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あかさは連日の睡眠不足で、またうっかり授業中に舟をこいでいた。
そしてそれは例によってしっかり担任に見られていた。
三者面談を行うこの時期、あかさは学校での面談とは別に、家庭訪問という不名誉な刑が執行さえるかどうかの瀬戸際にあった。
何故にそれがわかるのか。
今こうして職員室で椅子に座っている担任を見下ろしている状況は、あかさ以外の生徒では見られない光景だからだ。
有罪確定とも言えるわけで、母にどう言い訳したものか、話の切れ目切れ目でそればかり考えていた。
「霧村さん、入試も済んだからって、たるみすぎなんじゃない?」
「いえ、決してそんなことは」
「昨日も今日も寝てたじゃない。丸見えよ」
担任教諭である荻野は軽くため息をついた。
「中学の時の評価は良いのに」
確か三十過ぎだと聞いているが、化粧も薄く、肌がとても綺麗だ。
どうやったらそうなるのかの方が気になる、不謹慎ながら好奇心が頭をもたげる。
もちろん、言いはしない。
なるだけ刑は軽い方が良い、心証は良くしておかないと。
あかさの感覚では、荻野が心底怒っているという風には見えなかった。
実際口調はおだやかで、姉と話しているようだと感じていた。
姉に叱られている錯覚。
年の離れた姉妹というのは遊び友達というより、母子の関係に近い。
似ていてもあかさには二人の相違点ははっきりわかる。
感情的かそうでないか、という点において決定的に違う。
それが荻野と姉が被って見える。
おかげで気持ちが弛緩してしまうのだった。
「ちゃんと聞きなさい」
ばれてた、少し気まずい。
「怒られてるんだから。ビシッとしなさい」
にやけてでもいたのだろうか、あかさは背をぴんと伸ばし、
「すみません」
と、完全に荻野に圧倒されていた。
「それと…」
少し居すくまるあかさには、次の言葉が容易に想像できた。
「化粧はダメ」
面と向かっているのだ、こればかりは逃げようがない。
ぎくりとするくらいしか、あかさにはすることがない。
「それはダメよ、わかった?」
まだ次があると身構えていたあかさには、しばしの間に戸惑った。
もう一度視線を合わせる荻野に、
「あ、はい」
言い方はいつもの調子に戻っていて、あかさは少し拍子抜けした。
「面談か家庭訪問かは、しばらく様子を見て決めるから」
口調はともかく、その言葉の意味は案外効く、あかさは足がしびれる気分だった。
「まだ受験が終わって間もないのに。気を抜くのが早い」
と、手の甲で軽くお尻の辺りをはたかれた。
嫌な感じのない、どちらかというと頑張りなさいと肩に手を置かれた気分だった。
「はい」
刹那にこりとしてうなずいた荻野は、いつものように表情のわからない顔つきで机に向かって座り直した。
いつもその笑顔だったら素敵な先生なのに、と勝手を言うあかさに、
「まっすぐ帰りなさいよ」
と、目を向けることなく言い放つ。
またあかさはぎくりとした。
もしかして今日のライブのことを知っているのだろうか?
いや、いくら何でもそこまでは知らないだろう。
あかさは自分が反応してしまったことにどぎまぎしつつ、一礼してその場から逃れた。
チャイムが鳴り響く。
ホームルームはとっくに終わっているのだから、これは部活の始まりを告げている。
各部員たちはそれぞれ練習を始めているはずだ。
おそらく教室にいつもの顔は残っていないだろう。
加織とひさきを除いては。
教室まであと少しというところで、ドアが勢いよく開き、どたどたと男子たちが通り過ぎる。
中の一人があかさにすれ違いざまに聞いてきた。
「どうだったよ?」
佐村だ。
「う、うん。別に何も」
「へぇ」
にやりとして、手を振り消えていく。
何の話で職員室に呼ばれたのか知っているかのよう。
教室に入ると、意外にも多くのクラスメイトがまだ残っていた。
それでも駆け足でその大半が消えていく。
皆大きなバッグを抱えて、おそらく部活に向かうのだろう。
「おかえり」
「何だった?」
加織がにやけ顔でいたずらっ子ぽく視線を投げかけるので、頬をピクピクさせてしまうあかさだった。
そのせいか、対してひさきの顔は真剣そうに見えた。
「家庭訪問、決定?」
他のクラスメイトも居るというのに言えるわけ無いと言ってやりたかったが、
「まだわかんない。どうなるんだろう」
また母の顔を思い出してしまう。
帰る準備をしながらあかさは自然を装って答えた。
どちらに転んでも特段困らないけど、という風に。
「化粧も言われたんじゃない?」
「ピンポーン」
とひさきを指さし、おどけてみせるあかさだったが、これもまた痛いところを突かれたと思っていた。
しかし、前回ひさきに指摘されてから、ごく自然な、ナチュラルメイクを心がけているのに、とも思っていた。
ファンデーションはごく薄く、チークは無しで、でもアイラインは譲れない。
あれ?
もしかしてこれでも「ダメ」なんだろうか?
今更そんなことに気づくとは、探りを入れることなんかできるわけないじゃない、あかさは残念がった。
「また寝てるの見られてたって、佐村君が言ってたよ」
「ん。まぁそうなんだけど…」
あの変な夢の体験以来、期待しているのだが、それどころか夢すら見ることがない。
咲奈は「いろんなところ」で見るようになったと言っていたのに。
あれから咲奈に会う機会に恵まれていない。
そもそも咲奈とは頻繁に会っているわけではない。
偶然帰宅時間が重なることが多かったからだが、会いたいときにはなかなか会えないものだと半ばあきらめている。
おかげで悶々とする日々が重なり、朝起きてもすっきりしない日々が続いていた。
それにゴールデンウィーク前半の休日は、ひさきが旅行に出かけて居なくなり、加織はきっと彼氏と居たいだろうし、誰かと遊んで鬱憤晴らしもできなかった。
「今日、大丈夫そう?」
美月がひさきの所に聞きに来て、心配しているかというとそうでもなく、至って楽しそうに見える。
チケット代はいらないとはいえ、本当に来そうな面々を探してはチケットを配るというのも、好きな彼氏のためとはいえ大変だ。
二言三言交わして他のグループの所へ行く美月。
スキップでもしそうな雰囲気である。
ひさきが立ち上がりながら、
「佐村君たちもくるらしいよ」
意外な一言だった。
部活を終えてから来るのだろうか。
ライブの方が先に終わってたりして。
というか、何故私にそれを言うの?
ひさきの笑顔に裏はなさそうだ。
「サボる気なんじゃない?」
加織がまた意味深ににやりとするものだから、あかさは頬をひくつかせるしかなかった。
そしてそれは例によってしっかり担任に見られていた。
三者面談を行うこの時期、あかさは学校での面談とは別に、家庭訪問という不名誉な刑が執行さえるかどうかの瀬戸際にあった。
何故にそれがわかるのか。
今こうして職員室で椅子に座っている担任を見下ろしている状況は、あかさ以外の生徒では見られない光景だからだ。
有罪確定とも言えるわけで、母にどう言い訳したものか、話の切れ目切れ目でそればかり考えていた。
「霧村さん、入試も済んだからって、たるみすぎなんじゃない?」
「いえ、決してそんなことは」
「昨日も今日も寝てたじゃない。丸見えよ」
担任教諭である荻野は軽くため息をついた。
「中学の時の評価は良いのに」
確か三十過ぎだと聞いているが、化粧も薄く、肌がとても綺麗だ。
どうやったらそうなるのかの方が気になる、不謹慎ながら好奇心が頭をもたげる。
もちろん、言いはしない。
なるだけ刑は軽い方が良い、心証は良くしておかないと。
あかさの感覚では、荻野が心底怒っているという風には見えなかった。
実際口調はおだやかで、姉と話しているようだと感じていた。
姉に叱られている錯覚。
年の離れた姉妹というのは遊び友達というより、母子の関係に近い。
似ていてもあかさには二人の相違点ははっきりわかる。
感情的かそうでないか、という点において決定的に違う。
それが荻野と姉が被って見える。
おかげで気持ちが弛緩してしまうのだった。
「ちゃんと聞きなさい」
ばれてた、少し気まずい。
「怒られてるんだから。ビシッとしなさい」
にやけてでもいたのだろうか、あかさは背をぴんと伸ばし、
「すみません」
と、完全に荻野に圧倒されていた。
「それと…」
少し居すくまるあかさには、次の言葉が容易に想像できた。
「化粧はダメ」
面と向かっているのだ、こればかりは逃げようがない。
ぎくりとするくらいしか、あかさにはすることがない。
「それはダメよ、わかった?」
まだ次があると身構えていたあかさには、しばしの間に戸惑った。
もう一度視線を合わせる荻野に、
「あ、はい」
言い方はいつもの調子に戻っていて、あかさは少し拍子抜けした。
「面談か家庭訪問かは、しばらく様子を見て決めるから」
口調はともかく、その言葉の意味は案外効く、あかさは足がしびれる気分だった。
「まだ受験が終わって間もないのに。気を抜くのが早い」
と、手の甲で軽くお尻の辺りをはたかれた。
嫌な感じのない、どちらかというと頑張りなさいと肩に手を置かれた気分だった。
「はい」
刹那にこりとしてうなずいた荻野は、いつものように表情のわからない顔つきで机に向かって座り直した。
いつもその笑顔だったら素敵な先生なのに、と勝手を言うあかさに、
「まっすぐ帰りなさいよ」
と、目を向けることなく言い放つ。
またあかさはぎくりとした。
もしかして今日のライブのことを知っているのだろうか?
いや、いくら何でもそこまでは知らないだろう。
あかさは自分が反応してしまったことにどぎまぎしつつ、一礼してその場から逃れた。
チャイムが鳴り響く。
ホームルームはとっくに終わっているのだから、これは部活の始まりを告げている。
各部員たちはそれぞれ練習を始めているはずだ。
おそらく教室にいつもの顔は残っていないだろう。
加織とひさきを除いては。
教室まであと少しというところで、ドアが勢いよく開き、どたどたと男子たちが通り過ぎる。
中の一人があかさにすれ違いざまに聞いてきた。
「どうだったよ?」
佐村だ。
「う、うん。別に何も」
「へぇ」
にやりとして、手を振り消えていく。
何の話で職員室に呼ばれたのか知っているかのよう。
教室に入ると、意外にも多くのクラスメイトがまだ残っていた。
それでも駆け足でその大半が消えていく。
皆大きなバッグを抱えて、おそらく部活に向かうのだろう。
「おかえり」
「何だった?」
加織がにやけ顔でいたずらっ子ぽく視線を投げかけるので、頬をピクピクさせてしまうあかさだった。
そのせいか、対してひさきの顔は真剣そうに見えた。
「家庭訪問、決定?」
他のクラスメイトも居るというのに言えるわけ無いと言ってやりたかったが、
「まだわかんない。どうなるんだろう」
また母の顔を思い出してしまう。
帰る準備をしながらあかさは自然を装って答えた。
どちらに転んでも特段困らないけど、という風に。
「化粧も言われたんじゃない?」
「ピンポーン」
とひさきを指さし、おどけてみせるあかさだったが、これもまた痛いところを突かれたと思っていた。
しかし、前回ひさきに指摘されてから、ごく自然な、ナチュラルメイクを心がけているのに、とも思っていた。
ファンデーションはごく薄く、チークは無しで、でもアイラインは譲れない。
あれ?
もしかしてこれでも「ダメ」なんだろうか?
今更そんなことに気づくとは、探りを入れることなんかできるわけないじゃない、あかさは残念がった。
「また寝てるの見られてたって、佐村君が言ってたよ」
「ん。まぁそうなんだけど…」
あの変な夢の体験以来、期待しているのだが、それどころか夢すら見ることがない。
咲奈は「いろんなところ」で見るようになったと言っていたのに。
あれから咲奈に会う機会に恵まれていない。
そもそも咲奈とは頻繁に会っているわけではない。
偶然帰宅時間が重なることが多かったからだが、会いたいときにはなかなか会えないものだと半ばあきらめている。
おかげで悶々とする日々が重なり、朝起きてもすっきりしない日々が続いていた。
それにゴールデンウィーク前半の休日は、ひさきが旅行に出かけて居なくなり、加織はきっと彼氏と居たいだろうし、誰かと遊んで鬱憤晴らしもできなかった。
「今日、大丈夫そう?」
美月がひさきの所に聞きに来て、心配しているかというとそうでもなく、至って楽しそうに見える。
チケット代はいらないとはいえ、本当に来そうな面々を探してはチケットを配るというのも、好きな彼氏のためとはいえ大変だ。
二言三言交わして他のグループの所へ行く美月。
スキップでもしそうな雰囲気である。
ひさきが立ち上がりながら、
「佐村君たちもくるらしいよ」
意外な一言だった。
部活を終えてから来るのだろうか。
ライブの方が先に終わってたりして。
というか、何故私にそれを言うの?
ひさきの笑顔に裏はなさそうだ。
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