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そろそろ三十分くらいは経つだろうか。
あかさは椅子からベッドに移動しようとゆったりと立ち上がったが、何かにつまずいてそのままばふっと音を立てて飛び込んだ。
ぐわんぐわんと頭が揺れるようだが、耳から電話を離すことはなかった。
ひさきのことに関して情報を交換することから始まったこの電話だったが、何も解決できないことがわかる程度のものしか持ち寄れなかった。
恐らく学内ではあかさと加織が一番ひさきのことを知っている、そう思っている。
かつての旧友であるちかややしおんの方がもっとたくさんのひさきの姿を見知っているかもしれないが、春から現在までの付き合いでは私たちの方が長い。
一方で、期待したカンナの情報はいまいちぱっとせず、それどころか、ひさきがボーっとする癖を持っていることを、
「え?そんなの見たことないよー」
と言ってのけるくらいだ。
午後からはお菓子と話で盛り上がるただの女子会のようになってしまっていた。
情報源として参考にならないと、度々苦笑せずにおれないあかさだった。
「でさ、結局ちかやにしおんが怒りだして…」
加織の楽しげな感じがあかさの胸に直接届くようだった。
たぶん加織もちかやとしおんとの関係が楽しいのだろうなぁ、と話を聞いていてあかさはそう受け止めていて、やがてこれは疑う余地がないと確信に変わってきたところだ。
加織がせがむので急きょ日曜に実際にちかやとしおんに会わせたとき、あの世界と電話でしか話していないはずなのに、実際はあの世界で二度会っていたのだが、申し合わせたように仲良しモード全開で意気投合していた。
その際に母と話すことがあって少しばかり場を離れたわずかの間、三人はあかさ抜きでトリップして帰ってきた後だった。
テスト週間で勉強しないといけないとやや笑顔が引きつりがちだったしおんも、すっかりご機嫌で、一体何があったのかと興味津々なあかさは残念がっていた。
謎解きよろしく、今この電話で聞くことができたわけである。
「わかる、わかる。それはしおんが怒るよね」
「でしょ?おもしろいよね、あの二人」
「ホント、そう思う」
と言って声を出して笑い合う。
「そういえばさぁ、カンナはトリップのこと知ってるのかな?」
あかさ達とは一度も夢であったことはない。
ひさきは除いて、会うのは教室だけであったけれどもあれだけ一緒にいることが多かったのに、である。
どうだろうか。
自分たちのことを鑑みて、あの世界を受け入れた者同士に共通することがあるわけもなく、目印になるようなものがあるわけでもない。
夢の住人であるフジに聞いてみたことが一度だけあるが、不特定の人間を探し出すのは現実と同じく難しいらしい。
世界そのものがあかさ達には都度新鮮であり相変わらず得体のしれないもの、場所、いや、存在なのだ。
確証も何もないが、同時にトリップした場合にのみあの世界で会えるということぐらいだ。
クラスメイトだって同様に、例えトリップしたことがあるとしても知りようがない。
「どうかな、そんな風には見えないけど」
「佐村君とは偶然だったんだよね?」
「うん。まだよく知らなかったし」
「へぇ。じゃぁ、今はよく知ってるってことぉ?」
「違うってば」
あかさは苦笑して、そう否定した。
以前よりはるかに距離は近くなった気がする。
くだらないちょっとしたことでも喋り合うし、おかしな話で一緒に笑いもする。
しぐさや癖、歩き方の特徴で見てすぐわかるし、匂いすら勝手に鼻が探しているときすらあって、気づいたときはあえてそれをしないように心掛けているくらいだ。
興味があることは否定しない。
でも、好きとか嫌いとかの話にはまだなっていない、心がそう告げているように思う。
「どこまで話しているの?」
「簡単に、ざっと」
「なんで言わないの?」
「だって…。怖いんだもん」
加織が首をかしげる姿を思い浮かべるあかさだったが、その実加織は意味が分からず困惑していた。
次に発せられる言葉に食いつくように電話に聞き耳を立てる加織。
「なんていうか。見せたくないし」
「ん?」
「見たくない気もするし」
「なにが?」
あかさは相手が加織とはいえ、心をさらけ出すのは分かって欲しいという願望の一方で、少なからず照れがある感は否めない。
わずかとはいえ、間があるとそれもまた恥ずかしさを掻き立てる。
時間が手のひらからこぼれ落ちる、そんな印象だった。
「夢の世界でしょ?自分の夢を見せることだからさ、やっぱり」
「恥ずかしい?」
「うん、加織たちとはちょっと違うって気がする」
「性別が違うだけで、友達でしょ?」
「そうだけど。それに、相手の夢も楽しいかもしれないけど、何があるか不安だし」
「そうだね。佐村君のちっちゃな彼女もいるから話しにくいか」
そうなのだ。
あれが一番、なんというか、羞恥心の源泉をガンガン掘っていく存在って感じで、厄介なのだ。
あれさえなければ、トリップで一緒しても良い、と思う。
佐村があの存在を否定しないところも、歯がゆい思いのあかさだった。
言ってやりたい、恥ずかしくないの?って。
「あかさのイメージと違うね、ちょっと」
「そうかもしれない。でも、やっぱり話をするなら現実の世界だけでいい」
「そうかなぁ。それはそれで楽しかったよ」
普段通り、口調も何も変わらずに喋るものだからあかさは気にならないところだったものの、加織の夢にトリップしたあの時の光景が頭をよぎって、
「もう、大丈夫なの?」
「何が?」
不意を食らって戸惑う加織だが、すぐに、
「私のこと?もう全然。すっきりしてる」
最近の様子を見るにつけ、おかしなところもないし、しかしあかさから見ればあれは絶対に大失恋だったと思えるのだが、やはり言葉通りすっきりと透き通る笑顔を見せるので安心している。
彼女の言うことを信じることにしようと決めていたが、それでも一分の名残りもないとは言いきれないだろうという思いもあって、気になっていることがつい口をついて出てしまった。
「それならいいけど」
「あかさに嘘は言わないよ」
ドキッとすることをさらりと言ってのける加織の言葉に、自分よりはるか大人びているように感じるあかさだった。
「でも一回、きちんと話をするべきだね」
「え?私が」
「違う、佐村君の方。今までチャンスはいっぱいあったはずなのにね」
まずい、この話は加織を楽しませているだけだ。
あかさは話を遮ろうと試みたが、それよりも早く。
「もし、告られたらどうするの?」
返す言葉につまるあかさ。
どうしよう。
「その時にならないとわからない、かなぁ」
全ては事が始まること、それからなのだ。
真剣に考えてしまったと後で悔やんだが後の祭り、案の定そのあとも佐村の話を展開する加織にこの後一時間もつき合わされてしまった。
電話を切った後も耳鳴りのように加織の声が耳から離れなかった。
佐村のことが気になる、その時点でもう彼からの何だかのアプローチを期待するばかりでなく、自ら行動をとっても良い。
加織の言うとおりだし、あかさはあまり気乗りしなかったものの決心した。
仰向けになって天井を見つめる。
ベッドに体がじんわりと沈み込むと、疲れが下の方へしみ込んでいくようで、はるか上空まで続く真空の筒の中に浮いているような感じがして、身も心も軽かった。
すっかり電話をかけるには気のひける時間になってしまったが、そのまま手にしていた携帯で電話を掛ける。
しばらく待ったがつながる様子は見られず、いつものメッセージが流れる前にあかさは電話を切った。
「ひさき、どうしちゃったんだろう」
つぶやきは声の小ささに反して、ようやく静けさを取り戻した部屋に寂しさを残して響いていた。
あかさは椅子からベッドに移動しようとゆったりと立ち上がったが、何かにつまずいてそのままばふっと音を立てて飛び込んだ。
ぐわんぐわんと頭が揺れるようだが、耳から電話を離すことはなかった。
ひさきのことに関して情報を交換することから始まったこの電話だったが、何も解決できないことがわかる程度のものしか持ち寄れなかった。
恐らく学内ではあかさと加織が一番ひさきのことを知っている、そう思っている。
かつての旧友であるちかややしおんの方がもっとたくさんのひさきの姿を見知っているかもしれないが、春から現在までの付き合いでは私たちの方が長い。
一方で、期待したカンナの情報はいまいちぱっとせず、それどころか、ひさきがボーっとする癖を持っていることを、
「え?そんなの見たことないよー」
と言ってのけるくらいだ。
午後からはお菓子と話で盛り上がるただの女子会のようになってしまっていた。
情報源として参考にならないと、度々苦笑せずにおれないあかさだった。
「でさ、結局ちかやにしおんが怒りだして…」
加織の楽しげな感じがあかさの胸に直接届くようだった。
たぶん加織もちかやとしおんとの関係が楽しいのだろうなぁ、と話を聞いていてあかさはそう受け止めていて、やがてこれは疑う余地がないと確信に変わってきたところだ。
加織がせがむので急きょ日曜に実際にちかやとしおんに会わせたとき、あの世界と電話でしか話していないはずなのに、実際はあの世界で二度会っていたのだが、申し合わせたように仲良しモード全開で意気投合していた。
その際に母と話すことがあって少しばかり場を離れたわずかの間、三人はあかさ抜きでトリップして帰ってきた後だった。
テスト週間で勉強しないといけないとやや笑顔が引きつりがちだったしおんも、すっかりご機嫌で、一体何があったのかと興味津々なあかさは残念がっていた。
謎解きよろしく、今この電話で聞くことができたわけである。
「わかる、わかる。それはしおんが怒るよね」
「でしょ?おもしろいよね、あの二人」
「ホント、そう思う」
と言って声を出して笑い合う。
「そういえばさぁ、カンナはトリップのこと知ってるのかな?」
あかさ達とは一度も夢であったことはない。
ひさきは除いて、会うのは教室だけであったけれどもあれだけ一緒にいることが多かったのに、である。
どうだろうか。
自分たちのことを鑑みて、あの世界を受け入れた者同士に共通することがあるわけもなく、目印になるようなものがあるわけでもない。
夢の住人であるフジに聞いてみたことが一度だけあるが、不特定の人間を探し出すのは現実と同じく難しいらしい。
世界そのものがあかさ達には都度新鮮であり相変わらず得体のしれないもの、場所、いや、存在なのだ。
確証も何もないが、同時にトリップした場合にのみあの世界で会えるということぐらいだ。
クラスメイトだって同様に、例えトリップしたことがあるとしても知りようがない。
「どうかな、そんな風には見えないけど」
「佐村君とは偶然だったんだよね?」
「うん。まだよく知らなかったし」
「へぇ。じゃぁ、今はよく知ってるってことぉ?」
「違うってば」
あかさは苦笑して、そう否定した。
以前よりはるかに距離は近くなった気がする。
くだらないちょっとしたことでも喋り合うし、おかしな話で一緒に笑いもする。
しぐさや癖、歩き方の特徴で見てすぐわかるし、匂いすら勝手に鼻が探しているときすらあって、気づいたときはあえてそれをしないように心掛けているくらいだ。
興味があることは否定しない。
でも、好きとか嫌いとかの話にはまだなっていない、心がそう告げているように思う。
「どこまで話しているの?」
「簡単に、ざっと」
「なんで言わないの?」
「だって…。怖いんだもん」
加織が首をかしげる姿を思い浮かべるあかさだったが、その実加織は意味が分からず困惑していた。
次に発せられる言葉に食いつくように電話に聞き耳を立てる加織。
「なんていうか。見せたくないし」
「ん?」
「見たくない気もするし」
「なにが?」
あかさは相手が加織とはいえ、心をさらけ出すのは分かって欲しいという願望の一方で、少なからず照れがある感は否めない。
わずかとはいえ、間があるとそれもまた恥ずかしさを掻き立てる。
時間が手のひらからこぼれ落ちる、そんな印象だった。
「夢の世界でしょ?自分の夢を見せることだからさ、やっぱり」
「恥ずかしい?」
「うん、加織たちとはちょっと違うって気がする」
「性別が違うだけで、友達でしょ?」
「そうだけど。それに、相手の夢も楽しいかもしれないけど、何があるか不安だし」
「そうだね。佐村君のちっちゃな彼女もいるから話しにくいか」
そうなのだ。
あれが一番、なんというか、羞恥心の源泉をガンガン掘っていく存在って感じで、厄介なのだ。
あれさえなければ、トリップで一緒しても良い、と思う。
佐村があの存在を否定しないところも、歯がゆい思いのあかさだった。
言ってやりたい、恥ずかしくないの?って。
「あかさのイメージと違うね、ちょっと」
「そうかもしれない。でも、やっぱり話をするなら現実の世界だけでいい」
「そうかなぁ。それはそれで楽しかったよ」
普段通り、口調も何も変わらずに喋るものだからあかさは気にならないところだったものの、加織の夢にトリップしたあの時の光景が頭をよぎって、
「もう、大丈夫なの?」
「何が?」
不意を食らって戸惑う加織だが、すぐに、
「私のこと?もう全然。すっきりしてる」
最近の様子を見るにつけ、おかしなところもないし、しかしあかさから見ればあれは絶対に大失恋だったと思えるのだが、やはり言葉通りすっきりと透き通る笑顔を見せるので安心している。
彼女の言うことを信じることにしようと決めていたが、それでも一分の名残りもないとは言いきれないだろうという思いもあって、気になっていることがつい口をついて出てしまった。
「それならいいけど」
「あかさに嘘は言わないよ」
ドキッとすることをさらりと言ってのける加織の言葉に、自分よりはるか大人びているように感じるあかさだった。
「でも一回、きちんと話をするべきだね」
「え?私が」
「違う、佐村君の方。今までチャンスはいっぱいあったはずなのにね」
まずい、この話は加織を楽しませているだけだ。
あかさは話を遮ろうと試みたが、それよりも早く。
「もし、告られたらどうするの?」
返す言葉につまるあかさ。
どうしよう。
「その時にならないとわからない、かなぁ」
全ては事が始まること、それからなのだ。
真剣に考えてしまったと後で悔やんだが後の祭り、案の定そのあとも佐村の話を展開する加織にこの後一時間もつき合わされてしまった。
電話を切った後も耳鳴りのように加織の声が耳から離れなかった。
佐村のことが気になる、その時点でもう彼からの何だかのアプローチを期待するばかりでなく、自ら行動をとっても良い。
加織の言うとおりだし、あかさはあまり気乗りしなかったものの決心した。
仰向けになって天井を見つめる。
ベッドに体がじんわりと沈み込むと、疲れが下の方へしみ込んでいくようで、はるか上空まで続く真空の筒の中に浮いているような感じがして、身も心も軽かった。
すっかり電話をかけるには気のひける時間になってしまったが、そのまま手にしていた携帯で電話を掛ける。
しばらく待ったがつながる様子は見られず、いつものメッセージが流れる前にあかさは電話を切った。
「ひさき、どうしちゃったんだろう」
つぶやきは声の小ささに反して、ようやく静けさを取り戻した部屋に寂しさを残して響いていた。
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