図書感想 八月

犬束

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『戦場のメリークリスマス』L・ヴァン・デル・ポスト

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 哲学書ゆえの闊達さ



 大島渚の『戦場のメリークリスマス』なら、ある年代であれば、かなりのパーセンテージで鑑賞されていると推測するのですが、では原作を読んだ割合は、どのくらいなのでしょう。
 映画を観た限りでは、おそらくドキュメンタリータッチの私小説であろうと、ほとんど決めつけていました。しかし、実際にはクリスマスの前夜、朝、夜の、微妙にスタイルの違った三作の小説で構成されています。
 非常に精緻な観察による描写がなされ、読み手は、生き生きと、あるいは生々しく、その場の情景を目の当たりにするのに、語り手の冷静沈着さ、自己・他者の心理の考察、哲学的思考などにより、同時にどこか静謐さをも感じます。
 
 さて、本書が自由研究に向いていると考える理由は、多くの示唆に富んでいると思われるからです。
 まずは太平洋戦争について。どうして日本軍の捕虜収容所がジャワ島にあって、オランダ人が収容されているのか、それすら知らなかった私には、とても勉強になりました。
 それに、原作と映画とを比べて、どのような取捨選択がなされ、構成されたか。これも、とても興味深いテーマになります。
 第二部の『種とく者』は、デヴィッド・ボウイが演じた英国人将校、ジャック・セリエの手記で、子供の頃に過ごした南アフリカの暮らしや自然や動物なども描かれ、これだけでも映像化されれば、さぞ美しかろうと思われます。内容はそればかりではなく、その後の従軍、弟との和解も、書かれています。イエスの奇跡についての記述も、印象深い。
 手記の後、「わたし」によって、セリエの収容所でのふるまいや、処刑の様子などが語られます。
 さらに、三部では「わたし」の妻も加わり、ジェンダー問題も提示されます。
 このように、さまざまなテーマを内包する豊かな本作品、この夏の読書にいかがでしょうか。



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