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犬束

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小さな庭

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 あわただしい朝の大通り。バスに乗り遅れないように駆けて行くとき、奇妙に心ひかれる路地がある。スフィンクスの像に守られた美術館と花屋の隙間。日常の魅惑的な裂けめ。いつも、微量のみれんを残して後にする。
 けれどもこの晴れた秋の日、ついに仕事を放棄して、路地に足をふみいれてしまった。ありきたりなビルの裏側。(やっぱり!)駐車場だとか、ささやかな児童公園をぬけ、いつのまにか迷路のように入り組んだ急な坂道や石段をのぼったりおりたり、さまよい歩いていた。少し冷たい風は、かすかに冬のにおいがして胸が疼くけれど、不安はない。






 そして、ようやくたどり着く。アーチ形で深緑いろの鉄門がひらかれ、なかはあかるい芝生の庭。ガラスの丸テーブルと三つの籐イスが置かれ、クッションはペパーミントグリーン。ひとつだけがオレンジいろ。蔦におおわれたレンガづくりのアパートメントから、天使みたいにようすのいい青年があらわれた。やわらかな日差しをあびて、白いタートルネックのセーターが、ほのかに輝いている。彼は突然の見知らぬ訪問客をとがめるどころか、眼差しでうなずくと、親しくわらいかけてなつかしそうに抱きよせる。籐イスをすすめ、ミルク紅茶とお菓子をふるまう。あるいは、上等な葉巻とラム酒。
「さて」と、彼は私の正面に腰を落ち着け。
「なんの話をしようか」
 そういったが、おたがいなにもしゃべらず、ほほえみかわす。オレンジのクッションの席に誰が来るのかも訊かないまま。小鳥のさえずりに耳をかたむけ、ここちよい沈黙にひたりつづける。理不尽なほどきれいな青空。溶けかけた真昼の月。世界の終わりにむかってながれる、やさしい時間。


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