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パウンドケーキのうそつき

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 こんな時、普通の彼女ならどんな反応をすればいいんだろう。“可愛い嫉妬のし方”なんてネットで調べたって載っていないよね。

 けれど、嫉妬もなにも、どんな理由があって連絡がなかったかもわからないのだ。
 先生同士で忘年会?………は、終わっていたはずだし。やっぱり元カノ?



 翌日、相変わらず彼からは何の連絡もなかったけれど、昨夜焼いたパウンドケーキを持って、とりあえず家に行ってみることにした。

 ハイネックのニットに、タイトスカート。
 ちょっと大人びたコーディネートに、首には彼から貰った初めてのクリスマスプレゼント。ネックレスの天然石が、冬の午後の日差しにきらきらと光っている。


 伯母の家に着くと、丁度大掃除の真っ最中だった。伯母が換気扇を外して頑張っているのを見ると、それを横目に素通りするわけにもいかないような気がして、思わず声をかけた。


「おばちゃん、手伝おうか?」
「いらっしゃい、律ちゃん。もうすぐ終わるからいいわよー。それよりあのボンクラを起こしてきてくれない?まったく二日酔いなんてだらしないったら。まだ今日は何も食べてないのよ」


 二日酔い?それは知らなかった。私に連絡もできないほど酷いんだろうか。

 部屋に入ると、むっとするようなアルコール臭。お酒を知らない私がクラクラするような空気の中、そっとベッドに近付いた。
 眠っている、のかな……?


「瑛士くん……?」


 “起こせ”と言われれば起こすしかないので、声をかけてみる。少し屈んで、耳元で小声で呼びかけると、彼がうっすらと目を開けた。良かった、聞こえたみたい。


「律………?」
「寝ぼけてるの?あの、おばちゃんが起きなさいって…………きゃっ」


 突然腕をつかまれて、布団の中に引きずりこまれていた。次の瞬間にはもう、視界がすぐに反転して、目の前に彼の顔と天井があった。


「律、触っても……いい?」
「……………は、はぁ?」


 彼は、突如私の胸を柔らかく掬うように手のひらで触れてきた。私がもがいても、下半身と右腕に囲われていて、びくともしない。
 初めは軽く、次第に強い力でぎゅっと指を食い込ませてきた時、私の身体の奥に、得体の知れない疼きが湧き上がってくるのを感じた。
 同時に“怖い”、そう、思った。


「ま、待って、瑛士くん……っんー!」


 唇が乱暴に合わされる。
 いつものような優しい触れ方じゃなかった。
 強引に割って入る熱い舌。差し込まれ、口内を探られる。


「あ……っ、んんっ、や………っ」


 初めての強引なキスを受けながら唇と舌の感触に翻弄されているうちに、着ていたニットの裾から、キャミソール越しに手のひらが入ってきていた。

 さっきよりも熱い体温を急に近くに感じて、私の身体がびくりと硬くなる。


「や……っ。やだっ!え…いじ、く……んっ。お酒、くさ………っ」


 私の唇を離れて、服越しに胸に寄せてくる顔をなんとか捉え、髪をそっと引っ張った。


「………ああ、悪い。つい……」
  

 そう言いながら彼が顔を上げて身じろぎすれば、重なる太腿には硬いモノが当たっている。
 知識としてはあったけれど、その存在に気付いてしまえば思考が止まってしまう。


「ちょっとどうかしてた」


 彼が起き上がって服を直してくれたけれど、私はまだその場から動けずにいた。小さい時でさえ入った事のない、男の人のベッド。今ではもうおなじみの、シトラスが強く香る場所。


「怖がらせて、ごめん」


 そう言って額の前髪をさらりと退けてキスをひとつ。それはやっぱりお酒の匂いがしたから、思わず顔を顰めてしまった。


「………律?」


 小さく名前を呼ばれて、じわりと涙が浮かんできた。


「こ、怖かった………」
「ん。ごめんな。もうしないから………って言ってもいつまで我慢できるかはわからないけどね。そうだな、律がせめて来年くらいまでには触られることに免疫がつくように、少しずつ慣らしてあげるから」


 そう言われるとなんだか逆にせつないような。こんな気持ちも初めてだから。


「少しずつに、してね………」


 それが今の精一杯。
 “わかった”と呟いたあと、ふと、彼が目を逸らした。


「…………白状するよ。昨夜、前の彼女と会ってたよ。全部、完全に終わりにしてきたんだ」
「そう………」
「一緒に呑んで、泣かれたけど途中でタクシー呼んで先に帰した。その後しばらく一人でいたんだけど、悪酔いした。………で、帰ってからミントのアイスを食べて、ようやく酔いが冷めてきた時には日付けが変わってました」
「………ふふっ、何故そこで敬語」
「……んで、そのまま寝ましたごめんなさい」
「謝らないで。何もなかったんでしょう?私ね、こういう時、どうしていいかわからないの。全部瑛士くんが初めてだから、怒っていいのか泣いていいのか、わからないの」
「そうか……」


 返事のあと、ちょっと寂しそうに笑った。

 腕を引いて起こしてもらうと、そのままぽすん、と抱きとめられた。
 とくんとくん、と彼の鼓動が伝わってくる。


「多分もう、何も言ってこないよ。………さ、今日は下で母さんも一緒にお茶にしよう。律からバターの匂いがするから、パウンドケーキだろ?」


 そう言いながら頭を撫でる、大きな手のひら。
 私は、ようやく落ち着いて彼の腕の中でじっとしていたけれど、彼がまだ何かを隠しているようで、得体の知れない不安を抱かずにはいられなかった。


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