unfair lover

東間ゆき

文字の大きさ
上 下
24 / 24
エピローグ

エピローグ

しおりを挟む
 エピローグ

美鳥みどり~帰るよ」
 海辺で遊ぶ栗毛色の髪の少年を呼ぶ。小さな砂の山が崩れたのをじっと見てにこぉっと笑った幼子はそのままばちゃばちゃと海へ駆け出した。
「こらこら、それ以上行かない。また顔にかかるよ」
 その腕を捕まえて抱き上げると紅は笑う。美鳥の麦わら帽子が風に吹かれてパタパタと靡いた。
 約束からもうすぐ四年。紅は二歳になった子供と海の近くの小さな町で暮らしていた。
 髪の色と瞳の色が美樹に似ている美鳥は、顔立ちは紅にそっくりで、近所でも評判の愛らしさを誇る。同じ男の子でよかったと性別が判明した時に思ったが、男は男で苦労すると育ててみて初めて感じた。
「もしもし、母さん。うん、元気にしてるよ」
 出産に立ち会った母は、小さな命を抱いて大泣きしたが、紅が困ったように笑うと、一転、怒り狂ったように美樹に文句を言うと暴れ始めた。それを宥めて、故郷に送り返すと、今度は定期的に孫へプレゼントが送られてくるようになった。
 こればかりはどうしようもないと諦めて荷物を受け取る紅は、みるみるうちに成長していく我が子に少し焦りを覚えた。

「はやく来ないと、美鳥も俺も、大人になっちゃうよ。美樹」
 広い海を眺めて、ぼそりと呟く。もう紅だって二十歳だ。早くしないと、歳だけが重なってしまう。不安が心に芽吹いてしまう。そう、思ってため息を吐いた。

「それは困る」
 背後から、久しく聞いていない懐かしい声がした。風に乗って、嗅ぎなれた香水の匂いが鼻腔を擽る。
 振り返れない紅の腕の中で、美鳥が背後の人物を見て嬉しそうに笑う。本能で分かっているのだろうか。
「おまたせ、紅」
 ぼろぼろと涙が零れた。
 あの日、文化祭の後、高木葵に電話を掛けた時からずっと考えていた。胸に残る違和感の正体を。その感情の名前を。ずっと探していた。美樹を傷つける言葉を吐いた後、そのまま捨ておくことができなかったのは、なにも美鳥のためじゃない。他でもない紅が彼を欲していたから、一縷の望みをかけて放った言葉だったのだ。
 自分が美樹を救ったんじゃない。お互いがお互いを救っただけにすぎないのだ。

 振り返って、紅は笑う。
「おかえり、美樹」
「ただいま。紅」

 Unfair lover 完. 
  



 おまけの話.

「黒夜おじちゃーん!」
 栗毛色の少年がハニーブラウンの髪の男に駆け寄る。抱き上げられて、三歳の子供は嬉しそうな声を上げた。
「黒夜くんごめん、忙しいのに」
「別に。さわた……紅の方こそ大変だろ二人目の世話」
 金髪の赤ん坊を抱いた紅に黒夜はそういって笑った。雪と名付けられた右京家の新しい家族は、女の子だった。祖母である奈々子の勘によると、彼女はオメガだろうということらしい。当たっているなら、かつて紅が使っていたチョーカーの出番かもしれないなと勝手に思った。
 雪は紅に似て肌が白く、まつげも長い。目も大きくて、赤い瞳にぷっくりとした頬が紅譲りだと会う人間全員が口を揃えて言った。きっと美少女になるだろう。そう考えて、黒夜は着信を知らせるスマホを取ろうと、美鳥を下ろした。
「もしもし」
『あ、黒夜ぁ? この間の企画のアレ、どうなった?』
「ああ、それか。今から行くから待ってろ」
 右京グループの社長の癖に、珍しく末端の会社の企画部に顔を出している美樹からそう問われて、黒夜はバタバタと鞄に書類を差し込む。
「んじゃ、佐渡、またな」
「うん。また」
「おじちゃんばいば~い」
 紅と小さな天使たちに手を振る。後に黒夜が愛娘の雪から熱烈な愛を貰い、美樹からうらやましそうな目で見られるようになるのだが、それはまた、別の話。

 




しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

その瞳に魅せられて

一ノ清たつみ(元しばいぬ)
BL
「あの目が欲しい」  あの目に、あの失われぬ強い眼差しに再び射抜かれたい。もっと近くで、もっと傍で。自分だけを映すものとして傍に置きたい。そう思ったらもう、男は駄目だったのだーー 執着攻めが神子様らぶな従者の受けを横から掻っ攫っていく話。 ひょんなことから、カイトは神子だというハルキと共に、異世界へと連れて来られてしまう。神子の従者として扱われる事になったカイトにはしかし、誰にも言えない秘密があって…という異世界転移のおまけ君のお話。 珍しく若い子。おえろは最後の方におまけ程度に※表示予定。 ストーリーのもえ重視。 完結投稿します。pixiv、カクヨムに別版掲載中。 古いので読みにくいかもしれませんが、どうぞご容赦ください。 R18版の方に手を加えました。 7万字程度。

ひたすらイチャラブなふたり

おみなしづき
BL
河西輝(かさいあきら)には、大好きな恋人がいる。 その恋人である井辻尚雪(いつじなおゆき)が、知らない男と一緒にいるのを偶然見かけてしまった。 「ナオ……どういう事かな?」 ※R18です。ほぼR18なので予告はしません。ひたすらイチャラブエロです。 ※『彼女ができたら……』のスピンオフです。前作の二人も普通に出てきます。見てなくても読めるようにしてます。 ※目線が交互に変わります。

朝起きたらベットで男に抱きしめられて裸で寝てたけど全く記憶がない俺の話。

蒼乃 奏
BL
朝、目が覚めたら誰かに抱きしめられてた。 優しく後ろから抱きしめられる感触も 二日酔いの頭の痛さも だるい身体も節々の痛みも 状況が全く把握出来なくて俺は掠れた声をあげる。 「………賢太?」 嗅ぎ慣れた幼なじみの匂いにその男が誰かわかってしまった。 「………ん?目が冷めちゃったか…?まだ5時じゃん。もう少し寝とけ」 気遣うようにかけられた言葉は甘くて優しかった。 「…もうちょっと寝ないと回復しないだろ?ごめんな、無理させた。やっぱりスウェット持ってくる?冷やすとまた腹壊すからな…湊」 優しくまた抱きしめられて、首元に顔を埋めて唇を寄せられて身体が反応してしまう。 夢かと思ったけどこれが現実らしい。 一体どうやってこんな風になった? ……もしかして俺達…昨日セックスした? 嘘だ…!嘘だろ……? 全く記憶にないんですけど!? 短編なので数回で終わります。

同情で付き合ってもらっていると勘違いして別れを切り出す話

よしゆき
BL
告白するときに泣いてしまって、同情で付き合ってもらっていると勘違いしている受けが別れを切り出す話。

同室のイケメンに毎晩オカズにされる件

おみなしづき
BL
 オカズといえば、美味しいご飯のお供でしょ?  それなのに、なんで俺がオカズにされてんだ⁉︎  毎晩って……いやいや、問題はそこじゃない。  段々と調子に乗ってくるあいつをどうにかしたいんです! ※がっつりR18です。予告はありません。

年上が敷かれるタイプの短編集

あかさたな!
BL
年下が責める系のお話が多めです。 予告なくr18な内容に入ってしまうので、取扱注意です! 全話独立したお話です! 【開放的なところでされるがままな先輩】【弟の寝込みを襲うが返り討ちにあう兄】【浮気を疑われ恋人にタジタジにされる先輩】【幼い主人に狩られるピュアな執事】【サービスが良すぎるエステティシャン】【部室で思い出づくり】【No.1の女王様を屈服させる】【吸血鬼を拾ったら】【人間とヴァンパイアの逆転主従関係】【幼馴染の力関係って決まっている】【拗ねている弟を甘やかす兄】【ドSな執着系執事】【やはり天才には勝てない秀才】 ------------------ 新しい短編集を出しました。 詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。

処理中です...