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エピローグ
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「美鳥~帰るよ」
海辺で遊ぶ栗毛色の髪の少年を呼ぶ。小さな砂の山が崩れたのをじっと見てにこぉっと笑った幼子はそのままばちゃばちゃと海へ駆け出した。
「こらこら、それ以上行かない。また顔にかかるよ」
その腕を捕まえて抱き上げると紅は笑う。美鳥の麦わら帽子が風に吹かれてパタパタと靡いた。
約束からもうすぐ四年。紅は二歳になった子供と海の近くの小さな町で暮らしていた。
髪の色と瞳の色が美樹に似ている美鳥は、顔立ちは紅にそっくりで、近所でも評判の愛らしさを誇る。同じ男の子でよかったと性別が判明した時に思ったが、男は男で苦労すると育ててみて初めて感じた。
「もしもし、母さん。うん、元気にしてるよ」
出産に立ち会った母は、小さな命を抱いて大泣きしたが、紅が困ったように笑うと、一転、怒り狂ったように美樹に文句を言うと暴れ始めた。それを宥めて、故郷に送り返すと、今度は定期的に孫へプレゼントが送られてくるようになった。
こればかりはどうしようもないと諦めて荷物を受け取る紅は、みるみるうちに成長していく我が子に少し焦りを覚えた。
「はやく来ないと、美鳥も俺も、大人になっちゃうよ。美樹」
広い海を眺めて、ぼそりと呟く。もう紅だって二十歳だ。早くしないと、歳だけが重なってしまう。不安が心に芽吹いてしまう。そう、思ってため息を吐いた。
「それは困る」
背後から、久しく聞いていない懐かしい声がした。風に乗って、嗅ぎなれた香水の匂いが鼻腔を擽る。
振り返れない紅の腕の中で、美鳥が背後の人物を見て嬉しそうに笑う。本能で分かっているのだろうか。
「おまたせ、紅」
ぼろぼろと涙が零れた。
あの日、文化祭の後、高木葵に電話を掛けた時からずっと考えていた。胸に残る違和感の正体を。その感情の名前を。ずっと探していた。美樹を傷つける言葉を吐いた後、そのまま捨ておくことができなかったのは、なにも美鳥のためじゃない。他でもない紅が彼を欲していたから、一縷の望みをかけて放った言葉だったのだ。
自分が美樹を救ったんじゃない。お互いがお互いを救っただけにすぎないのだ。
振り返って、紅は笑う。
「おかえり、美樹」
「ただいま。紅」
Unfair lover 完.
おまけの話.
「黒夜おじちゃーん!」
栗毛色の少年がハニーブラウンの髪の男に駆け寄る。抱き上げられて、三歳の子供は嬉しそうな声を上げた。
「黒夜くんごめん、忙しいのに」
「別に。さわた……紅の方こそ大変だろ二人目の世話」
金髪の赤ん坊を抱いた紅に黒夜はそういって笑った。雪と名付けられた右京家の新しい家族は、女の子だった。祖母である奈々子の勘によると、彼女はオメガだろうということらしい。当たっているなら、かつて紅が使っていたチョーカーの出番かもしれないなと勝手に思った。
雪は紅に似て肌が白く、まつげも長い。目も大きくて、赤い瞳にぷっくりとした頬が紅譲りだと会う人間全員が口を揃えて言った。きっと美少女になるだろう。そう考えて、黒夜は着信を知らせるスマホを取ろうと、美鳥を下ろした。
「もしもし」
『あ、黒夜ぁ? この間の企画のアレ、どうなった?』
「ああ、それか。今から行くから待ってろ」
右京グループの社長の癖に、珍しく末端の会社の企画部に顔を出している美樹からそう問われて、黒夜はバタバタと鞄に書類を差し込む。
「んじゃ、佐渡、またな」
「うん。また」
「おじちゃんばいば~い」
紅と小さな天使たちに手を振る。後に黒夜が愛娘の雪から熱烈な愛を貰い、美樹からうらやましそうな目で見られるようになるのだが、それはまた、別の話。
「美鳥~帰るよ」
海辺で遊ぶ栗毛色の髪の少年を呼ぶ。小さな砂の山が崩れたのをじっと見てにこぉっと笑った幼子はそのままばちゃばちゃと海へ駆け出した。
「こらこら、それ以上行かない。また顔にかかるよ」
その腕を捕まえて抱き上げると紅は笑う。美鳥の麦わら帽子が風に吹かれてパタパタと靡いた。
約束からもうすぐ四年。紅は二歳になった子供と海の近くの小さな町で暮らしていた。
髪の色と瞳の色が美樹に似ている美鳥は、顔立ちは紅にそっくりで、近所でも評判の愛らしさを誇る。同じ男の子でよかったと性別が判明した時に思ったが、男は男で苦労すると育ててみて初めて感じた。
「もしもし、母さん。うん、元気にしてるよ」
出産に立ち会った母は、小さな命を抱いて大泣きしたが、紅が困ったように笑うと、一転、怒り狂ったように美樹に文句を言うと暴れ始めた。それを宥めて、故郷に送り返すと、今度は定期的に孫へプレゼントが送られてくるようになった。
こればかりはどうしようもないと諦めて荷物を受け取る紅は、みるみるうちに成長していく我が子に少し焦りを覚えた。
「はやく来ないと、美鳥も俺も、大人になっちゃうよ。美樹」
広い海を眺めて、ぼそりと呟く。もう紅だって二十歳だ。早くしないと、歳だけが重なってしまう。不安が心に芽吹いてしまう。そう、思ってため息を吐いた。
「それは困る」
背後から、久しく聞いていない懐かしい声がした。風に乗って、嗅ぎなれた香水の匂いが鼻腔を擽る。
振り返れない紅の腕の中で、美鳥が背後の人物を見て嬉しそうに笑う。本能で分かっているのだろうか。
「おまたせ、紅」
ぼろぼろと涙が零れた。
あの日、文化祭の後、高木葵に電話を掛けた時からずっと考えていた。胸に残る違和感の正体を。その感情の名前を。ずっと探していた。美樹を傷つける言葉を吐いた後、そのまま捨ておくことができなかったのは、なにも美鳥のためじゃない。他でもない紅が彼を欲していたから、一縷の望みをかけて放った言葉だったのだ。
自分が美樹を救ったんじゃない。お互いがお互いを救っただけにすぎないのだ。
振り返って、紅は笑う。
「おかえり、美樹」
「ただいま。紅」
Unfair lover 完.
おまけの話.
「黒夜おじちゃーん!」
栗毛色の少年がハニーブラウンの髪の男に駆け寄る。抱き上げられて、三歳の子供は嬉しそうな声を上げた。
「黒夜くんごめん、忙しいのに」
「別に。さわた……紅の方こそ大変だろ二人目の世話」
金髪の赤ん坊を抱いた紅に黒夜はそういって笑った。雪と名付けられた右京家の新しい家族は、女の子だった。祖母である奈々子の勘によると、彼女はオメガだろうということらしい。当たっているなら、かつて紅が使っていたチョーカーの出番かもしれないなと勝手に思った。
雪は紅に似て肌が白く、まつげも長い。目も大きくて、赤い瞳にぷっくりとした頬が紅譲りだと会う人間全員が口を揃えて言った。きっと美少女になるだろう。そう考えて、黒夜は着信を知らせるスマホを取ろうと、美鳥を下ろした。
「もしもし」
『あ、黒夜ぁ? この間の企画のアレ、どうなった?』
「ああ、それか。今から行くから待ってろ」
右京グループの社長の癖に、珍しく末端の会社の企画部に顔を出している美樹からそう問われて、黒夜はバタバタと鞄に書類を差し込む。
「んじゃ、佐渡、またな」
「うん。また」
「おじちゃんばいば~い」
紅と小さな天使たちに手を振る。後に黒夜が愛娘の雪から熱烈な愛を貰い、美樹からうらやましそうな目で見られるようになるのだが、それはまた、別の話。
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