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第4話 黒魔術

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 惚れ薬の一件があって以来、エミリーは以前よりも黒魔術に強い興味を示すようになりました。なぜなら計画は失敗したものの、惚れ薬自体はたしかに強力な効果があると確信できたからです。

 エミリーは黒魔術について調べていくうちに、黒魔術の中には他者を傷つける呪いがあることに気付きました。
 もしかしたら、これを使えばサーラを殺せるかもしれない……そう考えたエミリーは、呪いに関する記述を注意深く読み込みます。
 やがて一通り説明を読み終えると、呪いの儀式を手伝ってもらうために、魔女が住む森へと足を運ぶことにしました。

 暗く深い森の中を進み魔女の家までたどり着くと、エミリーは丁寧に扉をノックします。すると魔女は扉を開け、エミリーに対しこう尋ねました。


「おや、今日はいったい何の用だいお嬢ちゃん?」

「お久しぶりです、魔女のおばさま。今日は黒魔術の本に書かれている呪いについて聞きたくて来ました」


 エミリーがそう言うと、魔女はニヤリと口角を上げ笑いました。


「そうかいそうかい……ついにそこまで興味を持ち始めたんだね」


 エミリーは魔女の不気味な表情に一瞬怯みますが、意を決して魔女に頼み込みます。


「黒魔術の本に他者を殺めることができる呪いが存在すると書かれていました。でも、肝心な内容は全て黒く塗りつぶされています。なので、もし呪いについてご存知でしたら教えて頂けないでしょうか?」


 エミリーが真剣な表情で頼むと、魔女は意地悪そうな顔をしながらこう答えました。


「ああ、別にかまわないよ。ただしアタシも慈善家じゃないんだ、タダでは教えてやれないね」

「……お金、ですか?」

「いいや、違うよ。アタシが今欲しいのは金じゃ買えない物さ」

「……例えば?」

「そうだねぇ……あぁ、あんたの命の蝋燭でも見せてもらおうか」


 命の蝋燭……聞き慣れないその言葉に、エミリーは戸惑いました。エミリーが返答に困っていると、魔女は命の蝋燭について説明し始めました。


「命の蝋燭っていうのはね、簡単に言えばその人間の寿命を可視化したものだよ。蝋燭の長さがそのままその人間の寿命ってわけさ。アタシはあの蝋燭の輝きが好きでねぇ……だけど悲しいことに、命の蝋燭は他人の物しか見ることができないんだ。だからあんたが命の蝋燭を見せてくれるって言うなら、呪いを掛ける方法を教えてやってもいいと思ってるよ」


 エミリーは魔女の説明を聞いて考え込みます。
 もしも魔女の説明に偽りが無いのであれば、エミリーは自分の寿命を魔女に知られるだけで、呪いを掛ける方法を知ることができるわけです。しかし、それだと代償としては軽すぎるような気もします。エミリーが悩んでいると、魔女は苛立ち始めました。


「で、どうなんだいお嬢ちゃん? 命の蝋燭を見せてくれるのかい? それともこの話は無かったことにするのかい? アタシゃ別にどっちでもかまわないよ」


 魔女にそう急かされ、エミリーは思わず命の蝋燭を見せると言ってしまいました。
 すると魔女はニヤッと気味悪く笑った後、なぜかエミリーの胸に向かって顔を押し付けてきました。
 エミリーは魔女の予想外の行動に驚き抵抗しようとしますが、魔女は見た目からは想像できないほどの力でエミリーの腕を掴んでいたため、エミリーは身動き一つ取ることができません。
 エミリーが恐る恐る目線を自らの胸に向けると、魔女の頭はエミリーの胸の中に入っており、首より下の体しか見えない状態になっていました。エミリーがその異様な光景に怯えていると、体の中から魔女の声がしてきました。


「あぁ……燃えているよ……命の蝋燭が煌々こうこうと光っている。素晴らしい……素晴らしい……」


 エミリーは自分の体の中から自分以外の声が響く感覚に耐えられず、ついには叫んでしまいました。


「いや! やめて! もう十分でしょ!」


 魔女はゆっくりとエミリーの体の中から頭を引き出すと、満足気な顔をしつつこう言いました。


「いやぁ……久々に良いものを見せてもらったよ。あんたの命の蝋燭、とても美しかったよ」


 エミリーは内心魔女に怯えつつも、勇気を振り絞ってこう言いました。


「や、約束通り命の蝋燭は見せてあげたわ、次はあなたが約束を守る番よ」


 エミリーがそう言うと、魔女はニヤついたまま家に上がるよう促してきました。エミリーは、いっそのこと逃げ出したいという気持ちを抑えながら、意を決して魔女の家に上がり込みます。


「さて、話を聞かせてもらおうじゃないか」


 そう言って魔女は腕を組むと、椅子の背もたれに寄りかかりました。エミリーはゆっくりと深呼吸した後、意を決して魔女に頼み込みます。


「私、サーラという人間をどうしても殺したいんです。なので呪いを掛けてもらえませんか?」


 魔女はエミリーの願いを聞くと、小馬鹿にしたような表情を浮かべ、フンッと鼻で笑いました。


「あんた、自分が何を言っているのか分かってるのかい? そんなことをしたらあんたは人殺しだよ?」

「はい、でも、どうしても殺したいんです」

「……あんたは何度も利用してきたからわかってはいると思うけど、基本的に黒魔術は人の心を操る魔術なんだ。だかね、自殺願望を持っていない人間を自殺させるほどの力は無いのさ。言ってる意味がわかるかい?」

「……?」

「はぁ……つまりね、もしもあんたがサーラの心を操って自殺させたいのなら、まずサーラに自殺願望を持たせることから始めなくちゃいけないんだよ」

「どうやって?」

「そんなこと知らないよ、その女をどうしても殺したいのなら、あんたが頑張るしかないんじゃないかい?」

「そんな……サーラを追い詰めたりなんかしたら、それこそ私が町から追い出されちゃう……」

「だけどね、あんたにはもう一つの方法が残されているんだよ」

「……どんな方法ですか?」


 エミリーがそう尋ねると、魔女は身を乗り出しこう告げました。


「簡単さ、サーラに恨みのある人物を見つけ出して、そいつの心を操るんだよ。ゼロから一を生みだすのが難しくても、一を百にすることは容易い。火に油を注ぐだけだからね、ヒッヒッヒッ」


 そう言って魔女は意地の悪い笑みをを浮かべました。


「ただしね、いくら容易いとは言っても、行うことは殺人だ。それ相応の対価を支払わないと
呪いをかけることはできないよ」

「……お金、ですか?」

「金? そんなものじゃ釣り合わないよ。命を奪うために必要なのはね、同じ命だよ」

「そんな……じゃあサーラを殺すためには、私も死なないといけないんですか?」

「まぁ、待ちな。あくまであんたがやることは人の心を操ることだ、あんたが直接相手の命を奪う訳じゃない。だから呪いの代償も少しは軽いよ……そうだね、寿命を二十年ばかり削れば十分かもしれないね」

「……二十年、ですか」

「まぁ、あんたが百まで生きるのなら、二十年早まって八十でくたばるぐらいの年数だよ。どうだい、妥当だろう?」

「……わかりました、サーラが殺せるのならそれでもいいです」


 エミリーの言葉を聞いて、一瞬魔女は目を見開きます。


「……本気かい? 一度呪いの契約をしたら、あんたの寿命はもう戻せなくなるよ?」

「はい、お願いします」

「……じゃあ、この契約書にサインしな」


 そう言うと魔女は契約書と万年筆を取り出し、エミリーに手渡しました。エミリーは一旦躊躇ちゅうちょしたものの、ここまで来たら引き下がれないと思い直し、契約書に自分の名前をサインします。


「たしかに受け取ったよ、じゃあさっそく儀式の準備を始めようか」


 そう言うと魔女はエミリーを地下室へと連れて行き、そこで呪いの儀式を行いました。

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