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失礼な公爵令息
しおりを挟む未だに聞こえる煩わしい声に嫌気が差して、大広間から外のテラスに出てみる。
少しだけ呼吸がしやすくなったような気がした。
「ああもう、カールなんて大嫌いよ」
両手で顔を覆ってそんな言葉を吐き出す。
見ず知らずの人間にあることないこと言いふらされて溜まりに溜まった鬱憤が飽和状態なのだ。
「ついでにリリィも嫌いよ、会ったことないけど。どうせ花屋らしくお花の似合うふんわりした可愛らしい女の子なんでしょ…」
きっと、その女性は私とは正反対の、素敵な女性だったのだろう。
パートナーだったぶん、彼には厳しいことを言うことも多かった。
それに、顔立ちだって、少しつり目がちできつい印象を与えている自覚はある。
だけど、何も言わず駆け落ちだなんてあんまりだ。
もしかすると、カールもあの小説を読んだのかもしれない。
…きっと、憧れてしまったのだ。
私との間には育めなかった、真実の愛というものに。
「…あの小説だって、嫌いよ。何が、『永遠の恋を、君と。』よ。安っぽいタイトルね。内容だってたかが知れてるじゃない。そんなのに影響される人だって…」
テラスで一人、ぽつりぽつりと愚痴をこぼす。
「へえ君、今流行りのあの小説嫌いなの?」
「っ!」
ふいに、すぐ側で聞こえた声にびくりと肩を揺らす。
振り返ると、テラスの入口に、ワインを片手に一人の男性が立っている。
「…あなたは?」
「ああ、ごめんごめん。自己紹介もしていなかったね。俺はヨハン。姓はロベルハイムだ」
ロベルハイムは、貴族社会で知らない人間はいない、名のある家門だった。
家格は公爵、立場は私と対等だ。
「メナード侯爵家のアリス・メナードです。以後お見知り置きを」
「よろしく、アリス」
いきなり呼び捨てだなんて、少し非常識な人なのかもしれない。
「それで、アリス。君は、『永遠の恋を、君と。』が嫌いなの?」
「…?ええ、まあ、嫌いですね」
「ふうん?へえ、珍しいね」
ロベルハイム様は、少しだけ目を瞬かせてそんなことを言う。
珍しいと言われても、嫌いなものは嫌いだ。
「あんな、貴族社会に喧嘩を売るようなお話、好まれる方がどうかしています」
「なるほど。君は頭が硬いんだね」
にっこり微笑んでそんなことを言う彼に、すうっと自分の心が冷えていくのがわかった。
「おっしゃる通り、私は頭が硬いのかもしれませんね。ですが、頭が硬いぶん常識くらいは持ち合わせておりますので、見ず知らずの人間に失礼な物言いなんてできません。そんな自分で良かったと思っております」
「…あ、それもしかして俺に失礼なやつって言ってる?その発言が失礼だと思うんだけどな」
「あら、考えすぎですわ」
ふふっと笑いを零す私に、ロベルハイム様が鋭い視線を投げる。
さすがに苛立ってしまったのかもしれない。
「あら、もう夜も更けてしまいますね。私はそろそろ失礼いたします。ロベルハイム様は、ごゆっくりなさってくださいね」
「はっ?ちょっと、まだ話は」
「それでは」
足早にその場を後にする私を何度か呼び止める声が聞こえたけれど、そんなものに足を止める必要なんてなかった。
はあ、彼との家格が同等で良かった。
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