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泣きたくなったから、誤魔化すように笑った。

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「メアリは最近どう?ちゃんとご飯食べて、毎日ぐっすり眠ってる?」

「きちんと食べて、眠ってます。…今朝は諸事情で食べ損ねてしまいましたけど」


思い出し途端お腹が空いてくるのだから不思議だ。




「あらま。じゃあはい、これ」


殿下はポケットから何かを取り出すと、私に差し出す。


ビスケットと苺のキャンディだった。



「もらってもいいのですか?」

「弟のおやつボックスから拝借したんだ。メアリも共犯になってよ」


「……それは本当にいいのですか?」


ジト目で見つめると殿下がケラケラと笑う。




「はい、どーぞ」


包みを開いてキャンディを私の口に押し込む彼は、本当にこの国の王太子殿下なのだろうか。

悪戯心というか、なんというか、どこまでも気取らない変な方だ。




苺味のじんわりとした甘さと、弟殿下への小さな罪悪感が混ざりあって溶けていく。


…美味しい。




「メアリも、悪い子だね」

「殿下のせいです」




____消えかけている優しい世界の片隅に、殿下と二人で座っている。






泣きたくなったから、誤魔化すように笑った。








「あれ、メアリさん?今日は早いですね!」



「ソフィア、さん…」




「ふふ、早く目が覚めちゃって誰もいないと思ったんですけど、来て正解でした。おはようございます、メアリさん」



嬉しそうに表情を綻ばせる彼女は、やっぱりどこまでも愛らしい人だった。




「へえ、君が噂のレイモンド家のご令嬢?」


「…?えっと、貴方は?」



どうやら彼女は私しか目に入っていなかったらしく、遅らばせながら殿下に視線を移す。




「俺はユージーン。これでもこの学園の生徒会長、よろしくね」


「っ?!は、初めまして、王太子殿下!レイモンド伯爵家の長女、ソフィア・レイモンドですっ、よろしくお願いします」



「そんな固くならなくてもいいって。同じ生徒会の仲間じゃん?」



殿下の言葉に肩の力が抜けたのか、ほっと息を吐くソフィアさんに胸がざわざわとして落ち着かない。



「すみません、王太子殿下だとは気づかずに、メアリさんにばかり話しかけちゃって…」

「んーん、いい子が入ったみたいで安心したよ。俺の代わりにお仕事に精進してください」


自分だってたくさん働いているはずなのに、わざと怠惰を装うから不思議だ。

…親しみ易い雰囲気をつくるのが上手い。





和やかに話し始める二人を横目に、急ぎでもない書類を広げる。

仕事をしている時は、少しだけ周囲が気にならなくなるからちょうどいい。




「ユージーン殿下?!」


そうこうしているうちに、顔を見せ出した役員の彼らが殿下を見て声を上げる。




「お久しぶりです」

「ご公務は落ち着かれたのですか?」




「おはよう、寝坊助の諸君。休暇をもぎ取ったからお前らの顔を見に来たんだよ」


わざとらしくふてぶてしい態度をとる殿下に困ったように眉を下げるみんな。

…振り回されている。





「新入りとはうまくやってるかな?」



「はい、ソフィアは努力家で性根もいいです!」

「そうですね。平民として育ったというブランクはありますが、要領もよく優秀ですから助けられています」



彼らのソフィアさんに対する評価は妥当だ。

わからないことはそのままにせず、積極的に教えを乞い、できるまで努力は惜しまない彼女の姿は私だって知っている。


ぐんぐん力をつけていく彼女が怖いくらいだった。




「うんうん、良かった良かった」

「殿下は、ソフィア嬢のこと、以前から知っていたんですか?」



ルイスの言葉に、ユージーン殿下は首を横に振る。



「んーや、俺は今日が初対面。レイモンド伯爵とは父が学園時代に親しかったらしい。生徒会に入れて世話をやいてやれって言われたから、お前らに預けたんだ」


「そうなのですね。てっきり殿下の意向なのかと」


「俺もいい子が入ってきてくれて嬉しいよ」




ソフィアさんを迎え入れたのは、殿下の希望でもなんでもなかった。

そんな事実にほっとしてしまう自分は心底性格が悪い。



…少しだけ安心してしまったのだ。








「うん、新入りはうまくやってるみたいだね。よかったよかった。お前たちも、相変わらず仲良しこよし?」


どこまでも聡い殿下は、もしかすると何かを察しているのかもしれない。


少しだけ細められた瞳は笑っていなかった。





「以前のように、良好かと言われたら…そうでもありませんね」


「クラウス、どういうこと?」



伏し目がちに言葉をつむぎ始めるクラウス様に、ぎゅっと手のひらを握りしめる。





「最近は少し、ごたついていて…」

「くわしく」



「…ソフィアのことで、メアリ嬢と志が食い違うことがたまに」



随分とオブラートに包んだ話し方は、彼の優しさなのだろう。

私がソフィアさんを嫌っていると、正面から言ってしまえばいいのに。




「メアリ?なんか嫌なことでもあった?」


ひどく優しい声で尋ねてくる殿下にじんわりと視界が涙で滲む。




嫌なことなら、ずっと。




「私の心が、狭いだけなので…申し訳ございません。心を入れ替えて、ソフィアさんとも、うまくやります」





______死にたい。

生きているのが、苦しい。





「俺はメアリを責めているわけでも、メアリに無理して欲しいわけじゃないよ」


「っ、ごめん、なさい」


「謝らないで」




ぼたぼたと溢れ落ちる涙がなかなか止まってくれない。

みっともない。恥ずかしい。



彼らの目の前にいるのは、悲劇のヒロインぶって号泣している滑稽な悪女だ。






「大丈夫だよ、君を傷つける人なんて、ここには誰もいないから」



「っ、…は、」

「呼吸が乱れてる。吸ったらちゃんと吐きな」



ぜえぜえと苦しい呼吸。

優しく背中を擦る手のひらの温かさだけが救いだった。




「殿下っ、メアリは…」


「過呼吸。あたふたするなら落ち着くハーブティーのひとつでも淹れてやって」






「メアリ、大丈夫だよ。ゆっくり、吸って、吐いて。落ち着いたら、ちゃんと全部話してくれる?大丈夫だから、絶対助けるから」


「っ、でん、か…ひゅっ、はぁ」




「信じてよ、メアリ」



ぼやけた視界で、正面にいる殿下を見つめる。

しわしわになるくらい掴んでしまった彼の袖口。


文句も言わずに背中を擦り続けるユージーン殿下にやっぱり涙が止まらなかった。





「も、消えちゃい、たい…」





思わず漏れ出た言葉は、殿下に届いてしまっただろうか。





また、迷惑かけちゃうかな。





そんなことを思いながら、私の意識は沈みこむのだった。







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