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なんて美談

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「はあ、素敵ねえ」

「あれこそまさしく運命の恋というものね」

「障壁を乗り越えて真実の愛を貫いたお二人が羨ましいわ」


黄色い声で囁かれる噂話に思わず小さくため息をついた。


運命の恋、真実の愛


よくもまあそんな薄ら寒い言葉をつむぎ続けられるものだ。



よもや、障壁であった私という存在の前で。



先日、夫であったカールが長年愛し合っていた妾…失礼、真実の恋人であるリリィと駆け落ちをした。

数多の困難にもめげず、お互いを愛し続けた二人は、全てを放り出して貴族社会から脱出していったのだ。


伯爵である地位も、妻であった私も、綺麗さっぱり手放した彼に、こうも賞賛が集まるのにはわけがある。



それは、最近若い貴族女性に流行りの恋愛小説が原因だった。



内容は、街で偶然出会った市民階級の娘と、貴族である伯爵が恋に落ちるという非常に突飛なメロドラマ小説で、

貴族の子女として、幼い頃から好きでもない婚約者を持ち、時が来れば半ば強制されて籍を入れることも多い貴族女性のツボにハマった。


今では貴族女性が集まって、自由恋愛を唱える運動まで行われているらしい。



そんな状況で、小説の内容と酷似した市民と貴族の恋を成就させてしまったのが私の元夫であったカール・アーレンだ。


伯爵家当主のカールと、その恋人である花屋のリリィ。

出会いのきっかけが私の誕生日に送る花を買いに立ち寄ったことがきっかけだと言うのだから笑ってしまう。



これは決して下町の花屋を馬鹿にするわけではないのだが、妻の誕生日を偶然立ち寄った市民階級の花屋で買った花束一つで済ませてしまうカールには悲しいを通り越して呆れた。

きっと遊びに行った帰りにその日が私の誕生日であったことを思い出したのだろう。

家格は私の実家の方が高かったから、取り繕うようにご機嫌をとろうとするのは彼の定石だった。



そして、そんなところで運命の相手を見つけたカールは、その日から毎日リリィに猛烈なアタックをしかけていたらしい。

リリィの根負けというところだ。



妻だった私にもおざなりな接し方しかできなかった人が、地位や名誉を捨ててまで一人の女性を追いかけた。


きっと、仕方なかったのだと、今はもう納得している。

伯爵家は彼の弟であるケニーが継いだ。



実家の公爵家に出戻った外聞の悪い私を、両親や現当主である兄は何も言わず受け入れてくれている。

勿論、慰謝料として頂けるものはしっかり頂いているのでもう何も言わない。


だけど、社交界に出ると、やはり萎縮してしまう。



カールやリリィのことをまるでシンデレラの夢物語のように語る人々にとって、私という存在はどのように見えているのだろう。

二人の恋の障害であった私は。



魔女?悪女?


カール達の大恋愛の裏側で、惨めに捨て去られた私を哀れんでくれる人間が、いったいどのくらいいるのだろうか。


幼い頃から隣にいた婚約者に、甘酸っぱい恋心は抱けなくても、生涯を共にする相手として家族の情だってあった。



決して白い結婚なんかではなかった。


この貴族社会で、カールを失った私は、一人ぼっちで生きていかなくてはならない。


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