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第七夜 悪魔の血
しおりを挟む「今晩は。やってる?」
暖簾をくぐるような仕草をしながら顔を覗かせたのは、悪魔ではなく、近所の定食屋『こし庵』の女将。小柄で、いつも渋い色の和装を着つけている八重です。唐草模様の風呂敷に、何やら包んで抱えています。
「おや、先日はどうも。いらっしゃい」と夛利氏。「教えてもらったロールキャベツ、家でも作ってみたら、美味しく出来ました」
そうして、『今日のお召しものは』と云いかけたとたん、
「サルマーレよ、サルマーレ」と、女将八重がおどけた表情で云いました。「ふふふ、美味しく出来たのは、教え方が上手だからね、きっと」
週に一度、定食屋の定休日に、鏡子婦人が女将から料理を習っているのでした。
ちなみに、サルマーレはルーマニアの伝統料理。ひき肉や米、玉ねぎなどを酢キャベツの葉に包み、トマトのスープで煮込んで作ります。お好みで、サワークリームをかけて召し上がれ。
「このカフェの定番メニューにするなら、コンサル料とか、もらっちゃおうかな? 定食屋メニューなら、出前もおまかせください」
彼女の着物の藤紫色が、こし餡っぽいですね、と云おうか止めようか、夛利氏が迷っている間にどんどん間が悪くなってします。
「こんな遅い時間にお出かけなんて、珍しいんじゃないですか。どうぞ、おかけください」と夛利氏が心の迷いを隠して訊ねます。
「実は、待ち合わせしてるのよ」
「おやおや、大将とデート?」
「そうじゃなくって……」
「やってる?」
相変わらずの、重そうなバックパックを背負って、いつもながらの、しゃがれた声で、悪魔が現れました。
「待った?」と悪魔は女将に。
「ううん、今さっき来たとこ」
「それじゃ、アレはまだ?」
「まだ」
二人して何か企んでいるのか、女将が悪魔にそそのかされているのか、悪魔に女将をそそのかす技量があるのか、こそこそ話をし始めました。
『八重さんまで、よもや悪魔と懇意とは』と夛利氏は胸騒ぎを感じました。
「打ち明けられても、困るかもなんだけど」と女将はカウンターにもたれかかり、夛利氏の方へ身を乗り出しました。「鏡子さんは、うすうす気がついているかもしれないんだけど、聞いてない? あたしの事」
「いや、申し訳ないですが、思い当たる節が、どうも……」と夛利氏は、今度は焦る心を隠して云いました。
「いいわ、思い切って云っちゃう」と女将。
「記念すべき瞬間を見届けるよ」と悪魔。
息を呑む夛利氏。
「あたしさ、本当は、ヴァンパイア、吸血姫なんだ。吸・血・姫」
「女将まで……」と夛利氏は、歯を食いしばりながらつぶやきます。
悪魔はもう、お役御免とばかりにキッチンへ忍び込み、冷蔵庫から卵を取り出しました。
「いや、この悪魔がさ」と女将はスツールに坐り、「初めて入ったこのカフェで、オーダーするより前に、自分が悪魔だって名乗ったって云うからさぁ。しかも、普通に迎えられたって云うじゃない? あたしもね、カムアウトして、取り繕わずに、人付き合いしてみたいなぁ、なんてね。今さらだけどね」
「いくらなんでも、出し抜けにヴァンパイアだなんて」夛利氏は、その後の『ハロウィンには遅いし、早すぎですよ』と云いたいのを飲み込みました。
「食パン、食パンと」悪魔はフレンチトーストの準備をしているようです。
「お料理教室でね」と女将。「ルーマニア料理ばっかり教えてるから、鏡子さんもしかして、察してくれてるかなって、期待しちゃったりしてたわけ」
「八重さん、出身はルーマニアでしたっけ」と夛利氏。
「ううん、すぐ近所。実家は神社の裏」と女将はあっさりと。
悪魔がフライパンにバタをたっぷり落とすと、香ばしい匂いが広がりました。
「では、どこで噛まれて吸血鬼になったんです? そして、吸血活動は……」と夛利氏は複雑な心境で問いました。
「南米に新婚旅行に行った時、二人してチュパカブラに襲われてね。だからかな、人間の血液は欲しくはないのよ、本当よ。油断させるための嘘じゃないのよ」女将は笑いもせず、打ち明けます。「好物はね、豚。豚の血なの。お肉も美味しくいただきますけど」
豚の臓器を人間に移植しているように、血液生化学的にも、豚は比較的、人間に近い動物らしいのです。
悪魔は満足げに、女将よりかフライパンのトーストを見守っています。
「改めまして、お近づきのしるしに、これを持って来たの」と、女将は風呂敷をほどいて、タッパーウェアをカウンターに置きました。
「それは?」と、なみなみと注がれた豚の血液を想像して、夛利氏は怯えながら訊きました。
「血腸ソーセージ」と女将はタッパーウェアの蓋を開け、「食べた感じは、ほぼレバー。破裂しないように、低温で茹でてね。茹でてから、さらにソテーしても、イケるわよ」
悪魔は、焼き上がった熱々でふわふわのフレンチトーストを載せたお皿を持ったまま、タッパーの中を、恐るおそる覗きこみました。中には、真っ黒いソーセージが何本も並んでいます。
「俺ら、レバーは苦手なんだよね」
「貧血予防に、食べたらいいのに。ほら、“冬はやっぱり弱るから”って云うでしょう」と女将がタッパーを悪魔の方へ差し伸べました。
「見た目もヤバくない?」と悪魔は後退り。
「悪魔って、血液は流れてるんです?」と夛利氏が、ふと思いついて。「赤い色? 青い色とか?」
「あら、考えてもみなかったわ」と女将。「ちょっと、噛ませてみなさいよ」
「嫌なこった」と、悪魔はお皿を胸の前に構え、さらに後退ります。
「いいじゃない、噛むだけだから。減るもんじゃなし」
「嫌なものは、嫌だよ」
「取って喰ったりしないわよ、噛むだけなんだから」
「豚を齧ればいいじゃんか」
「ケチくさいわねぇ、悪魔のくせに」
「近寄るなって」
悪魔と女将の押し問答はつづき、城下町の夜は更けてゆくのでした。
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吸血姫……チュパカブラ……🧛♀️
笑いました、ありがとうございます😂
月澄狸🌕ぽん
おはようございます🌞
月澄狸ぽんに笑ってもらえた! 月澄狸ぽんに受けて嬉しいですー( ˊ̱˂˃ˋ̱ )ウヘヘ♪
吸血姫は、狙ってて、かえって引かれるかな、と不安だったので、“姫”にして良かった! としみじみしてます。
チュパカブラって、ほんとに口に出して言いたくなる、いい感じに滑稽かつ愛らしい響きですよね。
月澄狸さんの、日々の投稿の多さにジェラシい気持ちを抑えつつ、目標にして頑張ります!
🐶⊃☕️🍩🍩🍘🍘🍪🍪🍩🍩🌞🌕🥮🥮
しばちゃん🧛♀️🩸🐶
来た来た〜!吸血姫(≧∇≦)🩸
待ってました‼️🎶
面白い!面白いよ〜
なんせ、女将とゆうのが面白い😆
八重とゆう名もマッチしてる!
ぃやっぱ、吸血行為とゆうのは興味深いよね〜🎶わくわくしちゃう
けどルーマニア料理なんて食べたことないし、知らなかったけど、美味しそ〜
ロールキャベツと似てるんだね。
自己流で作ってみよっかな😂
悪魔ののほほんとしたところも面白くて、ひろ生もこのカフェに「やってる?」って言って訪ねてみたい🌻😈🍷
弘生ちゃん🌻🩸
お疲れさまです🐶⊃🥤🌭🩸
喜んでもらえて、嬉しいです🐕🌀グルングルン
いつもありがとう🙏
弘生ちゃんからのお手紙が、どれほど励みになることか(´༎ຶོρ༎ຶོ`)
女将の名前は、最初は違っていたけれど、八重=八重歯に通じる!と、変更しました。
ルーマニアのロールキャベツ、色々とレシピを検索してみたら、酢漬けじゃなくて、普通にキャベツで巻いているサイトもあり、じゃあ、普段のロールキャベツでは?と疑問を抱いてしまったの。
だけど、そうすると、お口に合うのは決定だから、結果オーライね!🥬✨
なんか、人間相手でないって所が、詰めが甘かったか、と反省しつつ、でも“チュパカブラ”って言えたし(口に出して言いたい言葉)ってことで、ご了承くださいm(_ _)m
これからも、チャレンジするぞ!❤️🔥
その後、体調はどんなですか?
無理しないように。
どこでもドアが無理なら、せめて、どこでも小窓からレバー等の焼き鳥の差し入れをしたい犬子でした🌻🍖🍗🪟🥩🐕
そして、「やってる?」って、いつでもお越し下さい。
お待ちしております☕️🧁🫖😈🧛♀️
悪魔なのに無欲……すっかりカフェに馴染んでいる悪魔さん、可愛いです😊😈
この間の返信で、サド侯爵のご解説、ありがとうございました🙇
ウィキペデアも見に行って、なんとなく分かった気がします💪
ガレット・デ・ロワ、この間ミスドのゴディバコラボのやつを食べて、そこに解説も載っていたので、今回は偶然予習済でした🦝🍩👑ぽん
前回の宇宙スノードームのお話も楽しかったです✨
「俺らが中身を入れ替えてもいい?」「全然、お願いしたいです」のやりとりで、危ない契約をしてしまったんじゃないかとドキドキしましたが(等価交換で何かを要求されるとか)、悪魔さん、ただロマンチックで優しいだけみたいで良かったです😂🌌
スペシャル・サンクスありがとうございます🎶🌕
月澄狸🌕ぽん✨✨
お読みくださって、ありがとうございます!こちらも、スペシャル・サンクスです。
🐶⊃🍩🍓🍩🍓🍩🍓🍩🍓🍩🍓🍩👑
ミスドのGODIVAコラボ、ネットの記事で見て、食べたいなぁ、と思っていました。
ミニミニの王冠も付いてて、心惹かれます。ガレット、堪能されましたか?
宇宙のスノードームも楽しんでいただけて、嬉しいです🌌
けれども、ご用心。悪魔は悪魔。無欲で無邪気に、まるっと人間を罠に陥れてしまうかもです。もっとも、伝説や昔話によると、悪魔や鬼を陥れるのはむしろ人間だったりするのですが。
月澄狸さんの作品も、また読ませてもらいに伺いますー🐕🐾