上 下
2 / 9

失礼な公爵令息

しおりを挟む


未だに聞こえる煩わしい声に嫌気が差して、大広間から外のテラスに出てみる。

少しだけ呼吸がしやすくなったような気がした。



「ああもう、カールなんて大嫌いよ」


両手で顔を覆ってそんな言葉を吐き出す。

見ず知らずの人間にあることないこと言いふらされて溜まりに溜まった鬱憤が飽和状態なのだ。



「ついでにリリィも嫌いよ、会ったことないけど。どうせ花屋らしくお花の似合うふんわりした可愛らしい女の子なんでしょ…」


きっと、その女性は私とは正反対の、素敵な女性だったのだろう。

パートナーだったぶん、彼には厳しいことを言うことも多かった。


それに、顔立ちだって、少しつり目がちできつい印象を与えている自覚はある。


だけど、何も言わず駆け落ちだなんてあんまりだ。


もしかすると、カールもあの小説を読んだのかもしれない。

…きっと、憧れてしまったのだ。


私との間には育めなかった、真実の愛というものに。



「…あの小説だって、嫌いよ。何が、『永遠の恋を、君と。』よ。安っぽいタイトルね。内容だってたかが知れてるじゃない。そんなのに影響される人だって…」


テラスで一人、ぽつりぽつりと愚痴をこぼす。



「へえ君、今流行りのあの小説嫌いなの?」

「っ!」



ふいに、すぐ側で聞こえた声にびくりと肩を揺らす。

振り返ると、テラスの入口に、ワインを片手に一人の男性が立っている。



「…あなたは?」

「ああ、ごめんごめん。自己紹介もしていなかったね。俺はヨハン。姓はロベルハイムだ」


ロベルハイムは、貴族社会で知らない人間はいない、名のある家門だった。

家格は公爵、立場は私と対等だ。



「メナード侯爵家のアリス・メナードです。以後お見知り置きを」


「よろしく、アリス」


いきなり呼び捨てだなんて、少し非常識な人なのかもしれない。



「それで、アリス。君は、『永遠の恋を、君と。』が嫌いなの?」

「…?ええ、まあ、嫌いですね」


「ふうん?へえ、珍しいね」


ロベルハイム様は、少しだけ目を瞬かせてそんなことを言う。

珍しいと言われても、嫌いなものは嫌いだ。



「あんな、貴族社会に喧嘩を売るようなお話、好まれる方がどうかしています」

「なるほど。君は頭が硬いんだね」


にっこり微笑んでそんなことを言う彼に、すうっと自分の心が冷えていくのがわかった。



「おっしゃる通り、私は頭が硬いのかもしれませんね。ですが、頭が硬いぶん常識くらいは持ち合わせておりますので、見ず知らずの人間に失礼な物言いなんてできません。そんな自分で良かったと思っております」

「…あ、それもしかして俺に失礼なやつって言ってる?その発言が失礼だと思うんだけどな」


「あら、考えすぎですわ」


ふふっと笑いを零す私に、ロベルハイム様が鋭い視線を投げる。

さすがに苛立ってしまったのかもしれない。



「あら、もう夜も更けてしまいますね。私はそろそろ失礼いたします。ロベルハイム様は、ごゆっくりなさってくださいね」

「はっ?ちょっと、まだ話は」


「それでは」


足早にその場を後にする私を何度か呼び止める声が聞こえたけれど、そんなものに足を止める必要なんてなかった。


はあ、彼との家格が同等で良かった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】奴隷拷問が趣味の公爵令嬢を殺ってしまったので変身魔法で成りすますことにしました

ひじり
恋愛
 目が覚めたら牢獄の中にいた。どうやら姉二人と一緒にスリをして捕まってしまったらしい。しかしおかしい。スリをした覚えはないし、ましてや一人っ子だ。姉二人とやらはどこからどう見ても外人だし、あたしは生まれも育ちも日本だ。 「まあ、可哀そうに……こんなところに閉じ込められて、怖かったでしょう?」  状況が飲み込めない中、ようやく見覚えのある女性が近づいてきた。でも待って、この女性って確か、あたしの好きなVRMMO【ラビリンス】に出てくる公爵令嬢のレミーゼ・ローテルハルクだったはず。  だとすれば、マズイ……これは非常にマズイ。 「ふふ、怯えなくてもいいの。あたしがここから出してあげるから、ねっ?」  レミーゼの表の顔は【聖女】様。  でも裏の顔は……奴隷を痛めつけるのが趣味の、通称【拷問令嬢】だ。  連れてこられた拷問部屋で、あたしはレミーゼを殺した。これは不慮の事故だ。あたしの意志でやったことじゃない。でも、初めて人を殺してしまった。  騒ぎを聞きつけたのか、屋敷の外で待機していた護衛が中に入ってくる。  どうすればいい? どうすればこの状況を乗り切ることができる? 「……もう、これしかない。あたしが……あたしがレミーゼになって誤魔化すしか……!」  死体を放置したまま、変身魔法を唱える。すると姿形がレミーゼそっくりに変化した。 「演じるのよ……あたしが、拷問令嬢レミーゼ・ローテルハルクを……!」

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

旦那様は妻の私より幼馴染の方が大切なようです

雨野六月(まるめろ)
恋愛
「彼女はアンジェラ、私にとっては妹のようなものなんだ。妻となる君もどうか彼女と仲良くしてほしい」 セシリアが嫁いだ先には夫ラルフの「大切な幼馴染」アンジェラが同居していた。アンジェラは義母の友人の娘であり、身寄りがないため幼いころから侯爵邸に同居しているのだという。 ラルフは何かにつけてセシリアよりもアンジェラを優先し、少しでも不満を漏らすと我が儘な女だと責め立てる。 ついに我慢の限界をおぼえたセシリアは、ある行動に出る。 (※4月に投稿した同タイトル作品の長編版になります。序盤の展開は短編版とあまり変わりませんが、途中からの展開が大きく異なります)

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

聖女の私は妹に裏切られ、国を追放することになりましたがあなたは聖女の力を持っていないですよ?〜国を追放され、劣悪な環境の国に来た聖女の物語〜

らん
恋愛
 アデリーナ・ハートフィールドはシライアという国で聖女をしていた。  ある日のこと、アデリーナは婚約者であり、この国の最高権力者ローラン・ベイヤー公爵に呼び出される。その場には妹であるグロウィンの姿もあった。 「お前に代わってグロウィンがこの国の聖女となることになった」  公爵はそう言う。アデリーナにとってそれは衝撃的なことであった。グロウィンは聖女の力を持っていないことを彼女は知っているし、その力が後天性のものではなく、先天性のものであることも知っている。しかし、彼に逆らうことも出来ずに彼女はこの国から追放された。  彼女が行かされたのは、貧困で生活が苦しい国のデラートであった。  突然の裏切りに彼女はどうにかなってしまいそうだったが、ここでただ死ぬのを待つわけにもいかずに彼女はこの地で『何でも屋』として暮らすことになった。  『何でも屋』を始めてから何日か経ったある日、彼女は平和に過ごせるようになっていたが、その生活も突然の終わりを迎える。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

処理中です...