眩暈のころ

犬束

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眩暈のころ

11. 中学三年のころ(夏休み) 9

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 近海は背中を見せてチューニングしていたが、おもむろに正面に向きなおり、

「『TALKIN’ ‘BOUT YOU』」と不遜な眼つきで、挑発するように曲名を告げた。

「なんですとぉ」

 途端に蝉丸が色めきたった。どうやらお気に入りのナンバーであるらしい。手をたたいて大喜びしている。

 演奏が始まると、私はびっくりした。
 技巧についての詳しくは審査員にまかせるとして、私は単純に上手いと思ったし、のみならず音がひとつの塊になって、ちゃんと客席に届いている。
 少年期の、はかなげで、尖った、瑞々しい近海の声は時にかすれ、揺らめいたが、歌唱力を超えた強さで、私の心に深く突き刺さるようだった。

「近海、『TELL ME』やれ!」

 一曲目が終わると、蝉丸が叫んだ。気がつくと、が後ろに立って、仲間とわあわあ騒いでいた。

「リクエストありがとう」近海はさらりとかわし、「最後の曲です」

 蝉丸が要求したストーンズではなくて、自分たちのオリジナルを歌いだした。シンプルな英語の歌詞で、明るく騒々しい曲調だった。
 ギターのフレーズは、どこかで聞いたようなメロディ・ラインに似ていたが、こんな風に真似をしながら楽曲を作っていくのかと、むしろ創作の技法を教えられたような気がした。冗漫にならず、退屈もしないなんて、たいしたものだと思う。

 それと同時に、私は近海に嫉妬した。当時の私は(飽きもせずに現在まで延々と)、益体もない駄文を大学ノートに書き綴り、国語の若い女教師と蝉丸に読ませては、面白い面白いと、なだめられていた。自分の文章など、外の世界で通用しないのを、分かっているつもりだった。
 蝉丸には「天は二物を与える」と、したり顔でうそぶいておきながら、才能を持って生まれた近海の存在を、所詮かなわぬのを承知で、羨まずにいられなかったのである。

 あとで友達たちとコンサートのことを語り合ったけれど、卑怯にも私は近海以外のメンバーを賞賛し、近海については触れなかった。
 のぶおたちは仕方ないとしても、近海のバンドも入賞しなかったのは謎で、皆で主催者のセンスのなさをさんざん罵った。



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