局いつまで経っても満たされないまま。 どれほど渇望しても手に入らないから、手に入れることを諦めた。 抜け殻のままでも生きていけてしまう。…こんな意味のない人生は、早く終わらないかなぁ。

処理中です...