彼女がのぞむ月の向こう

内山恭一

文字の大きさ
上 下
20 / 28

20

しおりを挟む
想像よりも暗くて、あかさは少し不安になった。
大体夜の公園に行くことなんてないわけだし、憩うための場所に人影がないのはやはりぞっとする光景である。
夜なのだ、当たり前の話である。
しかしおそらくあかさ以上にしおんは不安がって怯えているように見える。
段々と腕が触れあう距離まで近くなっていた。
きょろきょろするしおんは髪を揺らせて、度々それがあかさの腕をなで、おかげであかさがドキリとする始末。
「どうかした?」
「痴漢とかでないかな?」
「まだ夜遅いわけでもないし、大丈夫じゃない」
自分でも納得できない理由なのだ、その程度ではしおんの気がかりは消えないらしく、あかさはぎゅっとしおんの手を握る。
母と子がするように、やさしく、だけどはなさない覚悟を持って。
「遠目ならカップルに見えるんじゃない?」
格好良く言ったつもりだったが、しおんにはどう映っただろう?
「な、なるほど。そうかも」
見上げるしおんは少し綻んだ顔を見せた。
比較的明るい場所に来ると、
「しおん、いつもその髪型なの?」
脈絡無い話に固まるしおんだが、
「そう。何?変?」
触れあう肩が少し離れて、
「ちょっと触っていい?」
封筒が邪魔でやりにくかったが、しおんの耳の後ろで二つにまとめられた髪をほどき、結び直した。
「これはどう?」
耳より上の辺りでくくる、ツインテールにしてみると、その容姿はとてもかわいらしい。
「上でくくってる?」
手で確認するしおん。
「好きだけど…。恥ずかしい」
顔を赤らめるしおんに、
「すごく似合ってると思うよ。可愛い」
さらにあかさはその毛先を指に巻き付け、
「巻いてあげたら完璧じゃない?」
と素直に気持ちを言った。
「私には似合わないと思う」
「かわいい、絶対。すごいもん」
笑顔の戻ったしおんはあかさの腕をとり、また歩き始めた。
前方にゆっくりと色を変え光るオブジェが見えてきた。
暗がりに映える彫刻である。
「あれ、行ってみよう」
「ねぇ、あかさ」
と真顔で腕を引くしおんが続ける。
「化粧してるんだよね?」
「そう」
あっけにとられるあかさに、
「しない方がいいかも」
これにはあかさは立ち止まってしまいそうになり、平静を装った。
「そ、そう?なんで」
何と言えばいいかわからない感情、悔しさか、恥ずかしさか、ともかく笑顔だけは保つようにあかさは努力した。
「何もしない方がかわいいよ、美人顔だし」
しおんはどうやらまじめに言っているようで、おそらくそれは忠言なのだと感じた。
しかし、美人と言うことを差し引いてもやはり否定されたのは残念に感じる。
「最初、世間ずれしてる人かと思ったし。あ、ごめん」
続いて言うしおんの言葉に、何ともないと虚勢を張りたいが、今は無理だった。
「ごめんね」
と、遅まきながらあかさの腕を取りのぞき込み謝るしおんの携帯が鳴り出した。
心配顔で何度も謝るしおんに、
「気にしてないから、電話に出て」
静寂を破ってしばらく鳴り続ける電話の音に、あかさは体がしびれるようだった。
その傍ら、しおんは急いで電話に出る。
「もしもし」
ちゃんと笑顔作れたかな、そんなことを思える自分を励まし続けるあかさだった。
あかさが激しく波打つ心中に漂っている間、しおんの話し相手はおそらく仲直りしていないちかやと思われたが、声のトーンが穏やかさを取り戻していく様は側にいてわかった。
しおんが話を聞いている時に耳をそばだてればちかやの声が聞き取れた。
「で、どうなの?勝手に読んだんでしょ」
静かに凄むしおんの声は動物のうなり声のようで、目の前より電話口の方が効果ありそうだ。
「え、いや。うーん」
しおんもあかさも、ちかやがすぐ否定する言葉を発しないことから想像は真実だったことに安心するも、それはすでに肯定したとも言って差し支えなかった。
「見たな」
沈黙がより空気を冷ます。
照明で七色にふちどられたしおんの横顔だけがこの雰囲気にそぐわない、いや、ある意味導火線の灯火かも、と見えた。
何の前触れもなく、あかさは携帯を渡された。
腕組みして背を向けるしおんに、何を意図してなのか計りかねたものの、聞きそびれたことを聞いてみることにした。
ちかやはあかさがしおんと一緒にいることに驚いていたが、経緯を話すとちかやはしきりに感心したように、
「凄いじゃん」
を繰り返した。
「で、聞きそびれちゃったんだけど」
「何?」
「最後にしおんに見つかったと時さ…」
背筋の凍りかけたあかさは小声になって、
「しおんと会ったとき、肩にハムスター乗っけてたよね?」
「え?ああ、いや、あれは。何だっけ、ど忘れ」
じぃっと聞き入るあかさに、じりじりと近づくしおん。
「そう、カピバラだ、カピバラ」
難問クイズに答えられたかのように歓喜するちかやだったが、不意に、
「あ、今…」
絶句するちかやの反応にきょとんとして、あかさはしおんと目があった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

転生しても侍 〜この父に任せておけ、そう呟いたカシロウは〜

ハマハマ
ファンタジー
 ファンタジー×お侍×父と子の物語。   戦国時代を生きた侍、山尾甲士郎《ヤマオ・カシロウ》は生まれ変わった。  そして転生先において、不思議な力に目覚めた幼い我が子。 「この父に任せておけ」  そう呟いたカシロウは、父の責務を果たすべくその愛刀と、さらに自らにも目覚めた不思議な力とともに二度目の生を斬り開いてゆく。 ※表紙絵はみやこのじょう様に頂きました!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

赤き獅子の王 ~銀月綺譚黎明篇~

篁千夏
ファンタジー
砂漠の城塞都市ウルクルに、東方の大国アル・シャルクの軍勢が迫る。 ウルクル太守の娘ファラシャトは、敵軍偵察のためにでかけた先で、謎の傭兵隊長と邂逅する。 アサド・アハマルと名乗る隻眼の傭兵隊長は、ウルクル軍に加わると、圧倒的な武力と知力でアル・シャルク軍の猛攻を退け、劣勢を跳ね返す。 だがアサドには、何か得体のしれない部分を感じたファラシャトは、彼の近辺を探る。どうやら彼と彼の傭兵部隊は、別の目的を持ってこの戦に参加したらしい。 その背景を探るファラシャトだったが、やがて……。 田辺真由美原作の異世界ファンタジーシリーズを新規ノベライズ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...