彼女がいだく月の影

内山恭一

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翌朝、加織は早めに街へ出かけた。
晴れた空に、まぶしい日差し。
ぬるい風に、セミの鳴き声。
そして、夏休み。
それらが合わさって、加織の朝は早かった。
実はそうではない。
確かに朝は早かった。
単純にいつもの習慣であり、体が覚えた時間感覚というのはすぐには変えがたく、体内時計は性格だった。
しかし最たる理由は携帯にセットした目覚ましを解除するのを忘れていたためだった。
目覚まし時計なら音を消したついでに時間を確認してまた寝たろう。
だが、音を消そうと携帯を手にしたとき、昨晩あかさとひさきに電話がつながらなくて気になっていたことが、カレンダーを見た際に期限が翌日というときになってやっと夏休みの宿題のことを思い出したときのように、頭に噴水のごとく吹き出してきたためだ。
鮮明になる頭をすぐに寝かしつけるのは無理だと悟っている加織は、仕方なく朝から課題に取り掛かっていた。
課題のうちの一つを終えると、まだ随分早いといえる時刻だったが、キリが良いので家を出ることにした。
まだ「おはよう」の挨拶に違和感を覚えない時間、少し賭けだったがひさきに電話を掛けた。
そして今度は、こちらも賭けではあったが、あかさに電話してみる。
前者の賭けは朝早い時間の方が家にいるだろうから捕まえやすいだろうという意味で、その実呼び出し音はなるもののひさきが電話に出ることはなかった。
後者の方は、まだ寝ているかもしれないあかさを起こしても許されるだろうからだが、案の定電話口のあかさは深く寝入っていた反応だった。
「おはよう、早いね」
眠そうだがあかさの口調は普段通りで違わず、それはそれで加織は安心した。
「おはよう、遅かったの?」
「まぁね、ずっと電話で話してたから」
「優仁?」
「そう」
「昨日は会ったの?」
「いや、会ってない」
何、その関係。
加織は出せない言葉を飲み込んだ。
妙なところで内気な女の子を演じる、というか行動派なのに急に慎重になる。
言いよられているという全く別の事情もあるが、佐村も同様なところがあって、似た者同士というか。
おかげで自分が佐村を名前で呼んで、付き合ってる本人同士は名字で呼び合うというおかしなことになってしまった。
「でも割とさっぱりしてるね」
逆接が何にかかってるのか言った本人しかわからない意味深な言葉だが、
「まぁ、抱き付かれただけだっていうし」
「へぇ。そうなの」
あかさには聞いたことを伝えた結果の返事に聞こえたが、加織はすでに本人の口から聞いているわけで、あかさの独占欲とか嫉妬とかが見えてこないことに対する意外さを表す返事だった。
あかさと優仁の関係ってなんだろう?
疑問で頭が重たく感じる。
他人事なのに。
「今日、会う予定」
ごそごそと音がして、
「昼過ぎくらい」
と、言い終わる前に大きなあくびで言葉が聞こえない。
「そっか」
あかさは言葉にならない妙な声を延ばし、加織はそれに猫が体を伸ばすときのしぐさを想像した。
「そういえば…」
呑気に話すあかさが話題を変えようとするところに、自然で平常なあかさの口調が見えて、こんなものなのかと見守ることを決意した加織だった。
「何?」
「ひさき、昨日も連絡取れなかったんだけど」
「私も電話かけたけど、つながらない。鳴るんだけどね」
「おんなじかぁ。間に合うのかな、追試」
「そうね」
加織の疑問とあかさの心配は同じところにあった。
着信があるのに返事がないのは、以前のひさきからしたら絶対におかしい。
なのに、なしのつぶてだというのは、断然ちょっと行動がおかしい最近のひさきの反応だ。
先日会った時も以前と変わらない素敵な笑顔をたたえていたが、それがなおさらひっかかっていた。
ひさきは何を考え、何を思っているのか。
不意に空想にふけるというか、視線が合わないことが多くて、心に沈んだ何かがあるような気がしてならない。
あかさや自分が最も近しい関係と思うのに、言いたくない理由があるのか。
実際は自分が思うほどひさきは心を開いていなかった、とか。
そんな寂しいことは考えたくもないが、意に反して蜃気楼のごとく心にありつづける。
それとも、あるいは、言えない訳があるのだろうか。
「ひさきの家に集まる約束、今日だったよね?」
すっかりその話を忘れていた加織はすぐさま携帯画面の日付を確認して、
「そうだ、今日だった」
「忘れてた?もしかして」
「ちょっとね」
ごまかそうと笑ってみたが、
「珍しいね。なんかあった?」
と、あかさの言葉にドキッとして止まってしまう。
確かにそうだ。
「いや、ちょっと忘れてただけ」
慌ててしまうのが余計に怪しいが、
「それならいいけど」
すっかりあかさとは気が置けない関係になっていたのだと、人を理解しようとする自分が本当は自分のことが見えていないことに気づかされた。
頼りがいのある友人であるあかさが、古い付き合いの親友に思える。
「夕方、大丈夫?」
「もちろん。電話する」
「そうしよう。じゃぁもう少し寝る」
「まだ寝られるの?」
「ふっへーん」
言葉というよりただの音のようなあかさの返事に加織は驚きを隠さない。
まぶしい日差しの中、おやすみの挨拶の後携帯を仕舞う加織はほとんど風が吹かない街に熱を感じた。
私もけりをつけなきゃ、と加織も心に熱を帯びていた。
と、その前に。
加織は一旦しまった携帯を取り出して、再度弾いた。
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