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花曇り
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花曇りの空の下、日菜と和葉は中学生になった。
入学式。空も桜もアスファルトもすべてが淡い色。夢の中にいるみたいだ。着慣れていない制服も新しいスニーカーもこの大きな校舎も現実ではないみたい。
「あ、写真撮り忘れてたね。」
ふりかえるとママの顔を見ると涙ぐんでいた。パパも。いけない。私までつられそう。
なんで泣いているのさ?生きてることが奇跡みたいに扱わないでほしい。泣きたくなくて慌てて和葉の姿を探した。
桜の木の下に和葉の後ろ姿があった。背がまた高くなったんだ。制服を着た和葉を見ると一段と高く感じた。
もう手をつなぐのはやめないといけないかな。
和葉が大きくなるのを寂しいと思ったのは初めてだった。いつもは誇らしく思えていたのに。どんどん置いていかれる。そんな気がした。けれど、頭をすばやく切り替える。一瞬感じた「弱気」に押し流されてはいけない。
「和葉、毛虫!」
日菜の頭は和葉が嫌がる事ならいつでもどこでもぱっと思いつく。でも、予想外の返事がきた。
「あぶないよ。」
和葉の手が日菜の腕をひっぱった。日菜はよろけて和葉の胸にもたれる体勢となってしまった。
「どうしたの?」
「日菜の頭に毛虫が落ちそうだったよ。」
「えー!!もっと早く言ってよ!」
「人の事からかってばっかだけど、自分も毛虫怖いんでしょ。
ニヤニヤしながら和葉が言った。今までは自分していたこの表情。くやしいはずなのに心臓がドキンと音をたてた。
私のもう一つの心臓は強くて優しかった。
「日菜ちゃん!同じクラスになったよ!5組だって!」
幼馴染の倉木果穂ちゃんの声がして、日菜は現実にもどった。
「やったぁ!果穂ちゃんと一緒なら心強いわ!」
「私も。和葉くんは隣のクラスだよ。」
「ありがとう。名前をさがす手間がはぶけたよ。」
そう言って一人体育館の方へ歩いていく。
「えー、それだけ?誰と一緒のクラスとか何か聞きたいことあるでしょ。」
「べつに。」
女子二人は速攻で和葉につっこみをいれた。中学校生活の始まりである。
「一年生だけでこんなにいるの?」
入学式をする体育館に入ってびっくり。人、人、人。なんだこれは。お祭りみたいに人がいる。
「隣の東山小学校は4クラスもあるもんね。」
果穂ちゃんは私の後ろに少し隠れ、和葉は呆然と立っている。私たちの西山小学校は一学年一クラスだけの小さな小学校だったのが、隣の東山小学校は四クラスあった。一気に五クラスの大人数の学校に入ったのだ。こういう時、先陣を切るのはもちろん私。
「行こ、果穂ちゃん。和葉。」
「うん。」
ほっとしたようについてくる果穂ちゃん。
「じゃ、ぼくはあっちだから。」
立ち止まってたくせに、和葉は素直じゃない。まったくもう。そう思いながら進んでいくと、先生に呼び止められた。
「里宮日菜さんってきみかな?」
中年の男の先生だ。どうやら担任らしい。
「心臓病ってきいたけど、入学式は大丈夫かな?イスを用意しておこうか?」
そうだ、小学校の時は説明しなくてもみんな知っていたけど、これからは一から説明しなくてはいけないのか。
「心配ご無用!しんどくなったら手をあげます。」
日菜はとびっきりの笑顔で答えた。病人と思われたくない。普通の子なのだ。みんなと同じように中学生活を送りたいのだ。
「和葉、早く行くよ。」
中学校に入って一週間がたった。中学校は遠くて人も多い。和葉はまだクラスの半分以上名前も顔も覚えていなかった。
里宮家の外交官、日菜は新しい環境にワクワクしているようだ。
「まだ焦らなくて大丈夫だよ。」
毎朝早く起きて、いそいそ準備をしている。通学は30分かかるが、それも車で送ってもらわず、歩いていっている。
本当に嬉しいらしい。みんなと一緒の生活を送れることが。予定より15分早いのにくつをはいている妹の背中を見ながら思う。
「和葉の数学の先生って土井先生?宿題超多いんだって。」
歩きながらも日菜はずっとしゃべってる。ぼくが返事をする前に次の話題にうつっているが。
「あ、倉木だ。」
「おはよう、日菜ちゃん、和葉くん。」
倉木果穂の家は角を曲がってすぐ。倉木はいつも日菜を待ってくれている。
「ではよろしく。」
倉木と会うと日菜の相手はバトンタッチ。おしゃべりの相手は倉木の方が適任だ。
「あー逃げたな、話の途中なのに。」
後ろでギャーギャー言っているけど、そこは気にしない。
和葉は放課後になるのを楽しみにしていた。今日から部活動が始まる。やっと野球ができる。ずっとずっとあこがれていた野球。ピッチャーになれるだろうか。レギュラーになれるだろうか。練習についていけるだろうか。誰にも悟られなかったが、実は朝からずっとそわそわしていた。
長かった授業が終わり、和葉は一人、運動場の端の部室のドアをあけた。
部室は汗とほこりのにおいがした。
「すみません。野球部に入りたいんです。」
外が明るかったせいで目が慣れるのに時間がかかった。狭い部室は散らかっていて、ペットボトルやお菓子のゴミも落ちていた。
「突っ立てないで、さっさと着替えろよ。」
3年生と思われる一人が言った。
「早くドア閉めろよな。」
「あ、はい、すみません。」
なんか思ってたのとちがうかも。ドアを閉める音が和葉の身体を固くした。逃げるわけにはいかない。野球をやりたければここでやるしかない。
「1年生は着替え終わったら、まずグラウンド10周走れよ。それが終わったら筋トレだからな。」
「すぐにボールをさわれると思うなよ。」
「返事はハイだろ。さっさと行けよ。」
これ以上何も言われないように、和葉は考えるのを辞めて急いで着替えた。
野球経験者もそうでない者も、まず最初に上下関係という壁がたちはだかった。
ランニングは一年生だけだった。自分もいれて5人。ここぞとばかりに一年みんなで情報交換をしている。初対面の人とはすぐに話せない和葉も会話に加わった。
「やっぱウワサを本当だったみたいだな。」
「うわさって?」
「うちの野球部かなり上下関係きびしいんだって。」
「おれもそれきいた。しかも先輩に目をつけられたら終わりだってよ。ろくに野球の練習させてもらえないし、パシリにされたり、殴られたやつだっているんだって。」
「でも先生もいるだろ?そんな無茶はできないんじゃない。」
「わかってないな。見えないところでするらしいよ。」
兄弟がいる一年生から色々な情報を持っている。
「でも人数少ないから、3年が引退する数か月我慢すればレギュラー間違いなしじゃない?」
なるほど。半年間の我慢か。それならできるかもしれない。今まで年単位で我慢してきたのだから。我慢?自分で使った言葉にぎょっとした。
心の中の葛藤を振り払うかのように和葉はスピードをあげた。
入学式。空も桜もアスファルトもすべてが淡い色。夢の中にいるみたいだ。着慣れていない制服も新しいスニーカーもこの大きな校舎も現実ではないみたい。
「あ、写真撮り忘れてたね。」
ふりかえるとママの顔を見ると涙ぐんでいた。パパも。いけない。私までつられそう。
なんで泣いているのさ?生きてることが奇跡みたいに扱わないでほしい。泣きたくなくて慌てて和葉の姿を探した。
桜の木の下に和葉の後ろ姿があった。背がまた高くなったんだ。制服を着た和葉を見ると一段と高く感じた。
もう手をつなぐのはやめないといけないかな。
和葉が大きくなるのを寂しいと思ったのは初めてだった。いつもは誇らしく思えていたのに。どんどん置いていかれる。そんな気がした。けれど、頭をすばやく切り替える。一瞬感じた「弱気」に押し流されてはいけない。
「和葉、毛虫!」
日菜の頭は和葉が嫌がる事ならいつでもどこでもぱっと思いつく。でも、予想外の返事がきた。
「あぶないよ。」
和葉の手が日菜の腕をひっぱった。日菜はよろけて和葉の胸にもたれる体勢となってしまった。
「どうしたの?」
「日菜の頭に毛虫が落ちそうだったよ。」
「えー!!もっと早く言ってよ!」
「人の事からかってばっかだけど、自分も毛虫怖いんでしょ。
ニヤニヤしながら和葉が言った。今までは自分していたこの表情。くやしいはずなのに心臓がドキンと音をたてた。
私のもう一つの心臓は強くて優しかった。
「日菜ちゃん!同じクラスになったよ!5組だって!」
幼馴染の倉木果穂ちゃんの声がして、日菜は現実にもどった。
「やったぁ!果穂ちゃんと一緒なら心強いわ!」
「私も。和葉くんは隣のクラスだよ。」
「ありがとう。名前をさがす手間がはぶけたよ。」
そう言って一人体育館の方へ歩いていく。
「えー、それだけ?誰と一緒のクラスとか何か聞きたいことあるでしょ。」
「べつに。」
女子二人は速攻で和葉につっこみをいれた。中学校生活の始まりである。
「一年生だけでこんなにいるの?」
入学式をする体育館に入ってびっくり。人、人、人。なんだこれは。お祭りみたいに人がいる。
「隣の東山小学校は4クラスもあるもんね。」
果穂ちゃんは私の後ろに少し隠れ、和葉は呆然と立っている。私たちの西山小学校は一学年一クラスだけの小さな小学校だったのが、隣の東山小学校は四クラスあった。一気に五クラスの大人数の学校に入ったのだ。こういう時、先陣を切るのはもちろん私。
「行こ、果穂ちゃん。和葉。」
「うん。」
ほっとしたようについてくる果穂ちゃん。
「じゃ、ぼくはあっちだから。」
立ち止まってたくせに、和葉は素直じゃない。まったくもう。そう思いながら進んでいくと、先生に呼び止められた。
「里宮日菜さんってきみかな?」
中年の男の先生だ。どうやら担任らしい。
「心臓病ってきいたけど、入学式は大丈夫かな?イスを用意しておこうか?」
そうだ、小学校の時は説明しなくてもみんな知っていたけど、これからは一から説明しなくてはいけないのか。
「心配ご無用!しんどくなったら手をあげます。」
日菜はとびっきりの笑顔で答えた。病人と思われたくない。普通の子なのだ。みんなと同じように中学生活を送りたいのだ。
「和葉、早く行くよ。」
中学校に入って一週間がたった。中学校は遠くて人も多い。和葉はまだクラスの半分以上名前も顔も覚えていなかった。
里宮家の外交官、日菜は新しい環境にワクワクしているようだ。
「まだ焦らなくて大丈夫だよ。」
毎朝早く起きて、いそいそ準備をしている。通学は30分かかるが、それも車で送ってもらわず、歩いていっている。
本当に嬉しいらしい。みんなと一緒の生活を送れることが。予定より15分早いのにくつをはいている妹の背中を見ながら思う。
「和葉の数学の先生って土井先生?宿題超多いんだって。」
歩きながらも日菜はずっとしゃべってる。ぼくが返事をする前に次の話題にうつっているが。
「あ、倉木だ。」
「おはよう、日菜ちゃん、和葉くん。」
倉木果穂の家は角を曲がってすぐ。倉木はいつも日菜を待ってくれている。
「ではよろしく。」
倉木と会うと日菜の相手はバトンタッチ。おしゃべりの相手は倉木の方が適任だ。
「あー逃げたな、話の途中なのに。」
後ろでギャーギャー言っているけど、そこは気にしない。
和葉は放課後になるのを楽しみにしていた。今日から部活動が始まる。やっと野球ができる。ずっとずっとあこがれていた野球。ピッチャーになれるだろうか。レギュラーになれるだろうか。練習についていけるだろうか。誰にも悟られなかったが、実は朝からずっとそわそわしていた。
長かった授業が終わり、和葉は一人、運動場の端の部室のドアをあけた。
部室は汗とほこりのにおいがした。
「すみません。野球部に入りたいんです。」
外が明るかったせいで目が慣れるのに時間がかかった。狭い部室は散らかっていて、ペットボトルやお菓子のゴミも落ちていた。
「突っ立てないで、さっさと着替えろよ。」
3年生と思われる一人が言った。
「早くドア閉めろよな。」
「あ、はい、すみません。」
なんか思ってたのとちがうかも。ドアを閉める音が和葉の身体を固くした。逃げるわけにはいかない。野球をやりたければここでやるしかない。
「1年生は着替え終わったら、まずグラウンド10周走れよ。それが終わったら筋トレだからな。」
「すぐにボールをさわれると思うなよ。」
「返事はハイだろ。さっさと行けよ。」
これ以上何も言われないように、和葉は考えるのを辞めて急いで着替えた。
野球経験者もそうでない者も、まず最初に上下関係という壁がたちはだかった。
ランニングは一年生だけだった。自分もいれて5人。ここぞとばかりに一年みんなで情報交換をしている。初対面の人とはすぐに話せない和葉も会話に加わった。
「やっぱウワサを本当だったみたいだな。」
「うわさって?」
「うちの野球部かなり上下関係きびしいんだって。」
「おれもそれきいた。しかも先輩に目をつけられたら終わりだってよ。ろくに野球の練習させてもらえないし、パシリにされたり、殴られたやつだっているんだって。」
「でも先生もいるだろ?そんな無茶はできないんじゃない。」
「わかってないな。見えないところでするらしいよ。」
兄弟がいる一年生から色々な情報を持っている。
「でも人数少ないから、3年が引退する数か月我慢すればレギュラー間違いなしじゃない?」
なるほど。半年間の我慢か。それならできるかもしれない。今まで年単位で我慢してきたのだから。我慢?自分で使った言葉にぎょっとした。
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