怪獣のまち

立花鏡河

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13 大怪獣と戦うなんて

第38話

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「アカリちゃん!」
「ヒメ!」

 伊吹くんと涼音さんの心配げな声が、かすかに聞こえる。
 永遠かと思われた時間――。
 右目に注ぎこまれる炎が止まった。
 カグラさまは、炎をすべて吐ききったんだ!

「つぅ……」

 あたしは片ひざをついて、顔をゆがめた。
 全身に、強烈な痛みとしびれがある。

「アカリ……さま……」

 同じように、横で片ひざをついているヒメちゃんと目が合う。

「ヒメ……ちゃん……。だい……じょうぶ?」

 そうたずねるのが精一杯で。

「大丈夫……です」

 無理やり笑顔をつくって、ピースサインするヒメちゃん。
 すごいよ、ヒメちゃん!
 その小さな体でよく……。
 おどろきと、ソンケーと、申し訳なさで胸がつまって、いろんな感情がまざりあい、涙となってあふれ出る。
 涙を隠すように顔をそむけると――。

「まだだ! もう一度くるぞっ!」

 涼音さんのさけびでハッとして、カグラさまに向きなおる。
 ふたたび、ワニみたいに口をあんぐりと開けるカグラさま。
 赤の怪がはなたれる気配がする。
 うそでしょ……?
 もう、あたしもヒメちゃんも、器がいっぱいになってしまった。
 これ以上、怪シュウなんてできないよ!
 炎の壁でバリアをはるしかないっ!

 だけど――限界ギリギリまで怪シュウしたから、パソコンがフリーズしたみたいになって、思うように怪眼が発動してくれない。
 ましてや、体を動かして逃げるなんてできない。
 非情にも、カグラさまは、あたしとヒメちゃん目がけて、第二弾の炎をはなってきた。
 まるでスローモーションみたいに、すさまじい炎がせまってくる。
 それなのに、どうすることもできないんだ。

 ――もう、ダメだ!

 あきらめたとき、炎のまえに、二つの影が立ちふさがった。
 ぶわっ!! びゅおおおおおお!
 同時に、猛烈な風が吹きあれる。
 たちまち、炎は消えさって……。
 二つの影は――涼音さんと伊吹くんだった。

 大きく息をついて、伊吹くんがふり返り、
「大丈夫か!?」
 って言ってくれた。

 た、助かったぁ……。
 力がぬけおちて、その場に倒れそうになる。

「涼音さまっ! 助かりましたぁ~」

 頬をつたう涙をぬぐうことなく、へなへな~と、くずれ落ちるヒメちゃん。

「あの~、俺も緑の怪を出したんですけど~」
「やっぱり涼音さま! 頼りになるよ~」

 伊吹くんのアピールむなしく、ヒメちゃんはスルーした。

「ありがとうね、伊吹くん」

 あたしがほほ笑むと、伊吹くんは照れくさそうに頭をかいた。

「今のは、どういうつもりですか!? カグラさま!」

 深緑の髪をなびかせながら、涼音さんがさけんだ。
 ふたたび、張りつめた空気がただよう。

「ボクたちが助けに入らなければ、アカリとヒメは死んでいた! こんなことは許されない! たとえ神のごとき大怪獣である、あなたであっても!」

 声に出してさけぶと同時に、心の中でも怒りをぶつけている涼音さん。
 それでもカグラさまは応えない。

「そうか! どこまでも怪ツウをこばむか! ならば――」

 涼音さんの言葉をさえぎるように、カグラさまが、ふいに半身はんみになった。
 そして、その反動で、ムチのようにしなったしっぽが、あたしたちに向かってきたんだ!
 まるで、邪魔なものをなぎ払うかのように……。

「――っ!」

 迫りくるしっぽに、思わず目をつむったとき、ふわりと体が浮かびあがる感覚――。
 目を開けると、カグラさまを見おろせる高さにいた。

「涼音さん!」

 あたしは、涼音さんにお姫さま抱っこされていた。
 何も言わず、カグラさまをにらみつけている涼音さん。

「伊吹……」

 ヒメちゃんは、伊吹くんにお姫さま抱っこされていて、ちょっと顔を赤らめている。

「なんだよ、牛乳って呼ばねーのかよ」

 いたずらっぽい笑みを浮かべる伊吹くん。

「……一つ貸しだから、牛乳は卒業ということにしてあげるよ。でも、タメ口禁止! ヒメのほうが先輩だし!」
「はいはい、わかった。わかりました」

 ため息をつく伊吹くん。
 すると、涼音さんの声が飛んできた。

「伊吹! 緑の怪がくるぞ! そなえろ!」
「……っと、はいっ!」

 涼音さんは、カグラさまから目を離さずに言った。

「アカリ、ボクの腰にしっかりつかまっていて。ぜったいに、はなしちゃダメだよ」
「は、はいっ!」

 あたしが言われたとおりにすると、ヒメちゃんも伊吹くんの腰にしがみつく。
 涼音さんの読みはいつだって正しい。
 カグラさまは、激しく翼を羽ばたかせた。
 荒々しく、凶暴な風が、あたしたちをおそってくる。

 ――吹っ飛ばされる!

 覚悟したけれど、暴風は、涼音さんと伊吹くんの両手のひらに吸いこまれていく。
 苦しそうに顔をゆがめて、涼音さんが口を開いた。

「うくっ…………美雷!」
「待ってたで、うちの出番を!」

 見おろすと、美雷さんがカグラさまの正面に立ち、右手を空に向かって突きあげている。
 美雷さんはニヤリとして。

「天の雷よ、落ちるべし!」

 たちまち閃光が走り、カグラさまに落ちた。
 けたたましい破裂音が響きわたる。
 キシャアアアアアアアア!
 カグラさまは悲鳴のような声をあげると、それきり動かなくなった。
 その巨体からは、白い煙がたちのぼっている。

「や……やった……。出血大サービスや。ためこんでた金の怪をずいぶんと使ったで」

 肩で息をしている美雷さん。
 涼音さんと伊吹くんが地面に降りて、あたしとヒメちゃんを下ろしてくれた。
 美雷さんにかけより、ねぎらうように肩に手を置く涼音さん。

「ありがとう、美雷。キミなら限界まで怪シュウしたあとも、すぐに怪ゲキに移れると思っていたよ」
「うちはハンパな鍛え方はしてへん。器も日々デカくなってますわ」

 呼吸を荒くしながらも、得意げに、腰に手をあてる美雷さん。
 初めて美雷さんに会った日、「常に己を高める努力が必要」と言われたのを思いだす。
 あたしなんて、怪シュウしたあとは全く動けなかったし、怪ゲキに移るなんて無理だった。
 もっと努力しなきゃ! あたしも涼音さんに信頼されるレベルになりたい!
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