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恋は急降下するんです

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「かっこよかったね、和葉くん。」
練習試合を見にきていたのは三年の先輩だけではなかった。日菜、果穂、美咲の三人も少し離れたところから見守っていた。
 二回以降和葉が相手バッターにつかまってから、ボールがバットに当たる度に小さな悲鳴をあげた。おろおろして手を前に合わせて祈るようなポーズをしていた。日菜は言葉を失っていた。そんな両隣の二人の背中を美咲は優しくさすっていた。
「大丈夫だよ。絶対大丈夫。」
静かに、でも迷いのない声で美咲は繰り返しささやいた。そして、見事に復活をした。
「かっこよかったね。和葉くん。」
試合後そうつぶやいた美咲の目が赤くなっていることに果穂は気づいた。
「点とられすぎたけどね。」
日菜の言葉で美咲はもういつもの美咲にもどっていた。
「でもやるじゃん。これからが楽しみだね。」
肘で日菜をつつき、姉御のように笑う美咲。それでも果穂は美咲の涙が忘れられない。美咲の涙を見るのは初めてだった。先輩が引退する時も泣かなかったのにどうして。それに、同性の果穂から見てもドキっとするくらいきれいだった。
「日菜、倉木!応援ありがとう。」
考えごとをしていたら、果穂の視界にいきなり大きく和葉くんが入ってきた。もちろん日菜がいるからである。
「九回までやってくれてたら逆転してたかな。」
「練習試合だからな。せっかく来てくれたのに負け試合でごめんな。」
「本当よ。せっかく美女二人も連れてきたのに。」
双子の会話が続いてく。息の合ったラリーみたい。少し前までは自分もそこに参加していたのに、意識してしまうと入ることすらできなくなってしまった。
「今から廣野のところ行ってくるんだ。母さんに遅くなるって言っておいて。」
「はいよ。」
日菜の気のない返事で双子の会話が終わったかと思うと、和葉は、美咲の方を向いた。
「小笠原さん、この前はありがとう。もう一度廣野のところ行ってくるよ。」
「がんばってね。」
美咲は手をひらひらバイバイさせながら、さらりと答えた。果穂にはできない芸当だ。
 この前って何だろう。果穂の心に一滴の墨汁のように黒いもやが広がっていく。

 
日菜は図書館に行くのをやめることにした。
「お互いがんばろうな。」そう言ってくれたのに頑張れてなかった。
和葉も頑張っていた。なのに自分は。今の自分が恥ずかしい。
専念するのだ。夢で終わらせず、変人で終わらないために。初めて小説を書いた夏のあの時はもっと必死だったではないか。今は惰性になってしまっている。
 そう思って一日目。
 授業が終わり一人下校する。テニス部が素振りをしているのが見えた。あの中に果穂も美咲もいる。吹奏楽部の楽器の音が頭の上からふってくる。体育館からはバスケ部やバレー部のボールをはずませる音も。にぎやかな学校を日菜は一人後にする。
 二日目。気合いをいれてハイテンション。美咲にあきれられる。下校時は部活動には目も耳もそむけて校門を出る。
家に帰りパソコンに向かうもなかなか手が進まない。悩んで頭を机に突っ伏したらパソコンのキーボードに当たり、
「kkkkkkkk」という文字が画面に並んだ。なんてこった。
三日目。
 「どうしてマイナーな夢持っちゃったんだろう。」
音楽室に移動する途中、ついに日菜が愚痴を言う。
「どうしたの?」
いつもの果穂がいつものおっとりした口調で聞いてれた。
「私もさ、テニスや吹奏楽やピアノみたいに、みんなが「かわいい」とか「かっこいい」とか憧れるのに夢中になれてたらよかったなって思って。」
窓の外には枯れ葉をつけた木が見える。日菜の気分もちょうどそんな感じなのだ。
「どうして?日菜が小説を一生懸命書いてるのかっこいいのに。周りに流されずにきちんと自分の夢があって。」
美咲は強い。いつも正論を言う。でもわかるだろうか。少数派の気持ち。見えない階層について。
「野球みたいに競技人口が多いスポーツも大変だと思うよ。チーム内でもポジション争いがあったり、テニスも試合に出れない子もいるんでしょ。でも仲間がいるってうらやましいなって思って。理解してもらえて、一緒にがんばれていいなって思えて。」
言葉ってもどかしい。口にすればするほど、本音から遠ざかる気がする。
「競技がちがってても、私は一緒にがんばってると思っているよ。」
美咲がはげましてくれている。日菜も一緒にがんばっているつもりだ。それは、わかっている。自分が言いたかったことが言い表せない。
「もしかして、また図書館の人に何か言われたの?」
果穂がノーガードの心の側面にボールを投げた。
「え!また?」
美咲の声に怒りが混じっている。
「違う違う。何も言われてないし、最近は図書館に行ってないよ。ただ、なんとなく笑われたことがボディーブローのように効いちゃってさ。私も美咲や果穂みたいに華やかな趣味だったらよかったなって。」
日菜はあの人を庇うかのように急いで答える。でもとりつくろわずに出た言葉に日菜自身納得する。そうだ、自分が真剣に取り組んでいることを笑われてショックだったのだ。恥ずかしかったのだ。
「そんなのおかしいよ。」
立ち止まり美咲が言う。
「がんばっている人を笑うなんておかしい。そんな人のこと気にすることないって。」
そうなのだ。気にする必要はないのだ。美咲の言うことは正しい。なのに。
「でも気にしちゃうよね。」
ぼそりと果穂がつぶやいた。
「美咲みたいに自分の思うままに行動できないよ。周りを気にしてしまうし、いいなって思った人の反応だったら余計に気にしてしまうよ。」
果穂は言い終わらないうちに速足で歩きだした。必然的に美咲とは距離があく。美咲が速足で追いかけることとなった。
「果穂どうしたの?何があったの?」
慌てる美咲は初めてだ。
「何もないよ。ただ、美咲はテニスもうまくて、美人で明るくてモテるから、劣等感持ってる人の気持ちなんかわかんないよ。」
果穂の表情が硬い。
「なになに?どうしちゃったの?二人とも。私は二人ともがうらやましいんですよ。私にとって果穂はお嫁にしたい人ナンバーワンだし、美咲は彼女にしたい人ナンバーワンだよ。」
落ち込んでいたはずの日菜が今では二人の仲を取り持とうとしている。
「なにそれ。」
美咲は廊下の隅に吐き捨てるかのようにつぶやいた。
 音楽室につくのが早かったようだ。前の授業の人がまだ数人残っている。スリッパの色がエンジ色だから三年だ
「あれ、久しぶり。」
心電図をつけていると見事な鋭角の山ができたであろう。
「ひ、久しぶりです。」
日菜は心臓の位置がわかるくらいドキドキした。もうさっきまでのいざこざは頭の隅にも消えていた。
「もう図書館来ないの?」
日菜は全力で首をふった。こんな態度では美咲にも果穂にもバレバレだろう。
「陵(りょう)、数学に遅れるぞ。」
彼の友達が名前を呼んだ。リョウ。やっと名前が分かった。でももう教室に帰るところだ。
「おう、行くよ。じゃ、また図書館で。」
そう言って片手をあげて去っていった。かっこいい。片手をあげただけなのに。うちの制服なんてかっこよくないのに、持ち物だってアルトリコーダーと音楽の教科書、足は学校指定のスリッパ。全然かっこよくないはずなのに。
「日菜、よかったね。図書館で待っててくれるって。」
果穂の声で我に返る。
「変なやつと思ってないのかな。会いたいって思ってくれてたのかな。」
日菜は胸のドキドキと同じくらい、矢継ぎ早に質問した。
「名札に山本って書いてたね。」
「美咲そんなとこ見てたの?」
美咲は抜け目がない。山本リョウ。やっと名前が分かった。そして、自分のことを覚えてくれていた。
この事実で日菜の体はエネルギーがみちあふれた。さっきまで枯れ葉に親近感をわいていたのに、頭から花が咲きそうなほどだ。
「なんかどこかで見たことある気がするんだけどな。」
美咲が何かつぶやいていたが、そんなことは気にならなかった。


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