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自分のことを忘れるくらい友達が好きだった

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「お前一年の女子といい感じなのかよ。」
「そんなんじゃねえよ。」
日菜と別れた3年生は教室に帰る途中こんなやりとりをしていた。
リョウは心底うんざりした。ちょっとしゃべっただけで、いちいち騒ぐんじゃねぇ。年下が好みでもないし、そもそも好みとかという意味で話しかけたつもりもない。だるい塾の合間に少しだけ勉強以外の会話があっただけだ。
「お前は年下といえばストレス発散かパシリに使うくらいか。」
「それはお前だろ。」
本当にしつこい。野球部はすでに引退した。終わったことをねちねち盛り返すコイツらの低能さにはうんざりだった。
「あ、あいつ一年の里宮の双子の妹じゃね?」
廊下の真ん中でリョウの足も思考も止まった。
「なんだって。」
「野球部では今年いただろ。初心者のピッチャー志望で、お前がパシリに使って蹴りいれたらすぐ辞めたやつ。あいつ確か双子の妹がいた。」
「それでなんでさっきの子がその妹なんだ?」
嫌な記憶がよみがえる。初心者のくせにいい球投げたことも、自分がしごいて辞めさせたことも、どちらも思い出したくない。
「名札に里宮って書いてただろ?お前知らなかったのかよ。」
「知るかよ。名前聞くほどしゃべってねえし。」
「はい、決定だな。」
前をのんきに歩く友人を殴りたかかったが、さすがに思いとどまった。
「でも、さっきの子お前見て赤くなってたぞ。ひとめぼれされてんじゃね?」
「だとしたら笑えるな。里宮は自分の仇に妹とたれたんだろ?」
「ピッチャーで負けて恋愛で勝ったのかよ。よかったじゃん、リョウ。」
「うるせぇってつってんだろ!」
教室のドアを怒りまかせに勢いよく開ける。クラスメイトが一斉にこちらを向く。へらへら笑いやがって。
「おれは野球で負けてねえし恋愛なんかそもそもしてない。里宮のことなんか覚えてないし、あの子の名前も知らないんだ。これ以上関わる気ないし、お前らもこれ以上いじってくんじゃねぇよ。」
不機嫌を態度にだして席に座った。これであいつらももう何も言ってこないはずだ。
息抜きにちょっとしゃべっただけなのによ。


「美咲、先生に質問があるから先に部活行ってくれる?」
ホームルームが終わるや否や、果穂がわざわざ美咲の席に言って伝えていた。音楽室に行くまでのやりとりが尾をひいているのだろう。
「うん、わかった。先輩にも伝えておくね。」
美咲は教科書を入れる手が一瞬止まったが、すぐに笑顔で答えた。美咲は自分の考えをスパっと言う。その分、相手が出した意見も尊重するのだ。例え自分を避けるための嘘だとしても。
 それでも教科書を持つ手がふるえた。周りに悟られてないだろうか。果穂に誤解されている。きっと練習試合の後、和葉くんをかっこいいと言ったからだろう。
果穂を傷つけるつもりはなかった。惚れるとかではなく思わずつぶやいてしまっただけなのだ。マウンドの和葉と自分を重ねたのだ。美咲がテニスコートに立つ時も一人。今回は試合前からいろいろあったはずだ。仲間のようで仲間でない時もある。それでも戦いぬいて、一匹オオカミなのにチームの輪を作っていたのだ。
 美咲は一人教室を出る。そう、一人で行動するのは嫌いじゃない。うそ。今は少しつらい。でも信じよう。果穂が来ることを。そして誤解を解こう。必ず解ける。自分は果穂を応援してるのだから。
 自分が話を聞くことで解決になるだろうか。
日菜はざわめく教室の中、果穂の背中を見つめていた。
「日菜、図書室についてきてほしいんだけどいい?」
「え?うん、わかった。」
先生に質問というのは嘘だったようだ。果穂から放課後に誘われるの初めてだったことに日菜は気づく。果穂はずっとテニスに打ち込んできたのだ。
「ごめんね、今日はすぐに図書館に行きたいよね。」
果穂は廊下で何度も謝った。山本先輩とのことを言っているのだろう。でも今は二人のことが心配なのだ。果穂が自分と一緒にいたいならそうしたい。
「実は図書室に用事じゃなくてね、人気のいないところに行きたかったの。」
確かに図書室あたりはいつも静かで、放課後となると図書室通いしていた日菜も他の生徒を見たことがないくらいだった。
「どうしたの?聞かれたくない話があるの?」
美咲とのケンカだろうか。上手く仲裁できるだろうか。日菜は不安で手をぎゅっとにぎる。
「私ね、和葉くんのことが好きなの。」
果穂がだれもいない渡り廊下で、日菜の耳元ではっきりとささやいた。
「えー!何それ!いつから?どういうこと?」
思わぬ方向からパンチをくらった。日菜の声は渡り廊下中に響き渡る。
「声が大きいよ。言うの遅くなってごめんね。日菜は和葉くんと近すぎて打ち明けれなかったの。」
初めてドキっとしたのは幼稚園の年中さん。果穂が語りだす。砂場でおもちゃを年長さんに取られて困っていたら、和葉がたんぽぽをくれたらしい。和葉らしい。和葉らしい優しさに気づいている人が自分以外にもいたのか。自分も和葉が大好きだ。その和葉の良さを分かってくれる友人を日菜はまた好きになった。優しい和葉も、優しさに気づく果穂も愛おしい。
「打ち明けようと思ったのは、日菜にも知ってほしかったから。もしかしたら私失恋するかもしれない。美咲も和葉くんのこと好きになっちゃったのかもしれなくて。もし二人がそうなったとしたら、私は二人とも好きだから応援したい。でも好きだったてこと、日菜に知ってほしいと思って。」
日菜は果穂の顔をまじまじと見た。目に少し涙をため、でも口だけは笑っている。ちがうよ、日菜はつぶやく。
「ちがうよ。美咲は一人で生きていけそうなくらい強いけど、美咲にとって大切なのは果穂だよ。果穂の好きな人をとったりしないよ。」
窓の外では葉っぱがひらりと舞い上がっている。もう秋なのだ。思い出してほしい。まだ桜の花がきれいに咲いていた時のこと。美咲と出会って重ねた時間。走るのが遅い果穂に付き合って、果穂が終わるまで一緒に走ってくれていると嬉しそうに言っていたではないか。休みの日に練習に付き合ってくれたから、ラリーができるようになったとか。今日だって私が山本先輩のことで落ち込んでいるとわかれば腹をたててくれた。美咲は真剣に私たちのことを考えてくれているのだ。
「わかってるよ。」
日菜の思いにメスをいれるかのような鋭い声だった。
「わかってる、美咲は私のことも日菜のことも大切にしてくれてる。だから私に気を使って身をひくんだと思う。でもね、私も美咲のこと応援したいの。私だって美咲のこと大事にしたいの。」
言い終わった果穂のほほに涙がつたっていた。果穂がメスをいれていたのは自分自身にだった。
「それなら話は早いよ。美咲は自分の気持ちを貫く人が好きだよ。美咲のためって言うならあきらめたらだめだよ。美咲のために途中であきらめたなんて美咲にばれたら、怒りくるっちゃうよ。」
日菜は果穂のほっぺをむにむにつねった。日菜は茶化す言い方しかできない。でもそんな辛い顔しないでほしい。思いつめないでほしい。物事は悪い方にだけ転がるわけじゃない。自分を犠牲になんてしないでほしい。
二人は頭を寄せながら窓の外を眺めていた。裸になった桜の木を見下ろしていた。2枚の落ち葉が風で舞い上がった。後からもう1枚加わり、笑っているかのように追いかけっこする3枚の落ち葉を二人で眺めていた。
「心配しなくても果穂はきれいだよ。顔も性格も。」
日菜は果穂の頭をつんつんする。
「ありがとう。私部活行くね。」
涙がやんだ果穂はいつもの果穂にもどっていた。
「うん、がんばってね。」
「ありがとう、がんばるよ。美咲にも謝ってくる。」
つたない言葉しかかけれなかった。でも伝わったようだ。
「あ、今日木曜でしょ?和葉は廣野くんと中公園で自主練習してるはずだから、部活終わりに寄ってみれば?廣野くんは確か美咲の幼馴染だと思うよ!」
元気な果穂を見ると、むくむくと別の気持ちがわいてきた。応援したい。邪魔かもしれないけど。恋バナは楽しいのだ。
「日菜もがんばってね。今日図書館行くんでしょ?」
日菜はあわてて時計を探す。すっかり忘れていた。でも、自分のことを忘れるのもいいかもね。

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