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私たちにできる最善

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メローナ争奪戦レースの行方がどうなったかと言うと、正直フランツの一人負けだった。

随分と軟派な態度をとるクロードに傾き、私が少しジャンと喋ろうものならすかさず会話を奪い去っていくメローナ。




痺れを切らしたフランツが、的外れな行動を起こしたのはそれからすぐのことだ。





あろうことか、彼は想いを寄せるメローナでもなく、恋敵のジャンやお邪魔虫然としているクロードでもなく、私にアプローチの照準を定めたのだった。





隙を見つけて呼び出されたのは、お決まりの生徒会室。




「メローナを惑わせるこの状況を放っておくことはできない」


そんなことを言うフランツに言葉を返す。



「あら、殿下は先日、彼女の気持ちの整理がつくまで待っていると、そうおっしゃっていたではありませんか」


「そうも言っていられない事態であることは、お前だってよく理解しているはずだ!」



声を荒らげる彼は、本心から焦っていることがありありと伝わってくる。





「私におっしゃられても」


「そもそも、」


肩をすくめる私に、彼は言葉を続ける。




「お前があいつらの手綱を握っておかないからこんなことになるんだろう!!」




それは大きな責任転嫁だった。

どこまでも他人頼みのフランツに呆れてしまう。



「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」


「っ…」



「そもそも殿下は、メローナをきちんとものにしたはずでは?それなのに何故、彼女はまだ目障りな小バエのようにブンブンとジャンの周りを飛び回っているのでしょうか」


フランツに物申したいのは私の方だ。

何のために私との婚約を破棄したのか。




「…メローナは、花から花へとたゆたう可憐な蝶なんだ」

「はあ、つまりはアバズレということでしょうか?」



「お前っ、未来の王妃に対して不敬だぞ!」



この国の未来の王妃はやけに不確かで朧気なものですね。






「それで、話を元に戻しますが、あなたは結局どんな用件で私を呼び出したのでしょうか?」


「…………手を組むぞ」



「はあ?」



「だからっ、私はメローナ、お前はジャンと結ばれるために、一時的に協力関係を結ぼうと言っている!!!」


立つ瀬がないほど追い詰められているのか、恥辱に震えるように頬を染めながら、彼はそんなことを口にするのだった。





「嫌です」


「っ、どうしてだ…お前にとっても、これは好都合な取引のはず」




「私は私の力で、必ずジャンの心を射止めて見せますもの」



きっぱりとそう告げると、フランツがぐっと押し黙る。





「それに、あなただけには協力なんて頼みたくありません」


他の誰に頼っても、フランツにだけは。




「殿下は、ジャンの友人ではありませんか。ジャンはメローナに想いを寄せていたにも関わらず、あなたと彼女が結ばれることを祝福していました」


「っ…」



「友人のために身を引き、傷ついた心を隠し、お二人のために笑みを絶やさなかった」



そんな彼を見ていて、よくも私と彼との仲を取り持とうだなんて思ったものだ。

自分のことしか見えていない彼に嫌気が差す。








「お言葉ですが、殿下はもう少し、友人である彼のことを慮るべきではありませんか?」








 「…そんなことはっ、お前に言われなくともわかっている」


苦々しげに吐き出すフランツの、こんなにも悲痛な表情を見るのは初めてだった。





「ジャンは、優しい男だ」


「そうですね」



「おまけに頭もいい」


「はい」




「たまには気の利いた冗談だって口にできる面白みのあるやつでもある」


「ほう」



いきなりジャンのことを褒めちぎり出す彼。

不思議だったが、何も言わず耳を傾けることにする。





「……そんな男が、恋敵なんだぞ」


「はあ」



なんとなく、彼の言いたいことがわかったきた。





「つまりは、自分一人で戦う自信が無い、と?」



私の言葉が図星だったのか、首まで真っ赤にするフランツ。







「っ、クソ、それに、問題はジャンだけではない!なんだあの男は!!」


「…クロードのことですか?」




「私と同じ一国の王太子であるにも関わらず、成績も優秀、おまけに女の扱いも上手いときた」



なんでもソツなくこなすクロードに、フランツもかなりのプレッシャーを受けていたらしい。






「まあ、スペックは一級品ですね」



「私が、これだけはと誇っていたものをゆうに越えてくる忌々しさ…」

「誇っているもの?」




「……王太子という立場に決まっているだろう。この国では、私だけがもっているものだ」


国力としては、クロードの祖国の方が勝っていることは否定できなかった。





「……顔も、あいつの方が、少しばかり整っているように思える」


「それは、好きずきでは?」



なんだこの劣等感王子は。





「お前はどうせクロードの肩を持つのだろう」



「私は……しいというなら、ジャンの子リスのような愛らしい顔つきの方がタイプですけれど」



クロードもフランツも似たり寄ったりである。







「絶望の縁に立たされた今だからこそ、正直に言う」


神妙な顔つきで目の前の男は話し始める。





「私には、あいつらに敵うものが何も無い。それは元婚約者であったお前が一番よくわかっているだろう」


ぐっと拳を握りしめるフランツ。




「クロードのような要領の良さも、ジャンのような優しさだって持ち合わせていない」


「はあ…」





「頼む、リリス。私に協力してくれ」




フランツは、私に向かって大きく頭を下げた。


今日は彼の珍しい姿ばかり見る。






にっこりと彼を見つめて口を開いた。







「嫌です」






「っ、薄情者め!」


「どの口がおっしゃるのかしら?元婚約者を散々なじってきた殿下には言われたくない言葉だわ」



ぐぬぬっと眉間にしわを寄せる彼をせせら笑う。






「そもそもあなたは先程から弱音ばかり吐いていますが、私から言わせてみれば、ただの甘ったれの戯れ言です」


「なっ」





「ジャンやクロードは確かに素敵な男性ですが、彼らと比較して自分を卑下する暇があるなら、それ以上に魅力的な男になればいいでしょう」



じっとフランツを見つめて言葉を続ける。





「クロードのような要領の良さ、ジャンのような優しさ…そのどれも持ち合わせていないのなら、それ以上に素晴らしい殿下だけの良さを見つけたらいいんです」


「そんなものどうやって…」




「さあ?見つかるといいですね」


そう簡単に手に入れられるものならば、誰だって苦労はしないのだろうけれど。

私だって、模索しているところなのだ。






「だけど、それでもダメなら…クロードやジャンには程遠い、なけなしの頭脳を使って策を巡らせるんです。それが、想い人を追いかける私たちにできる最善ではありませんか?」




半ば自分に言い聞かせるような言葉だった。

あの夜会で、私のエスコートを放棄してメローナに付き添って行ったジャンの姿が脳裏に過ぎる。




あんな思いは二度とごめんだ。




そうならないために、私は私にできることをやらなければならない。







「……そうだな」


フランツを僅かに瞳を瞬かせて、そうして、小さく頷いた。




「私は、お前の強さがずっと羨ましかった」


「ええまあ、殿下の目の上のたんこぶになる程度には強く生きてきたつもりですもの」





「劣等感から、ずっとひどい態度をとっていた」


「…今更何ですか」



「………すまなかった」




まさかそんな言葉が彼の口から出てくるなんて思わなくて目を丸くする。





「お前の、リリスの努力を否定し蔑んできたこと、立場を考えず一方的に婚約を破棄し、名誉を傷つけてしまったこと…本当に悪かった」






「…あの、いきなりそんなことをおっしゃられても困ります。そもそも婚約破棄の件は、この場で謝罪を受け入れ全てを無かったことにするつもりもありませんし」


そんなことは我が家と王家の問題でもあるのだから。





「ただ、今までの殿下の態度についてなら、さして気にもとめていませんでしたので…謝罪をされたところで正直どうでもいいです」


「………」




「あら、また落ち込んでしまわれましたか?殿下は案外ナイーブですものね」


「っ、お前は…」





精一杯の睨みに以前以上に迫力を感じないのは、私が彼の心に少なからず触れてしまったからだろう。





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