悪魔が夜来る

犬束

文字の大きさ
上 下
8 / 9

第六夜 黒革の手帳

しおりを挟む

「今更ですけど」と夛利ダリ氏が云いました。「ここはビブリオ・カフェ。たまには御本のお話でもしませんか?」

「そんなことを云いだしたのは」と、ミカはカウンター席から視線を巡らせ、「が眼に入ったからでしょう?」

 夛利氏、ミカ、そしてマキくんの三人がそろって注視した先には、珍しくボックス席に坐った悪魔の姿がありました。
 黒い革のような素材で装丁された、百科事典ほどに分厚い本を開げ、熱心に頁をめくったり戻ったり、何やらペンで書き込んだりしています。

「ねえ」とミカが悪魔に呼びかけました。「まさか、その分厚い本、旧約聖書のお勉強をしてるんじゃないでしょうね」

「違うよ」と悪魔は、いつものしゃがれた声で、そっけなく答えました。「これは県民手帳」

「県民手帳!?」

 意外な答に、三人は顔を見合わせました。

「手帳を名乗るには、サイズが大きくて厚すぎる」
「地獄の行政区画は県なんだ。県の他に、地獄都とか地獄どうとかも?」
「地獄の路線図、気になる」
「特産品なんかあるのかな?」
「じゃあ、ゆるキャラも居る?」

 口々に意見を投げかけます。

「人間には、関係ないじゃんよ」と悪魔は、音を立てて手帳を閉じました。

「もったいぶる必要ある?」とミカが食ってかかりました。「県民手帳なんて、県民でなくてもネットで買えるんだし、市販の手帳に機密なんて載せてないでしょうが」

「そんなに中身が見たいなら、買えばいいじゃん」

「買うわけないじゃん。欲しくもない、そんな馬鹿べらぼうにデカい手帳」

 ミカは身を乗り出し、今にも悪魔に飛びかかって、手帳を奪いとりそうなので、マキくんがなだめます。

「いくらなんでも、欲しくもない、は云いすぎですよ、ミカさん。他人ひとが愛用しているのに。印刷してある情報はともかく、書き込んである内容はプライベートだからね」

「さすがマキくん」と悪魔は手帳を上着の内ポケットに仕舞い、「おいらのプライベートばかりか、依頼人の個人情報も満載だから」

「小悪魔のくせに、余暇を満喫するなんて、生意気」とミカは憤懣やる方なく。

「差し支えのない頁を披露してくれれば、興味を持って、ここのお客さんも購買してくれるかもですよ」と夛利氏。

「まずは、内ポケットの構造に驚こうよ」とマキくん。「四次元なの?」

「仕様がねぇなぁ」と悪魔はしぶしぶ内ポケットから手帳を取り出し、頁を開いて三人に示すと、「残念だけど、人間には見えません」

 真っ白な頁には、罫線さえもありませんでした。

「もしも、僕が県民手帳を買ったら、お礼に僕の願いを叶えてくれる?」とマキくんがひねりを効かせてきました。

「なんと」と夛利氏。「いち手帳に、いち願いルール」

「こんな、自称悪魔に、そんな力があると期待してんの?」とミカが怪訝な表情で。

「だってさぁ、ちょっと興味ない? 地獄の県庁職員の仕事」とマキくんは前のめりで、嬉しそうに云いました。「例えば、県立図書館の司書になって、レファレンスサービスとか、稀覯本の管理や修繕に携わるとかさ。文化財課もやりがいがありそう。歴史が古くて、お宝の宝庫だよね、きっと。それに、県立の動物園や水族館があったら……」

「職員は足りてます」と宣言するなり、悪魔は手帳と共に、ぽんっ! と白い煙になって消失し、退出しましたとさ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

処理中です...