上 下
19 / 19

俺と一緒に幸せになってよ

しおりを挟む



朝の出来事で、お姫様は随分と鬱憤が溜まってしまっていたようだ。

午後の移動教室のあと、机の横にかけていたはずの通学鞄が消えていることに気がついた。



些細な嫌がらせだろうと学園を探していると、校舎裏の芝生の上に投げ捨てられた鞄が目に入る。

拾い上げると特に傷も汚れもなく首を傾げた時だった。



ばしゃり、そんな音が耳に届き、気がついた時には頭からつま先まで水浸し状態。




「…クソ女」

咄嗟に上を見ると校舎の二階、窓の奥に急いでかけていく見慣れた後ろ姿を見つける。



私がここに辿り着くまでずっと窓に張り付いていたのだろうか。

恐ろしい執念に薄ら寒さなのか、物理的な寒さなのかよくわからなかった。




ポケットのハンカチまで濡れてしまって使い物にならない。

濡れて張り付いた制服が気持ち悪くて、風が冷たくて…とにかく早く着替えたい。




「あのバカを野放しにしてるって正気?うちの庭師が飼ってる子犬のペペの方がまだ知性があるわよ」


この言い方だと、ぺぺに失礼かしら。




濡れ鼠状態で歩く廊下がいつも以上に長く感じる。

好奇の視線や下らない囁きが鬱陶しい。


崩れた化粧に額に張り付いた髪、今の私は随分と間抜けで滑稽なはずだ。




背筋を伸ばして前だけ見つめて歩くのは、せめてもの強がりだった。






「リリス?」


聞きなれた声が耳に入った時、ようやく肩の力が抜けた。

クロードは焦ったような表情でこちらに駆け寄ってくる。




「お前、それっ、全身ずぶ濡れで…震えてんじゃねえか」

「上から降ってきたから、雨かも」



「んな時にふざけてんじゃねえよ。身体冷てぇし、意味わかんねぇ」


眉間に皺を寄せるクロードがここまで怒りを露わにするのも珍しい。

ぶつぶつと呟きながらも着ていたブレザーをそっとかけてくれる。



そうして彼は私の手を引いて歩き始めた。





「先生、女子の制服の替えある?」


たどり着いたのは保健室で、てきぱきと動き始める彼をぼうっと見つめていた。


寒さもあってか、少しだけ疲れてきたのだ。




カーテンを閉めて渡された制服に着替え終わる頃にはなんだか身体が気だるかった。




「…お前、多分熱出すだろ」


「ん~、わかんないけど、ちょっとだけだるい、かも?」

「目が潤んでるし、ぼんやりしてる」


元々身体が強い方でもない分、クロードや身近な人は私の体調の変化に目敏い。

目の前のいとこがそう言うからにはそうなのだろう。



「……眠い」

「帰るぞ。あとはホームルームだけだし、保健医が担任に伝えとくってよ」



「クロード」

「あ?」




「………つかれた」


私の言葉に、彼はへなりと眉を下げて呆れたように笑みを浮かべる。


しゃがみこんだクロードの背中は懐かしくて、触れるとやはり温かかった。





「リリス、太った?」

「…いつの頃と比べてんのよ」



「冗談。軽いよ、お前。ほら、眠いなら寝てていいから」



あやすように揺れる背中が心地よくて、私は微睡みの中に落ちていくのだった。









■□▪▫■□▫▪■□▪▫






クロードの予想通り、夕方から上がり始めた熱はなかなか引いてはくれず、三日程ベッドで寝たきりの日々だった。

ようやく落ち着いた頃には週も終わり、学園が休日の今日は部屋で大人しくしている。




昼頃にやってきたクロードはいつも通りの表情でいつも通りの軽口を叩いているはずなのに、どこかいつもと違った。

纏っている雰囲気が歪つなのだ。




「…怒ってる?」


「なんでそう思うの?」

「だって、イライラしてるから」



普段のクロードなら、こんなにも温度のない笑い方はしない。

今回ばかりは迷惑をかけた自覚があるから何も言えなかった。




「迷惑かけて、悪かったわ」


ぽつりと呟いた私に、彼は大きく表情を歪めた。




「……お前、うっざ!!!」


「は?」




「俺、お前に怒ってねえから!」

「いや、怒ってるじゃん」


思いっきり顔を顰めて怒鳴っているくせに何を言っているのか。





「俺が怒ってるのは、お前に水かけたやつに決まってんだろ!迷惑かけたとか、お前が謝ってんじゃねえよ、バカ女!!」

「……バカじゃない」


「バカだろ、バカすぎるくらいバカ」



イライラのためかクロードの語彙力が下がっている気がする。

どうやら彼は私のために怒ってくれているらしい。





「…メローナなんだろ」

「それ以外ないでしょ」


「ぶっ殺していい?」

「フランツ発狂するわよ」



王太子が壊れちゃったらこの国もお終いなんだから我慢して欲しいところだ。




「お前、口ではあの女に色々言っても、なんだかんだちっとも反撃しようとしねぇよな」


「…そう?」


「何遠慮してんだよ。ビンタの一つでもかましてやればいいだろ」


そんな言葉に小さく吹き出す。




「仮を付けるなら未来の王太子妃よ?極刑だわ」

「まだ違うだろ。極刑になったらうちの国に逃げて来いよ。俺がもらってやるし」


「その時はよろしく」



きっとそんなことが起こり得ないことを私もクロードもわかっていたのだろう。



彼はひどく凪いだ声で口を開いた。







「俺が、あの女引き受けてやろうか」



「…は?」





「フランツと結婚したって、あの女はきっとお前に付き纏う。変な執着を感じるんだよ。お前が幸せになる度に、邪魔しにくるあの女が容易に想像できちまう」


苦虫を噛み潰したような顔でそんなことを言うクロード。





「だからさ、俺があの女を連れていく」

「…何言ってるの?」



「幸いあの女も俺の事気に入ってるみたいだし?さすがにあれを王太子妃に迎えるなんて有り得ねえけど、側妃か妾くらいなら…何とかできる」


「…やめて」



淡々と話す彼がひどく危うく見えた。






「だからリリスは、俺の知らないところで、めいっぱい幸せになったらいいよ」



「やめろって言ってる!!」



泣きそうな顔で笑うクロードを心の底からバカだと思った。

意味がわからない。


未開の地に住む部族とだってもう少し意思の疎通が図れるのではないだろうか。





「私は私の力で幸せになるの…あんたの手助けなんかいらない。勝手なことしたら許さないから!」


じっと睨みつけながらそう言った私に、目の前の彼はへにょりとした情けない笑みを浮かべた。





「俺がリリスのこと幸せにするのが許せないならさ」


泣きそうな、怯えたような、それでいてどこか吹っ切れたような変な笑顔。






「俺と一緒に幸せになってよ」





気がついた時には、彼の胸の中にいて、激しい熱と伝わる鼓動にひどく心がざわついた。







しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(18件)

もりりん
2024.08.06 もりりん

正直ジャンよりクロードが良いです。
クロード一択です!

解除
dragon.9
2023.10.11 dragon.9

クロード頑張れ\(*⌒0⌒)♪

是非とも
クロードとくっついて欲しいところ!

解除
もち子
2023.08.28 もち子

更新有り難うございます(о´∀`о)

私の中でクロードの株が急上昇。君はリリスに本気だったのね…!!
ジャンも大分絆されてきてるけど。
何かあるとメローナの方行っちゃうからなぁ…

結末は決まってるだろうけど、クロードには報われて欲しいと思う今日この頃(笑)。

解除

あなたにおすすめの小説

婚約者を友人に奪われて~婚約破棄後の公爵令嬢~

tartan321
恋愛
成績優秀な公爵令嬢ソフィアは、婚約相手である王子のカリエスの面倒を見ていた。 ある日、級友であるリリーがソフィアの元を訪れて……。

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~

紫月 由良
恋愛
 辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。  魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。   ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

愛する婚約者に殺された公爵令嬢、死に戻りして光の公爵様(お父様)の溺愛に気づく 〜今度こそ、生きて幸せになります〜

あーもんど
恋愛
「愛だの恋だのくだらない」 そう吐き捨てる婚約者に、命を奪われた公爵令嬢ベアトリス。 何もかもに絶望し、死を受け入れるものの……目を覚ますと、過去に戻っていて!? しかも、謎の青年が現れ、逆行の理由は公爵にあると宣う。 よくよく話を聞いてみると、ベアトリスの父────『光の公爵様』は娘の死を受けて、狂ってしまったらしい。 その結果、世界は滅亡の危機へと追いやられ……青年は仲間と共に、慌てて逆行してきたとのこと。 ────ベアトリスを死なせないために。 「いいか?よく聞け!光の公爵様を闇堕ちさせない、たった一つの方法……それは────愛娘であるお前が生きて、幸せになることだ!」 ずっと父親に恨まれていると思っていたベアトリスは、青年の言葉をなかなか信じられなかった。 でも、長年自分を虐げてきた家庭教師が父の手によって居なくなり……少しずつ日常は変化していく。 「私……お父様にちゃんと愛されていたんだ」 不器用で……でも、とてつもなく大きな愛情を向けられていると気づき、ベアトリスはようやく生きる決意を固めた。 ────今度こそ、本当の幸せを手に入れてみせる。 もう偽りの愛情には、縋らない。 ◆小説家になろう様にて、先行公開中◆ *溺愛パパをメインとして書くのは初めてなので、暖かく見守っていただけますと幸いですm(_ _)m*

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。