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黒騎士の魔石

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 ライナスの放つ大剣の一撃は、黒騎士が左腕で持つ巨大な盾で防がれた。
 そこにオレンジ色の魔力結界が複雑な紋様として出現した。
 ダメージを与え、魔力を消費させたということだ。

 さらにがら空きになった反対側を、メルが剣で攻撃する。
 すると今度は、鎧側に魔力結界が出現し、それでダメージを吸収しきれなかったのか、黒騎士はよろめいた。

「いけるわ、ライナス君! 今まで鉄壁の守備だったけど、二人ならこの強固な防御を削りきれる!」

「……はい、でも……かなり力を吸い取られているので、あまり長くは持たないです」

「ライナス君も? 私もそうなの……じゃあ、短期決戦で一気に行きましょう! 私も本気出すから!」

 メルがそう言葉を言い放った瞬間、彼女の速度がもう一段速くなり、さらに連続で黒騎士の胴体にダメージを与える。
 複数の魔力結界が自動展開され、それでもダメージを吸収しきれず、ふらつく。
 威力も今までより上がっているようだ。

「本気って……メルさん、今まで本気じゃなかったんですか?」

「……まあ、いろいろ事情があって、全力じゃなかったっていうだけ!」

 さらに突きを繰り出したメルの攻撃に対し、黒騎士も盾で防御する。
 そこにできた隙に、今度はライナスが全力で大剣を振り下ろす。
 これも、魔力結界は発生したものの、やはりダメージを受けて膝をついた。
 いける……そう確信したライナスが追撃を加えようとしたが、反撃の槍が伸びてくる。

「大きく躱してっ!」

 メルの警告が聞こえたが、カウンターを狙っていたライナスはわずかに躱して突きを放とうとした……そして、槍を持つ腕から、強力な火球が放たれていることに気づくのが遅れた。

 瞬間、思いつきで剣を盾にする。
 軽く扱えたその大剣が火球の爆発をある程度逸らしたが、それでも彼は後方に数メール吹き飛んで倒れた。
 魔力結界越しにもいくらかダメージを喰らったが、爆撃魔法の直撃を喰らったよりはマシだった。

「油断しないで! この敵は強力な魔法を使うわ!」

 メルから注意を受け、常識の通用しない相手だと思い出し、気を引き締める。
 メルが激しく動き回っていたのは、相手の高度な魔法を受けないための意味もあったのだ。
 なんとか起き上がろうとしたところに、黒騎士から追撃の爆撃魔法が放たれようとする。

 それをメルが防ごうと連続攻撃を放つが、黒騎士も巨大な盾でそれを防ぐ。
 しかし、次の瞬間、今度は黒騎士の前面が爆発し、魔力結界を発生させながらも膝をついた。

「これ以上ライ君にひどいことしたら許さないから!」

 ミクの爆撃魔法が黒騎士を直撃したのだ。
 ライナスはミクに助けられたことを少し気まずく思いながら、それでも感謝し、これ以上無様な姿は見せられないと黒騎士に襲いかかった。

 その後は、一方的な展開となった。

 相変わらず素早い動きで敵を翻弄しながら、確実にダメージを与えていくメル。
 それに習い、やや動きは劣る物の、強力な大剣で、より大きなダメージを与えるライナス。
 魔力結界でダメージを吸収しきれず、フラフラと足下が定まらなくなり、槍を振り回すも当てられなくなった黒騎士。

 もはや魔獣を召喚する力も無いようで、ただもがくだけとなったところに、メルとライナスの渾身の攻撃が、挟み撃ちにするようにヒットし、ついに魔力結界を打ち破り、その分厚い鎧の一部が砕け飛んだ。

 その胴体部分の中身は、ライナスの目には、なにかどす黒い気体が充満しているように見えたが、はっきりとは正体がつかめていない。
 ただ、その奥に光る大きな魔石が存在することは把握できた。

「任せろっ!」

 いつの間にか距離を詰めていたアクトが、渾身の聖光魔法を、壊れた鎧の合間に打ち込んだ。
 ライナス達でも思わず目をそらすほどの強烈な白い光が、鎧の奥から反射して漏れ出した。
 黒騎士は後方に倒れ込み、ビクンッ、と一度痙攣した後、動かなくなった。
 メルが、ふうっと息を吐きながら、壊れた鎧に腕を差し込み、そして鶏卵大の魔石を引き抜いた。

「……凄く純度が高くて高密度な魔石……これは凄く貴重ですね。『カイザーレックス』の原料として十分。うまく加工できたら、億以上の値段がつきます……苦労して倒した甲斐がありました」

 メルが笑顔で、アクトに向かってそう言った。

「いや、本当は君の体の維持に必要なんだろう? 倒したのはメルだ、持っておけばいい」

「……でも、みんなの協力で倒したのに……」

「皆、そうは思っていないさ。一番の功労者はメルだ。それどころか、君が来なければ俺たちは命さえ危なかった。それに……ライをこの剣が仕える伝説級の戦士に覚醒させたんだ。その功労は大きい。そのために、最初はわざと力を加減して戦ったんだろう?」

「いえ、そうではなかったんですけどね……ちょっと気になることがあって。まあ、『サザンの剣』のことを思い出してからは、彼に使いこなせるようになってもらおうとは思いましたけど」

 ヘトヘトになって座り込んでいるライナスは、その二人の会話を聞いて、ひょっとしたらメルが最初から本気になっていれば、黒騎士を一人で倒すこともできたんじゃないだろうか、と疑った。

「そんな……僕がそれを使えたのは、ただただ必死にみんなで生き残ろうともがいたからで、まぐれです」

「だから、メルがそういうふうに仕向けたんだ……ミクのことを必死に守ろうとしていたのは、格好良かったぞ……まあ、ミクもライのことを守ろうと必死だったみたいだけどな」

 アクトの言葉に、ライナスも、ミクも赤くなった。

「……でも、もう私は限界……自分の部屋に帰って休まないとダメです……」

 メルが少し苦しそうにそう話した。

「ああ、そうだな。助かったよ……この剣、カラエフのところに戻さないとまずいんじゃないか?」

「そうですけど、もうあの場所に戻る魔力が残っていません。大丈夫、カラエフさんなら私しか持ち出しできないこと、分かっていると思いますから」

「……そうだな、あの場所に転移の魔法陣をあらかじめ敷いているのはメルだけだったな……だが、君が転移で持って帰らないならどうやって運ぶ? あの重さ、馬に乗せられないぞ」

「えっと……ライ君が持って歩くしかないかな?」

「そんな……勘弁してくださいよ……」

 疲れ切ったライナスがそう弱音を吐くと、彼を除く全員から笑いが起きた。

 そのときだった。
 不意に、すさまじい瘴気、魔力を感じて、全員が目を見開き、反応した。

 先ほど倒した黒騎士でさえ比べものにならない、おぞましい気配だった。
 二百メール以上離れた林の奥に見える、黒いコートを纏っているような人影。
 遠いために、その人相までは分からないが、明らかに普通の人間ではなかった。

「ヴァンパイアロード……ヴェルサーガ……こんな時に……」

 ミクが、震えてしゃがみ込みながらそう呟いた。
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