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20、予期せぬ再会
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派手なことを好まないというか、あまり金持ちぶることを好かないエッフェンベルグ家の趣向で、この屋敷ではあまり晩餐会や舞踏会は開かれないのだという。
そのため、今回のエッフェンベルグ家主催の晩餐会はかなり久々のことで、セバスティアンを中心に使用人達は慌ただしく準備に追われていた。
そうはいってもあくまでプロ集団。アンドレに聞くまで大変な状態であることなどわからないくらい、表には忙しさなど微塵も見せていなかったけれど。
それでも忙しいことに変わりはなく、セバスティアンに願い出たことは当日限定で叶えられることになった。
当日、わたしはアンドレたちに混じって料理を運んだり飲み物を提供したりする。給仕の仕事はしたことはあるけれど、それはあくまで庶民向けの店でだから、粗相がないようにアンドレたちの真似をうまくしなくてはならない。
「そういう理由でカティはそんな服装をしているのか」
わたしのお仕着せ姿を見てやや不満そうにマティウスは呟く。エッフェンベルグ氏に付き添って晩餐会に出席しなければならないため、元々機嫌はあまり良くはなかったのだけれど、わたしが着替えたのを見てさらに不機嫌になったのだ。
「似合ってませんか?」
「そういうことを言っているんじゃない」
わかっていてことだったけれど、スカートを両手で軽く持ち上げてポーズをとってみると、マティウスは頬を赤らめて困った顔をした。
このお仕着せは、夫人が女性使用人に着せるためにこだわって仕立てたというだけあって、かなり凝ったデザインだ。かといって華美ではないから、わたしとしてはドレスよりも抵抗なく身につけることができた。アンドレはわたしにも男装をさせようとしていたのだけれど、身長がないわたしが着たところで様にならないから、結局この服装に落ち着いた。
「父の仕事を間近で見たいというのなら、わたしのそばについていればいいじゃないか」
「いえ、わたしはただの客人ですし、もっと言えば雇われてここにいるわけですから晩餐会に出席するのはおかしな話ですよ?」
「……それは、そうだが」
マティウスは、子供のように唇を尖らせた。
たぶん、今夜のことが不安なのだろう。
年齢的には社交の場へどんどん出て行ってもおかしくないのだけれど、マティウスはこれまでそういうところへ顔を出したことがあまりないのだという。
でも、こんなのは場数なのだとアンドレが言っていた。慣れてしまえば晩餐会も舞踏会も顔ぶれが毎度違うだけで、やることなんて一緒だと。
だからマティウスもそのうち慣れるだろう。そして、積極的に参加するようになって、その中からちょうどいい相手を見つけるといい。
「晩餐会って、大変ですよね」
「まぁ、何か取引しようとか一緒に仕事をしようとかしたときに信用ならない相手とはできないから、日頃から人脈を築いておくことが大事らしい。……食事をしながら交流を深めるなんて言っておきながら、やってることは腹の探り合いなんだが」
言いながら、マティウスは盛大に溜め息を吐く。そういう内情はきちんとわかっているあたり、さすが大商人のご子息さまだ。
「何でも今回の晩餐会は、最近台頭してきた若い実業家の新規事業への出資を祝うという名目らしくて、まだ書面は交わしていないがほぼ決まりということで父が浮かれているんだ」
新規事業への出資は、うまく行けばエッフェンベルグ家への利益も大きいはずなのにマティウスは浮かない顔をしている。氏が出資すると決めたのなら、それなりに確証もあるのだろう。それをまだそういったやりとりに慣れていないマティウスが心配するというのは不思議だ。
「実業家への出資なら旦那様の評判も上がって良いことだと思うんですけれど」
「その実業家っていうのが怪しいんだ。その人がというより、その人のバックにいる家がな……」
「問題があるんですか?」
「バックにいるというのが、バウスネルン家……私が殴ったあの男の家だ。辛うじて残った爵位にしがみつく貧乏貴族だ」
「ああ……」
それは苦い顔になるはずだと、わたしは納得した。あの高慢阿呆面を思い出すだけで、わたしは絶対に取引しないと思う。息子が馬鹿なら間違いなく親も馬鹿だろう。というより、あのような振る舞いを許しているあたりまともではないのはわかるのだから。
「旦那様には?」
「言ったけれど、『個人的感情をビジネスに持ち込んじゃいけないよ。確かに友人付き合いをしたい相手ではないけれどね』としか言われなかった。私が、あの息子を嫌っているからこんなことを言ったと父は思ったらしい」
ようは子供の言うことだからと、旦那様はマティウスの発言を一蹴したということだろう。社交場にもろくに顔を出した経験のない息子の言うことなど聞けないと思うのかもしれないけれど、冷静に考えればわかりそうなものなのに。
「その実業家とやらがまともな人ならいいですね」
「……それを見極めるためにも、今夜は気合を入れて参加しようと思う」
マティウスは鼻息荒く鏡の前で髪にブラシを通した。意気込みは立派だけれど、襟が曲がっている。忙しいセバスティアンに代わって身繕いの手伝いに来てよかった。
「着替えのときは、ちゃんと鏡の前で何回転かしなくちゃダメですよ」
ついでにタイも結び直してやりながら言うと、さっきまでの気合はどこへやら。マティウスは口元がゆるんで阿呆みたいな顔になった。せっかくの美男子が台無しだ。残念な阿呆美男子だ。
「こうしてもらうと、カティが私の妻になったみたいだな」
予想はしていたけれど、マティウスはそんなことを考えていたらしい。どちらかというとお母さんと子供でしょと思ったけれど、晩餐会前に凹ませたくないから黙っておいた。
「んー……わたしは夫にするなら身繕いくらい自分でできる人がいいですけどね」
「……次からは頑張る」
ドアを開けて部屋の外へと送り出しながら言うと、マティウスは少し萎れた様子になったけれど、もう一度表情を引き締めて歩き出した。わたしもそれに付き添うように後ろへ続く。
会場についてからは怒涛のように時間が過ぎていった。セバスティアンの指示通り料理を運び、飲み物を乗せた盆を持って人々の間を歩いて回るだけなのだけれど、会場は広いし、客人に途中で用事を言いつけられるし、ひとところにいてくれないしで想像以上の大変さだった。それをこの屋敷の使用人達は笑顔で、涼しい顔してこなしているのだからすごいと思う。わたしなんか何度「用事言いつけたならジッとしてろボケ」と思ったことか。手伝いたいと言った手前、そんなこと顔には決して出せないけれど。
「仕方がないけど、今日はおじさんが多いね」
少し落ち着いて裏に引っ込んだときに、アンドレがそんなことを愚痴っていた。男装はしていてもやっぱり心は乙女。同じ年頃の男性を見たいという気持ちはあるらしい。
「若いのと言えば、マティウスとバウスネルン男爵のとこのバカボンくらいでしょ。舞踏会じゃないから女の子も見られないし、そのせいで若い殿方も集まらないのよね」
アンドレの言葉に会場をちらりと覗くと、確かにバカボンも来ていた。遠目から見ても知能が低そうなのがわかるのが驚きだ。でも、今夜は父親のそばにいるから、少しだけ行儀良くしているようだけれど。
マティウスやエッフェンベルグ氏はどこにいるのかと会場にぐるりと視線をやったとき、わたしは不意に胸の奥がざらりとする感覚に襲われた。見てはいけないものを見た、という感覚に近いと思う。
「カティ、どうしたの? 好みの人でもいた?」
ある人物に釘付けになっていると、アンドレにそう声をかけられた。だからわたしは、胸をざわつかせるその人物を指差す。
「ねぇ、アンドレ。あの人って……?」
「ああ。あの人が確か、旦那様が出資することに決めた実業家の方よ。名前はアダム・グラマン、だったかな?」
「そうなの……」
名前を聞いて、少しだけ安心した。わたしが思った人物とは違う名前だ。
でも、見れば見るほどざわめきが強くなる。そんな、まさか……と思うけれど、あいつに違いないという警鐘が自分の中で鳴り響いていた。
こんなところにいるはずないとは思うけれど、もしかしたらという気持ちが強まる。
だから、わたしはもっと近くで確認するために、飲み物を乗せたお盆を持って会場に戻ることにした。
そのため、今回のエッフェンベルグ家主催の晩餐会はかなり久々のことで、セバスティアンを中心に使用人達は慌ただしく準備に追われていた。
そうはいってもあくまでプロ集団。アンドレに聞くまで大変な状態であることなどわからないくらい、表には忙しさなど微塵も見せていなかったけれど。
それでも忙しいことに変わりはなく、セバスティアンに願い出たことは当日限定で叶えられることになった。
当日、わたしはアンドレたちに混じって料理を運んだり飲み物を提供したりする。給仕の仕事はしたことはあるけれど、それはあくまで庶民向けの店でだから、粗相がないようにアンドレたちの真似をうまくしなくてはならない。
「そういう理由でカティはそんな服装をしているのか」
わたしのお仕着せ姿を見てやや不満そうにマティウスは呟く。エッフェンベルグ氏に付き添って晩餐会に出席しなければならないため、元々機嫌はあまり良くはなかったのだけれど、わたしが着替えたのを見てさらに不機嫌になったのだ。
「似合ってませんか?」
「そういうことを言っているんじゃない」
わかっていてことだったけれど、スカートを両手で軽く持ち上げてポーズをとってみると、マティウスは頬を赤らめて困った顔をした。
このお仕着せは、夫人が女性使用人に着せるためにこだわって仕立てたというだけあって、かなり凝ったデザインだ。かといって華美ではないから、わたしとしてはドレスよりも抵抗なく身につけることができた。アンドレはわたしにも男装をさせようとしていたのだけれど、身長がないわたしが着たところで様にならないから、結局この服装に落ち着いた。
「父の仕事を間近で見たいというのなら、わたしのそばについていればいいじゃないか」
「いえ、わたしはただの客人ですし、もっと言えば雇われてここにいるわけですから晩餐会に出席するのはおかしな話ですよ?」
「……それは、そうだが」
マティウスは、子供のように唇を尖らせた。
たぶん、今夜のことが不安なのだろう。
年齢的には社交の場へどんどん出て行ってもおかしくないのだけれど、マティウスはこれまでそういうところへ顔を出したことがあまりないのだという。
でも、こんなのは場数なのだとアンドレが言っていた。慣れてしまえば晩餐会も舞踏会も顔ぶれが毎度違うだけで、やることなんて一緒だと。
だからマティウスもそのうち慣れるだろう。そして、積極的に参加するようになって、その中からちょうどいい相手を見つけるといい。
「晩餐会って、大変ですよね」
「まぁ、何か取引しようとか一緒に仕事をしようとかしたときに信用ならない相手とはできないから、日頃から人脈を築いておくことが大事らしい。……食事をしながら交流を深めるなんて言っておきながら、やってることは腹の探り合いなんだが」
言いながら、マティウスは盛大に溜め息を吐く。そういう内情はきちんとわかっているあたり、さすが大商人のご子息さまだ。
「何でも今回の晩餐会は、最近台頭してきた若い実業家の新規事業への出資を祝うという名目らしくて、まだ書面は交わしていないがほぼ決まりということで父が浮かれているんだ」
新規事業への出資は、うまく行けばエッフェンベルグ家への利益も大きいはずなのにマティウスは浮かない顔をしている。氏が出資すると決めたのなら、それなりに確証もあるのだろう。それをまだそういったやりとりに慣れていないマティウスが心配するというのは不思議だ。
「実業家への出資なら旦那様の評判も上がって良いことだと思うんですけれど」
「その実業家っていうのが怪しいんだ。その人がというより、その人のバックにいる家がな……」
「問題があるんですか?」
「バックにいるというのが、バウスネルン家……私が殴ったあの男の家だ。辛うじて残った爵位にしがみつく貧乏貴族だ」
「ああ……」
それは苦い顔になるはずだと、わたしは納得した。あの高慢阿呆面を思い出すだけで、わたしは絶対に取引しないと思う。息子が馬鹿なら間違いなく親も馬鹿だろう。というより、あのような振る舞いを許しているあたりまともではないのはわかるのだから。
「旦那様には?」
「言ったけれど、『個人的感情をビジネスに持ち込んじゃいけないよ。確かに友人付き合いをしたい相手ではないけれどね』としか言われなかった。私が、あの息子を嫌っているからこんなことを言ったと父は思ったらしい」
ようは子供の言うことだからと、旦那様はマティウスの発言を一蹴したということだろう。社交場にもろくに顔を出した経験のない息子の言うことなど聞けないと思うのかもしれないけれど、冷静に考えればわかりそうなものなのに。
「その実業家とやらがまともな人ならいいですね」
「……それを見極めるためにも、今夜は気合を入れて参加しようと思う」
マティウスは鼻息荒く鏡の前で髪にブラシを通した。意気込みは立派だけれど、襟が曲がっている。忙しいセバスティアンに代わって身繕いの手伝いに来てよかった。
「着替えのときは、ちゃんと鏡の前で何回転かしなくちゃダメですよ」
ついでにタイも結び直してやりながら言うと、さっきまでの気合はどこへやら。マティウスは口元がゆるんで阿呆みたいな顔になった。せっかくの美男子が台無しだ。残念な阿呆美男子だ。
「こうしてもらうと、カティが私の妻になったみたいだな」
予想はしていたけれど、マティウスはそんなことを考えていたらしい。どちらかというとお母さんと子供でしょと思ったけれど、晩餐会前に凹ませたくないから黙っておいた。
「んー……わたしは夫にするなら身繕いくらい自分でできる人がいいですけどね」
「……次からは頑張る」
ドアを開けて部屋の外へと送り出しながら言うと、マティウスは少し萎れた様子になったけれど、もう一度表情を引き締めて歩き出した。わたしもそれに付き添うように後ろへ続く。
会場についてからは怒涛のように時間が過ぎていった。セバスティアンの指示通り料理を運び、飲み物を乗せた盆を持って人々の間を歩いて回るだけなのだけれど、会場は広いし、客人に途中で用事を言いつけられるし、ひとところにいてくれないしで想像以上の大変さだった。それをこの屋敷の使用人達は笑顔で、涼しい顔してこなしているのだからすごいと思う。わたしなんか何度「用事言いつけたならジッとしてろボケ」と思ったことか。手伝いたいと言った手前、そんなこと顔には決して出せないけれど。
「仕方がないけど、今日はおじさんが多いね」
少し落ち着いて裏に引っ込んだときに、アンドレがそんなことを愚痴っていた。男装はしていてもやっぱり心は乙女。同じ年頃の男性を見たいという気持ちはあるらしい。
「若いのと言えば、マティウスとバウスネルン男爵のとこのバカボンくらいでしょ。舞踏会じゃないから女の子も見られないし、そのせいで若い殿方も集まらないのよね」
アンドレの言葉に会場をちらりと覗くと、確かにバカボンも来ていた。遠目から見ても知能が低そうなのがわかるのが驚きだ。でも、今夜は父親のそばにいるから、少しだけ行儀良くしているようだけれど。
マティウスやエッフェンベルグ氏はどこにいるのかと会場にぐるりと視線をやったとき、わたしは不意に胸の奥がざらりとする感覚に襲われた。見てはいけないものを見た、という感覚に近いと思う。
「カティ、どうしたの? 好みの人でもいた?」
ある人物に釘付けになっていると、アンドレにそう声をかけられた。だからわたしは、胸をざわつかせるその人物を指差す。
「ねぇ、アンドレ。あの人って……?」
「ああ。あの人が確か、旦那様が出資することに決めた実業家の方よ。名前はアダム・グラマン、だったかな?」
「そうなの……」
名前を聞いて、少しだけ安心した。わたしが思った人物とは違う名前だ。
でも、見れば見るほどざわめきが強くなる。そんな、まさか……と思うけれど、あいつに違いないという警鐘が自分の中で鳴り響いていた。
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