上 下
18 / 27

18、ひと波乱、そして

しおりを挟む
 パーティー開演の時間になると、盛大に音楽が奏でられ、自然と気持ちが明るくなった。
 それはマティウスも同じだったらしく、踊りには行かないまでもダンスをしている人たちを眺めたり、振舞われる料理を楽しんだりしていた。
 アンドレは宣言通り女の子にダンスを申し込んでは、慣れた足取りでリードして見事なダンスを披露して見せた。こういうときのために男性側として踊る練習までしていたなんて、彼女の男装にかける熱意には驚かされる。

 会場を取り仕切っていたミセス・ブルーメは、わたしの姿を見つけるとすごく喜んでくれた。わたしはこれまで彼女の手伝いをするという名目で、パーティーに参加してもずっと目立たない格好で裏方に徹していた。そのわたしが初めてきちんとドレスを着て参加しているのは、彼女の親心的なものをひどく刺激したらしく、しばらく離してもらえなかった。
 こんなふうに抱きしめて窒息死させられかけるのはかなわないから、パーティーと名のつくものにはきちんと参加しようと決意して、わたしはミセス・ブルーメの腕から逃れた。
 そして急いでマティウスのそばに戻ろうと会場を見回すと、誰かに絡まれている彼の姿が目に入った。

「マティウスさま、飲み物をお持ちしましたよ」

 会話にさりげなく入ろうと飲み物片手に登場すると、マティウスはかなり不機嫌な顔で相手と対峙していた。相手は、わたしに気づくと下卑た笑みを浮かべる。

「マティウス、これがお前が今仕込んでる女か。……貧相だな。ちゃんと子供は産めるのか?   まぁ、産めなければまた養子をもらえばいいもんなぁ」
「お前……!」

 わたしの腰に手を回し指先で撫で回しながら相手の男は言った。その言葉にマティウスが激しく反応したのを見て、これまでどんな会話がなされていたのか大体想像がついた。

「お、また殴るのか?   いいぞ、殴れ殴れ。停学の次は何だろうな?」

 拳を握りしめて耐えるマティウスを男が煽る。その様子と腰に回された手があまりに不愉快で、わたしは男の足をヒールで踏みつけてやった。

「痛っ!   何するんだ!」
「それはこっちのセリフだ。お前、タダで触ってるんじゃねぇよ」

 距離を取って睨みつけてやると、男はまた下品な笑みを浮かべた。徹底的に自分が有利だと思っているらしい。ふざけた男だ。身なりからして貴族のご子息らしい。このパーティーに参加して貴族風吹かせたいだなんて、程度が知れるけれど。

「ちゃんとエッフェンベルグ家の跡取りが産める体なのか確かめてやっただけだ。……なぁ?   何せエッフェンベルグ家を継いだお前の養母は子供が産めない……じゃなかったか。養父が種なしだったんだっけか?   とにかく、せっかく養子にもらったお前まで子供ができなかったら大変だものなぁ」

 すごく面白い話でもしているかのように、男は長い長い高笑いをする。
 その様子を見て、わたしは理解した。
 マティウスが殴って停学になったのは、この男が相手だったのだと。
 そして、理由は両親を下品な話題で馬鹿にされたからなのだと。
 怒るのはもっともだ。殴るのも理解できる。だからこそ、わたしはマティウスが拳を振り上げなくても良いよう前へ出た。

「……あんた、随分偉そうね。もし腰から粗末なもんぶら下げてるからって威張ってるっていうんなら、そのつまらない誇りをちょん切ってやろうか?」

 マティウスの手前あまり下品な言葉は使えないけれど、相手にも伝わるよう最大限配慮して威嚇してやる。低い低い、よそ行きをかなぐり捨てたお行儀の悪い声で。
 男はこう言った脅しに弱いのだ。特に、男ということを権威のひとつとでも勘違いしているようなタイプは。予想通り、この男も一瞬怯んだ顔をして少し内股になった。

「や、やれるもんならやってみろよ」
「誰に向かって言ってんの?  わたしがこれまで戦闘訓練のときに何人貴族や金持ちのボンボン潰してきたと思ってんだ?   学年跨いだ訓練のときにお前のこと見つけたら真っ先に潰してやるからな!」

 この男も貴族の端くれなら、戦闘訓練における自分の立ち位置くらい理解しているだろう。ご子息さまたちは、的だ。日頃こうして幅をきかせたがるようなタイプは真っ先にやられるから、戦闘訓練・・・・という単語だけでひやっとなるに違いない。

「……いや、まぁ女として生きるのも悪くないけど、それは勘弁してほしいな」
「あら、誰が女にするって言った?   それにわたしは破壊は得意でも、あいにく生物魔術のほうには詳しくないから、ちょん切るだけで性別を変えてやることはできないよ?」
「……」

 最初は威勢の良かった男も、わたしが両手でチョッキンチョッキンという仕草を見せつけながら脅し続けてやると最後には黙った。……まぁ、実際には脅しでも何でもなくて本音だから気迫が伝わったのだろう。わたしは男というだけで威張っているような奴は去勢してやりたいと常々思っているから。

「……マティウス、お前は随分と下品な女を連れているんだな。まぁ、お前にはお似合いだけど」
「カティは下品じゃない。強いんだ」

 捨て台詞を吐いて立ち去る男に、マティウスもわたしと一緒になってチョッキンチョッキンという仕草をしていた。二人にチョッキンチョッキンされたのがよほど嫌だったのか、男は悔しそうな顔をして足早に去っていった。

「マティウスさまが人を殴るなんてって不思議だったんですけど、あれなら殴りたくもなりますね」
「だろ?   ……でも、母上たちには」
「わかってますよ。言いません。……言えませんよ」

 不安そうに見つめるマティウスにわたしは頷いてみせた。言うわけないし、言えるわけがない。絶対に触れてはいけないデリケートな問題だ。
 それをあの男は、マティウスを馬鹿にするためだけに口にしたのだ。マティウスがあいつを殴っても仕方がない。

「マティウスさまって、別に何も問題なかったじゃないですか……」

 理由がわかってしまえば、すごく納得がいくことだった。マティウスが喧嘩っ早いわけではなかったのだ。
 男性が苦手なのも少しずつ克服できているようだし、夜もそのうちひとりで眠れるようになるだろう。魔術も、やる気さえ出せば何とかなる。……わたしが大金をもらってやるような仕事は、最初からなかったのだ。そう考えると、何だか悪い気がする。

「カティが来てくれたから全部うまくいったんだ」

 わたしの心の内を読んだのか、マティウスが心配そうな顔で見つめていた。そんな顔をされても困るのに。
 わたしとマティウスとの間に、お金以上の繋がりなどないのだから。

「大丈夫ですよ。前金もいただいてることですし、きっちり期間内は仕事しますから」

 持って来ていたグラスを手渡しながら言うと、さらにマティウスは悲しそうな顔になる。
 二度と会わないと言っているわけではないのに。学院内で顔を合わせれば挨拶くらいするだろうし、マティウスから話しかけてくれば会話くらいする。
 それに、これからマティウスはきちんと社交場にも顔を出すようになれば、たくさんの女性と知り合うだろう。そうすればそういった出会いの中から、相応しい女性を選べばいい。エッフェンベルグ家の繁栄に繋がるような、ついでにマティウスも幸せになれるような、そんな女性を。
 マティウスはほんの気の迷いで今はわたしに執着しているけれど、わたし相手では何のメリットもないことに気が付くべきだ。
 恋は幻想だし、結婚は戦略だ。利益のある相手とするの正解なのだから、それはわたしではないのは誰でもわかる。

「雇い主と使用人という繋がり以上のものが欲しいのだが……それをカティに求めてはいけないだろうか?」

 切なげな目で、マティウスが訴えかけてくる。わたしが年相応に夢見る部分があれば、きっとこの眼差しに落ちていただろうけれど……わたしが信じているのはお金。ただそれだけだ。

「わたしはお金が欲しいだけです。だから、マティウスさまと心を通わせることはありませんよ。同じ学院に通う者としてなら、親しくすることもできるでしょうけど」

 努めて、冷たく言い放つ。優しく言ってもごまかしても、傷つけることには変わりはないのだから。

「……そうか。なら、踊ってくれないか?   そのくらい叶えてくれたっていいだろう?」
「……わかりました」

 跪いて、マティウスはわたしの手を取った。そして、懇願するような目で見つめてくる。
 本当ならこの手を振りほどくべきなのにそれができなくて、わたしは仕方なく頷いた。
 これから先も、パーティーに参加したとしてもわたしは踊らないし、そもそも誘われもしない。だから、人生に一度くらい踊ってみてもいいかなと思ったのだ。
 マティウスは意外なことに踊り慣れているのか、初めてのわたしをリードしても覚束ないところは少しもなかった。だからわたしはただマティウスに体を預けていればよかった。
 ホールの中央でクルクルと回っていると、天井のシャンデリアが輝いているのがよくわかった。この無駄に豪華な照明は、下でダンスを踊る者がいるときに真価を発揮するものらしい。
 キラキラと降り注ぐ光の下で見るマティウスは、いつもにも増して端正だった。にこやかにわたしを見つめるその瞳にはまるで星が浮かんでいるみたい。

「カティ、私は君が好きだ」

 シャンデリアの光が降り注ぐ中、いつになく真剣な顔をしてマティウスが言った。
 反則だ。こんな場所で、こんなシチュエーションで……幻を見ても良い気がしてしまう。
 でも、わたしは目を伏せて首を振った。頷くわけにはいかないのだ。
 わたしは現実だけを見て生きると決めたのだから。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとりぼっちになった王女が辿り着いた先は、隣国の✕✕との溺愛婚でした

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
側妃を母にもつ王女クラーラは、正妃に命を狙われていると分かり、父である国王陛下の手によって王城から逃がされる。隠れた先の修道院で迎えがくるのを待っていたが、数年後、もたらされたのは頼りの綱だった国王陛下の訃報だった。「これからどうしたらいいの?」ひとりぼっちになってしまったクラーラは、見習いシスターとして生きる覚悟をする。そんなある日、クラーラのつくるスープの香りにつられ、身なりの良い青年が修道院を訪ねて来た。

悪女ユリアの華麗なる破滅

さつき
恋愛
クライシス帝国では、皇女ユリアを結婚したものが次期皇帝になると言われていた。 そして、ユリアを結婚したライリー・ストームブリンガーが、皇帝に即位する。彼が最初に命じたことは、ユリアの処刑だった!? 地下牢にぶち込まれたユリアは、自分の愚かさや、傷つけられる痛みを知る。処刑当日、全てを諦めていたが地震が起きる……。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。

待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。 父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。 彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。 子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。 ※完結まで毎日更新です。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

騎士団の世話役

haru.
恋愛
家族と領地のピンチでお兄様に助けを求めに行ったら、酔っぱらいにゃんこに絡まれたーーーー! 気づいたら何だかんだで、騎士団に就職する事になるし、酔っぱらいにゃんこは騎士団長!? ※公爵家の名前をアスベル家に変更しました。 よろしくお願いしますヾ(ΦωΦ)/ 本編は完結済みです。 番外編の更新を始めました! のんびり更新の予定ですが、よろしくお願いします♪

処理中です...