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興奮冷めやらず、しかしすでに体の芯からぐつぐつ沸いてくる熱は取れていた。
頬も顔から取って氷に漬けて置きたかったのがすっかり冷めていた。
と、あかさは重大なことに気づく。
頬ってどこだろう?
いつもならしかるべき場所に指さすことぐらいわけないのに、鳥になっている今のあかさには不可能なことだった。
羽ばたいている最中であり、空を飛んでいるのだから、その手を休めるわけにはいかないのは明らかだが、注意がそれて一瞬羽ばたきをやめると、落下する感覚に慌てて大きく手を振った。
ぐんぐん上る。
飛ぶことに特に意識はなく、まるで体が水に浮いているかのように当たり前に浮揚していた。
視野は広く、視力も相当に良いようで、これなら一生コンタクトレンズとも無縁だなと、状況の割に余裕のあるあかさだった。
ただし、併走して飛んでいる鳥を見かけるまでという条件付きではあった。
首をかしげずとも見えるのだが、見間違えないことを期してかしげてその鳥をじいっと見る。
あかさは鳥にそもそも詳しい方ではないのであるが、あれが猛禽類であることくらいはわかる。
タカ、あるいはワシ、しかしフクロウではなく、多分トビ。
その鳥の背に縮尺がおかしいながら見たことある顔があったことに心穏やかではいられない。
鳥になっていること、羽ばたき飛んでいること、もうそれでも十二分に奇想天外であるのに、さらに隣で滑空するトビの背に小さいあかさの姿がったのだ。
風邪で制服のスカートが捲れないようにしながらトビにしっかりくっついている姿は、何か絵本だとかアニメの中で見られるなら微笑ましいが、ある一つの推察を前提にすると、そういうわけにいかなかった。
その前提とは、あのトビが佐村であるという推測。
目に焼き付くほどの衝撃的光景だったのに、すでにかすれかけている記憶を紐解くと、あの小さいあかさは佐村に憑りついている思念だろうことに行きついていた。
かつての自分の夢でフジがそうだったように、佐村もまた自分の夢を体現させているに違いない。
だとすると…、と恥ずかしくなるあかさは頬を赤らめたが、頬が赤いのか羽毛でわかりはしない。
それを佐村に聞けばよいとはわかっているが、できそうにないあかさは、
「佐村でしょ」
薄目で睨んでいるつもりのあかさだが、佐村には伝わらない。
声を聴いて一瞬ひるむトビは降下しかけて羽ばたきなおし、
「お前、霧村なのか?」
驚く声だが、鳥同志とはいえ佐村の表情はつかめない。
鳥だから伝わらないのかと、あかさは考え直した。
「いつからこの夢を見てるの?」
「夢?いつからって何だ?」
「さっきの…、その…、海辺のことよ!」
「あれか?えっと、ちょっと待て」
考えている時の顔なのか、ただ獲物を見つけようとしているようにしか見えない素振りで、あかさはイライラしながら言葉を待った。
「そう。電話してた。電話してたろ?お前と。そしたら、こうなってたんだよ」
あんたの夢でしょうが!
心の叫びも、佐村を呼び捨てにしたことも、全てはさっきの夢のせい。
「てか、なんで鳥なんだ」
佐村は事態を把握できていない様子で、それが極めて当たり前のことのはずで、あかさが状況を受け入れる事の方がおかしいことに当の本人は気づけない。
それどころか、さっきまで見ていた佐村の顔に、付け加えるなら悦に入っている自分に瓜二つの顔に、表情を思い出すにつけ激しい感情がぶり返していた。
「お前、本当に霧村なのか?」
「そうよ。あんたの背中の上に乗ってるのも、私ですけどね」
語気を強めたところで佐村にはあかさの気持ちの一片として伝わらないのだった。
「おぉ、確かに」
今になってようやく背中のあかさに気づいたようである。
楽しんでない?
呆れてきたあかさはそれでやっと冷静になりつつあった。
電話していた事実と、彼の思念であろう小さいあかさから考えて、佐村が本人であることは間違いないようだ。
フジの姿は見えないが、もしあかさの頭に乗っているままだとしたら確実にもろとも墜落していたはずで、それほどに鳥のあかさは小さかった。
尺度がトビ相手なので正確でないにしろ、あの頭の重そうな猫がより大きいトビの佐村に乗っていたところで重量オーバーなのは容易に想像できる。
「お前が鳥で、背中にもお前が居るって、なんだ?」
言葉にも混乱が表れていた。
あかさは翼がぶつからないように気を付けながら、佐村に近づいた。
「夢なの、これは」
「そうだろうな、あり得ないもんな。でも、何て言うか、こう、リアル過ぎる」
あかさはトリップを初めて経験した時のことを思い出していた。
戸惑いだった。
意識ははっきり、感覚もくっきり、しかしあり得ない幻想の世界に居て、現実との違いに困惑した。
「変な夢だな。てか、本当にお前、霧村なんだよな?」
話がすぐに通らない所を見ると、どうも佐村は初めてのトリップなのかも知れない。
初トリップで、適性ばっちりってことが証明されたということだろうかと、あかさは首をひねった。
だとしても、最初のトリップは短いというのがあかさたちに共通の事実だったのに、まだトリップから抜け出せていないのはどうしてだろうか。
「これ、落ちたらどうなるんだ?」
「知らない。やってみれば」
怖くてあかさは到底試してみる気など微塵もなく、冗談のつもりで言ったのだが隣のトビは突然視界から消えた。
急降下していくのが見え、
「ちょっと!」
佐村の羽の風切音がうるさくてあかさの叫びが届いたわけではないだろうに、再びグンと上昇してきて、
「これ、おもしろいな」
と、声が弾んでいる。
「冗談でもやらないで」
最大限の怒った口調なのは、言い方でしか感情を表現できないからだが、その実、
「怒るなよ」
と、やはり佐村の心までは届いていないようだと、あかさは嘆息した。
きっと、夢に楽しさを感じているんだ。
佐村には冷静になってもらう必要がありそうだと、砂浜の一件がまるっきりなかったかのようにあかさの気持ちが落ち着いて来た。
「背中の私も落ちるからやめて」
トビの背の小さいあかさ、小あかさはギュッと佐村の羽を握って風をこらえている。
「そうだった」
そういう佐村の口調は冷静さを取り戻したように聞こえる。
それにしても、とあかさは思う。
ちかややしおんとのトリップと違って、何かワクワクする期待がずっとあって、それが何なのか頭を巡らせると、いつも隣の席に座っている佐村の姿が浮かんでしまい、恥ずかしかった。
そんな自分の気を逸らそうと、
「どこから電話してきたの?」
と、佐村がトリップしてきた経緯を訊ねてみる。
「公園。街灯がなくて暗かった」
なるほどね、あかさはすぐに合点がいった。
「彫刻が近くにあったでしょ?」
「あぁ、そういやあったな」
やっぱり。
暗がりの公園で、オブジェを照らす明りに吸い寄せられたんだろう、そんな佐村の姿を想像するあかさに、
「あれ、なんて書いてあったっけか…。そう、らふぞう」
「ラフゾー?何それ」
予想だにしないキーワードが出てポカンとするあかさの脳裏にきらりと閃光が走る。
「裸婦像ね」
そう言った瞬間、漢字が目に飛び込んでくるようで、顔を真っ赤にするあかさ。
もちろん赤くは見えないのだが、
「ちょっと、まさか」
「何だよ、まさかって」
「それを見て、私を想像したんじゃないでしょうね」
「ば、馬鹿いうなよ。ただの銅像だろ。それがお前って…」
それは確かにその通りなのだが、思念が絡むのは彫刻のそばであり、何かしらの思いが無ければトリップにはつながらないだろう。
だとすれば、少なからずあかさを連想したとしておかしくはないし、佐村の思念が小あかさという事実も踏まえると、疑いの余地なし。
確か先ほどの夢の終盤に見たとき、あの自分は、表現がややこしくて仕方ないが、思念である自分は制服を着ていたように見えたのだが…。
「さっきの私、どんな恰好してた?」
「水着だったろ」
何か見てはいけないものを見てしまったようで、ひとり気まずいあかさだった。
また頬を少し熱っぽく感じる。
「何話してたの?」
「何でそれをもう一回お前に話さないといけないんだよ」
と、憮然とした声で佐村は言う。
「二人とも霧村なんだろ?大体が、これ、夢なんだから」
そうか、どちらが本物の私なのかわからないんだ。
あかさはトリップについて分かっていることを説明する必要に駆られ、納得できるであろう程の情報を掻い摘んで佐村に話した。
手短に、簡潔に、あかさは言葉を選びながらそれに努めた。
「じゃぁ背中の霧村はそのわけわからない思念というやつなんだな?」
「そう」
「何だよそれ、俺がバカみたいじゃんか」
「どういうこと?」
「本当、バカだな…」
はぶてた佐村はなおも「何だよそれ」を連呼してはぶつくさ言っている。
堪えていた言葉があかさの口をついて出た。
「どうして、私をイメージしたの?」
「ん。たまたまだよ」
「…、エッチ」
「お、おい、それはお前…」
言葉に詰まりばつが悪くなった佐村は、
「じゃぁお前の思念ってのはどんなんだよ」
「フジ」
と一言、あかさはソウゾウする。
背中に暖かさを感じさせ、風で飛ばされないように丸くなっている、親指くらいに小さくなったフジの姿を。
スズメより小さい、可愛いミニチュアサイズのフジが、あかさはわざわざ振り向きはしなかったが背にそれが乗っているのを感じられた。
「猫がいるでしょ?背中に」
「あれ?本当だ、なんで気づかなかったんだろう。不思議だな」
「面白いでしょ?この猫」
「可愛いな」
かわいい?
「どんな猫?」
「三毛猫」
「違う。黒と白」
「うわ。本当だ。どうなってんの、俺」
もうこれ以上フジのことを説明するのはやめておこう、時間の無駄というものだ。
存在が認識できるようならもう充分であり、すでにあかさの思考のターゲットは別に移っていた。
鳥になって飛んでいるなんて夢にしたってすごいことなのに、あかさも佐村も鳥を望んでいたわけでない。
この夢はあかさと加織が現実世界で座っていたベンチの背後に立つオブジェが引き金になっているに違いなかった。
思い出そうにもよく見ていないので見当もつかない。
私の夢?
まさかとは思うけど…。
「加織、なのかも」
口に出でいた心のつぶやきに、
「何?あいつがどうしたって?」
ちくりとあかさの心に棘が刺すようだった。
「とにかく、今はついてきて」
あかさは世界の果てを確かめるべく、翼を羽ばたかせた。
頬も顔から取って氷に漬けて置きたかったのがすっかり冷めていた。
と、あかさは重大なことに気づく。
頬ってどこだろう?
いつもならしかるべき場所に指さすことぐらいわけないのに、鳥になっている今のあかさには不可能なことだった。
羽ばたいている最中であり、空を飛んでいるのだから、その手を休めるわけにはいかないのは明らかだが、注意がそれて一瞬羽ばたきをやめると、落下する感覚に慌てて大きく手を振った。
ぐんぐん上る。
飛ぶことに特に意識はなく、まるで体が水に浮いているかのように当たり前に浮揚していた。
視野は広く、視力も相当に良いようで、これなら一生コンタクトレンズとも無縁だなと、状況の割に余裕のあるあかさだった。
ただし、併走して飛んでいる鳥を見かけるまでという条件付きではあった。
首をかしげずとも見えるのだが、見間違えないことを期してかしげてその鳥をじいっと見る。
あかさは鳥にそもそも詳しい方ではないのであるが、あれが猛禽類であることくらいはわかる。
タカ、あるいはワシ、しかしフクロウではなく、多分トビ。
その鳥の背に縮尺がおかしいながら見たことある顔があったことに心穏やかではいられない。
鳥になっていること、羽ばたき飛んでいること、もうそれでも十二分に奇想天外であるのに、さらに隣で滑空するトビの背に小さいあかさの姿がったのだ。
風邪で制服のスカートが捲れないようにしながらトビにしっかりくっついている姿は、何か絵本だとかアニメの中で見られるなら微笑ましいが、ある一つの推察を前提にすると、そういうわけにいかなかった。
その前提とは、あのトビが佐村であるという推測。
目に焼き付くほどの衝撃的光景だったのに、すでにかすれかけている記憶を紐解くと、あの小さいあかさは佐村に憑りついている思念だろうことに行きついていた。
かつての自分の夢でフジがそうだったように、佐村もまた自分の夢を体現させているに違いない。
だとすると…、と恥ずかしくなるあかさは頬を赤らめたが、頬が赤いのか羽毛でわかりはしない。
それを佐村に聞けばよいとはわかっているが、できそうにないあかさは、
「佐村でしょ」
薄目で睨んでいるつもりのあかさだが、佐村には伝わらない。
声を聴いて一瞬ひるむトビは降下しかけて羽ばたきなおし、
「お前、霧村なのか?」
驚く声だが、鳥同志とはいえ佐村の表情はつかめない。
鳥だから伝わらないのかと、あかさは考え直した。
「いつからこの夢を見てるの?」
「夢?いつからって何だ?」
「さっきの…、その…、海辺のことよ!」
「あれか?えっと、ちょっと待て」
考えている時の顔なのか、ただ獲物を見つけようとしているようにしか見えない素振りで、あかさはイライラしながら言葉を待った。
「そう。電話してた。電話してたろ?お前と。そしたら、こうなってたんだよ」
あんたの夢でしょうが!
心の叫びも、佐村を呼び捨てにしたことも、全てはさっきの夢のせい。
「てか、なんで鳥なんだ」
佐村は事態を把握できていない様子で、それが極めて当たり前のことのはずで、あかさが状況を受け入れる事の方がおかしいことに当の本人は気づけない。
それどころか、さっきまで見ていた佐村の顔に、付け加えるなら悦に入っている自分に瓜二つの顔に、表情を思い出すにつけ激しい感情がぶり返していた。
「お前、本当に霧村なのか?」
「そうよ。あんたの背中の上に乗ってるのも、私ですけどね」
語気を強めたところで佐村にはあかさの気持ちの一片として伝わらないのだった。
「おぉ、確かに」
今になってようやく背中のあかさに気づいたようである。
楽しんでない?
呆れてきたあかさはそれでやっと冷静になりつつあった。
電話していた事実と、彼の思念であろう小さいあかさから考えて、佐村が本人であることは間違いないようだ。
フジの姿は見えないが、もしあかさの頭に乗っているままだとしたら確実にもろとも墜落していたはずで、それほどに鳥のあかさは小さかった。
尺度がトビ相手なので正確でないにしろ、あの頭の重そうな猫がより大きいトビの佐村に乗っていたところで重量オーバーなのは容易に想像できる。
「お前が鳥で、背中にもお前が居るって、なんだ?」
言葉にも混乱が表れていた。
あかさは翼がぶつからないように気を付けながら、佐村に近づいた。
「夢なの、これは」
「そうだろうな、あり得ないもんな。でも、何て言うか、こう、リアル過ぎる」
あかさはトリップを初めて経験した時のことを思い出していた。
戸惑いだった。
意識ははっきり、感覚もくっきり、しかしあり得ない幻想の世界に居て、現実との違いに困惑した。
「変な夢だな。てか、本当にお前、霧村なんだよな?」
話がすぐに通らない所を見ると、どうも佐村は初めてのトリップなのかも知れない。
初トリップで、適性ばっちりってことが証明されたということだろうかと、あかさは首をひねった。
だとしても、最初のトリップは短いというのがあかさたちに共通の事実だったのに、まだトリップから抜け出せていないのはどうしてだろうか。
「これ、落ちたらどうなるんだ?」
「知らない。やってみれば」
怖くてあかさは到底試してみる気など微塵もなく、冗談のつもりで言ったのだが隣のトビは突然視界から消えた。
急降下していくのが見え、
「ちょっと!」
佐村の羽の風切音がうるさくてあかさの叫びが届いたわけではないだろうに、再びグンと上昇してきて、
「これ、おもしろいな」
と、声が弾んでいる。
「冗談でもやらないで」
最大限の怒った口調なのは、言い方でしか感情を表現できないからだが、その実、
「怒るなよ」
と、やはり佐村の心までは届いていないようだと、あかさは嘆息した。
きっと、夢に楽しさを感じているんだ。
佐村には冷静になってもらう必要がありそうだと、砂浜の一件がまるっきりなかったかのようにあかさの気持ちが落ち着いて来た。
「背中の私も落ちるからやめて」
トビの背の小さいあかさ、小あかさはギュッと佐村の羽を握って風をこらえている。
「そうだった」
そういう佐村の口調は冷静さを取り戻したように聞こえる。
それにしても、とあかさは思う。
ちかややしおんとのトリップと違って、何かワクワクする期待がずっとあって、それが何なのか頭を巡らせると、いつも隣の席に座っている佐村の姿が浮かんでしまい、恥ずかしかった。
そんな自分の気を逸らそうと、
「どこから電話してきたの?」
と、佐村がトリップしてきた経緯を訊ねてみる。
「公園。街灯がなくて暗かった」
なるほどね、あかさはすぐに合点がいった。
「彫刻が近くにあったでしょ?」
「あぁ、そういやあったな」
やっぱり。
暗がりの公園で、オブジェを照らす明りに吸い寄せられたんだろう、そんな佐村の姿を想像するあかさに、
「あれ、なんて書いてあったっけか…。そう、らふぞう」
「ラフゾー?何それ」
予想だにしないキーワードが出てポカンとするあかさの脳裏にきらりと閃光が走る。
「裸婦像ね」
そう言った瞬間、漢字が目に飛び込んでくるようで、顔を真っ赤にするあかさ。
もちろん赤くは見えないのだが、
「ちょっと、まさか」
「何だよ、まさかって」
「それを見て、私を想像したんじゃないでしょうね」
「ば、馬鹿いうなよ。ただの銅像だろ。それがお前って…」
それは確かにその通りなのだが、思念が絡むのは彫刻のそばであり、何かしらの思いが無ければトリップにはつながらないだろう。
だとすれば、少なからずあかさを連想したとしておかしくはないし、佐村の思念が小あかさという事実も踏まえると、疑いの余地なし。
確か先ほどの夢の終盤に見たとき、あの自分は、表現がややこしくて仕方ないが、思念である自分は制服を着ていたように見えたのだが…。
「さっきの私、どんな恰好してた?」
「水着だったろ」
何か見てはいけないものを見てしまったようで、ひとり気まずいあかさだった。
また頬を少し熱っぽく感じる。
「何話してたの?」
「何でそれをもう一回お前に話さないといけないんだよ」
と、憮然とした声で佐村は言う。
「二人とも霧村なんだろ?大体が、これ、夢なんだから」
そうか、どちらが本物の私なのかわからないんだ。
あかさはトリップについて分かっていることを説明する必要に駆られ、納得できるであろう程の情報を掻い摘んで佐村に話した。
手短に、簡潔に、あかさは言葉を選びながらそれに努めた。
「じゃぁ背中の霧村はそのわけわからない思念というやつなんだな?」
「そう」
「何だよそれ、俺がバカみたいじゃんか」
「どういうこと?」
「本当、バカだな…」
はぶてた佐村はなおも「何だよそれ」を連呼してはぶつくさ言っている。
堪えていた言葉があかさの口をついて出た。
「どうして、私をイメージしたの?」
「ん。たまたまだよ」
「…、エッチ」
「お、おい、それはお前…」
言葉に詰まりばつが悪くなった佐村は、
「じゃぁお前の思念ってのはどんなんだよ」
「フジ」
と一言、あかさはソウゾウする。
背中に暖かさを感じさせ、風で飛ばされないように丸くなっている、親指くらいに小さくなったフジの姿を。
スズメより小さい、可愛いミニチュアサイズのフジが、あかさはわざわざ振り向きはしなかったが背にそれが乗っているのを感じられた。
「猫がいるでしょ?背中に」
「あれ?本当だ、なんで気づかなかったんだろう。不思議だな」
「面白いでしょ?この猫」
「可愛いな」
かわいい?
「どんな猫?」
「三毛猫」
「違う。黒と白」
「うわ。本当だ。どうなってんの、俺」
もうこれ以上フジのことを説明するのはやめておこう、時間の無駄というものだ。
存在が認識できるようならもう充分であり、すでにあかさの思考のターゲットは別に移っていた。
鳥になって飛んでいるなんて夢にしたってすごいことなのに、あかさも佐村も鳥を望んでいたわけでない。
この夢はあかさと加織が現実世界で座っていたベンチの背後に立つオブジェが引き金になっているに違いなかった。
思い出そうにもよく見ていないので見当もつかない。
私の夢?
まさかとは思うけど…。
「加織、なのかも」
口に出でいた心のつぶやきに、
「何?あいつがどうしたって?」
ちくりとあかさの心に棘が刺すようだった。
「とにかく、今はついてきて」
あかさは世界の果てを確かめるべく、翼を羽ばたかせた。
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