上 下
3 / 6

現場

しおりを挟む




「フィリップ様に何を吹き込んだんですか?!」


数日後、私の部屋を訪ねるなりそんなことを叫んだハンナに思わず顔を顰める。


吹き込むなんて、嫌な言い草だ。




「本当のことを言っただけよ」


「フィリップ様が、私と貴女には誤解があるですって!今まではそんなこと言わなった!生まれた頃からそばに居た私をちゃんと守ってくれた!!」



「フィリップ様は愚かな方ではないわ。きちんと話したら、ちゃんと自身の目で物事を見つめてくれる方ですもの」


一方的に責め立てられたあの日、諦めずに話をして良かったと心から思える。

いくら乳兄妹の贔屓目が入っていても、他者の言葉を一蹴してしまうような薄情な人ではないのだ。



そんな彼に、あの日私は恋に落ちたのだから。






「っ、ぽっとで女が知ったような口聞かないで!あんたなんて私よりもずっと下の庶民だったくせに!!」


随分な暴言だ。

これでよく私に暴言を吐かれたとフィリップ様に縋りつけたものだ。



あまりにも酷い言葉に頭を抱えてしまう。




「お前、いい加減にしろよ」


「…レイ、大丈夫だから」



絶妙なタイミングで現れた彼は、怒っていると一目でわかるような厳しい顔つきだった。




「でも、明らかに使用人を部を弁えてなさすぎます!こんなの許したらますます図に乗りますよ!!」

「…ええ、ちゃんとフィリップ様にお話しするから大丈夫よ。ここで勝手に彼女を裁いたら、それこそまた私に虐められたと言って騒ぎ立てそうなんだもの」


それなら初めからフィリップ様に判断を委ねるのが妥当だろう。

彼がこの件をどう取り扱うのかまだ少し不安はあるけれど、それでもこれが最善のように思える。




「わかりました。アリシア様がそう言うなら…」


「ありがとう、レイ」



「ふんっ、随分と従者と仲が良いのね。あなただってフィリップ様の他に情夫がいるんじゃない!だったら私とフィリップ様が親しくするのに口を挟む権利はないわ!!」



ハンナの言葉に、今度こそ目眩がしてしまいそうだった。





「情夫だなんて、なんてことを言うの…確かに私にとってのレイは、フィリップ様にとっての貴方のようなものなのかもしれない。だけど彼とそんな浅ましい関係になったことは一度だってない!品のない想像でレイを貶めるのはやめて!!」


「っ、どうだかっ!!考えてみるとあのレイとかいう執事は随分と貴女に入れ込んでるみたいだもの…ご自慢の顔と身体でも使って取り込んでるだけなんでしょう?節操のない雄犬の世話が随分と上手なのね」




こんなにも侮辱的か言葉を吐かれたのは初めてのことだった。

自身に対して、そして…レイに対しても。




「お前それ以上言ったら許さ」





パシンっ

レイの言葉を遮るようにそんな乾いた音が耳に届いて、ひりひりと痛む手のひらに、私は自分がやってしまったことを理解した。




目の前には頬に手を当てて瞳に涙を滲ませるハンナ。




「手を挙げるなんてっ…最低!」




叩くつもりなんてなかったけれど、後悔なんて微塵も感じなかった。

衝動的な行いであれども、これは紛れもない私自身の意思である。





「…何をしてるんだ?」



背後から聞こえてきたそんな声に、先に言葉を返したのはハンナだった。





「フィリップ様っ、アリシア様が…アリシア様が私を殴ったんです」


「え…?」





こちらを見つめて瞳で問いかけるフィリップ様にこくりと頷く。

ハンナの言うことは間違いなく事実だ。





「どうして…」


「ハンナが、私の生まれを庶民だと嘲笑ったからです」



本当はそんなことどうだって良かった。

だけど、あんな下劣な内容を口にするくらいならけむに巻いてしまった方がよっぽどましなように思える。



それほど許せない言葉だったのだ。





「…そうか」



一言そう洩らしたフィリップ様は、そんなことくらいで、なんてことを考えているのかもしれない。

少しバカにされたくらいですぐに手を挙げるような暴力的な女だと思われてしまったのかもしれない。




「ハンナがそんなことを言ってしまったのなら、僕からも謝るよ。すまなかった。だけど、それだけで女性の顔を殴るのは正直やりすぎだと思う」


「はい」



「…貴族にとって、使用人はただの使い捨ての道具なんかじゃない。家族や領民同様に、大切に養い守るものだと僕は思う」


「そうですね」




私だって、心の底からそう思う。

だから、許せなかった。






「アリシア様っ」

「大丈夫。行こう、レイ」



何かを言いたげなレイにそっと笑みを返して、逃げるようにその場を後にした。




「頬を冷やそう、ハンナ」


そんな気遣わしげな声に耳を塞ぎたくなる。





フィリップ様と向き合おうと決めたばかりなのに、随分と情けない話だ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

処理中です...