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もしも許されるなら、
しおりを挟むSide フィリップ
レイのいる馬小屋に足を運んだのは、彼にきちんと謝罪するためだった。
「…やあ」
こちらに気づいたレイに、小さく片手を上げて声をかける。
「こんなところに何の用ですか」
随分つっけんどんな態度で、やはり彼は自分に怒っているのだろう。
「…君に、謝りたくて」
「はぁ?」
「君をこんなところに追いやってしまった原因は僕にあるから」
そう漏らすと、レイは思いっきり顔を顰め、そうしてギンっと鋭い目つきでこちらを睨みつけるのだった。
「お前に謝られる筋合いはねぇよ」
「レイ…?」
それはあまりにもぶしつけな言い方だったが、きっとこれが彼の素であるのだろう。
レイに悪いことをしてしまった自分に彼を責めるいわれはなかった。
「アリシア様を悪者にして、そんなに楽しいのかよ」
「…悪者?」
言葉の意味がわからず、首を傾げる。
「アリシア様が与えたのは、至極真っ当な罰だ。自らの主人にあたる人間に危害を加えた俺を罰するのは、あの人の責任でもある」
真っ当な罰。
そうは言っても、気持ちのない結婚相手への建前として、長年付き従ってきた従者を一方的に遠ざけるのはあまり良いやり方には思えなかった。
そんなこちらの考えを察してか、彼はうざったそうに言葉を続ける。
「寧ろ、俺を追放しなかった分、あの人も十分俺に甘い。きっと今頃アリシア様の方が寂しくなって泣いてるかもな」
二人の間にある強固な繋がりを垣間見たような気がした。
レイが彼女を慕う根底には、彼女からの有り余る愛情があるのだろう。
自分にはわからない絆のようなものを感じる。
そんなことを、少しだけ羨ましく思った。
「まあ、庇ってもらったくせにあの方を非道だと責め立てるお前らには、そんな姿想像すらつかないだろうけど」
想像なんてつかなくとも、レイの自信に満ち溢れた表情を見たら、決して嘘では無いことくらい愚かな僕にだって理解できる。
「だったら尚更、わからない。大切にしている君を遠さげてまで、どうして彼女は僕を守ったんだ…」
そんなこと、するべきではなかったのだ。
それではまるで、自分自身の首を絞めているようなものだろう。
「はぁ、アリシア様のこと、まじで何もわかってないんだな」
レイは、ため息混じりに言葉を続ける。
「アリシア様は、心の底からお前のことを大切に思ってんだよ。あんなにわかりやすいのに、どうして気づかない…」
「…だけど、彼女に好かれるいわれがない」
僕を好きになる人間がいるとしたら、それは相当の物好きであるはずだ。
今のところ、彼女には悪印象を植え付けるような態度ばかりとっていることは自分でもわかっている。
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「昔さ、助けてもらったんだと。貴族の茶会かなんかで、成り上がりだと虐められていたアリシア様に、お前だけが手を差し伸べてくれたって、あの人嬉しそうに話してた…」
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「…君は、嫌なことを言うな」
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…主人を傷つける人間を、認めろと言うのも無理があるけれど。
さっぱりとした彼の性格を好ましく思うのは、きっと自分とは真逆の存在だからだ。
「お前と結婚して、アリシア様は不幸になった」
告げられた言葉が、ただただ痛かった。
図星だったから。
「もしも許されるなら、今度こそ僕は…あの子を幸せにしたい」
「許されるなら、じゃねーから。アリシア様は、初めからあんたのことしか望んでない」
レイが鋭い目つきでそんなことを口にする。
「アリシア様はいつだって、それこそこーんなちびっこい頃から、こっちが嫉妬してしまうくらいフィリップ・スタインに一途だったよ」
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「うん、頑張るよ」
僕だってもう、間違いたくなんてない。
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