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私にとってのジャンが、ジャンにとってのメローナなのだ。
しおりを挟む「…学園をサボりたいと思ったのは初めてだわ。記念に今日は一日中部屋でゴロゴロしてようかしら」
馬車に乗り込む前にポソりとそんなことをつぶやく私を、クロードが鋭い目付きで睨みつける。
「お前、編入初日の不安でいっぱいないとこを放って一人でふけるとか有り得ねえだろ」
「…朝食を二回もおかわりする様な人間のどこが不安でいっぱいなのよ」
生まれ持った素質なのかなんなのか、クロードより肝が据わった人間を私は見たことがなかった。
そんな人だから、幼少期は散々悪戯に付き合わされて叱られた。
「早く乗れ、俺が遅刻する」
「…わかったわよ」
強引に背中を押され乗り込むと、すぐに馬車は動き出した。
しばらく心地よい揺れに揺られていると、クロードが口を開く。
「あれが学園か?案外ちっせえんだな」
「そりゃあんたの国に比べたら規模が劣るのも無理ないじゃない。国力が違うわ」
「ん?俺の国に嫁ぐ気になってきたか?」
斜め上の言葉に飽きれてため息が漏れる。
応えなんて返さず、学園に到着するのを待った。
「着いたみたいだな」
「ええ、そうね…はぁ」
本日何度目かのため息をつく私をうんざりした様子で軽く睨みつけ、クロードは馬車から降りる。
「ほら、早く来いよ」
「ありがとう」
それでも私に向けて手を差し、エスコートすることは忘れない。
本当、こういうとこはきっちりしてるわ。
クロードと歩いているからか、いつも以上に視線を感じてしまう。
彼を知る一部の有力貴族の子息などは驚愕で目を見開き、それ以外の者達は彼の容姿や私と歩いていることに興味を示しているようだった。
「こっちも大して変わんねえな」
鬱陶しい視線にそんなことを漏らしながらも、堂々とした振る舞いで校舎を歩く。
「奥に見えるのが教務室よ。じゃあ私は行くから、同じクラスになったらまた後で」
「いきなりほっぽり出すのかよ。つーかクラスが別なわけねえだろ。根回しは怠ってねえっつの」
「…権力者は違うわね」
ふてぶてしい態度のクロードを後目に、私は自身の教室へと向かった。
「リリス嬢」
廊下を歩いていると、背後から私の名前を呼ぶ声が聞こえる。
…今は少しだけ会いたくない、彼。
「…ジャン、おはよう」
「おはようリリス嬢…あの、昨日は」
「ごめんなさい、ジャン。昨日は少し疲れちゃって、黙って帰ってしまって驚いたわよね?」
ジャンの言葉を遮るように、言いたいことだけ言ってのける私に、彼は困ったように眉を下げる。
「いや、そんなことは全然。僕はきにしてないから大丈夫だけど…」
気にもされてなかったようだ。
エスコートをしていた私の存在なんてすっかり忘れてメローナに夢中だったのだろう。
フランツがいない好機に、彼はメローナと少しでも近づけたのだろうか。
「そう、だったら良かった。それじゃあ私は教室に行くから。ジャンもホームルームに遅れないようにね」
「っ、僕も教室に戻るよ」
「そう」
いつもより素っ気ない私を、彼はどう思っただろうか。
少しでも寂しいと思ってくれたら、なんて思うのは私の独りよがりだ。
「リリス嬢」
「…何?」
「昨日は、ごめん」
突然謝りだしたジャンに、なんだかよくわからなくて首を傾げてしまった。
「どうして謝るのよ」
「エスコートしていた君を放って、メローナについていってしまったから」
そんな言葉に思わず乾いた笑いが漏れた。
「ふふっ、当たり前のことじゃない。私だって、ジャンが目の前で困ってたら助けてあげるわ」
「…?」
私の言葉をよく理解できていないジャンに、噛み砕いて説明する。
「だってジャンはメローナのことが好きなのよ?それに比べて、私はただの友達。ましてやつい最近まで、嫌悪さえしていた相手。どちらを優先するかなんて考えなくてもわかるわよ」
「それは…」
「貴方は正しいことをした。私でもそうする。もしも私に新しい婚約者ができて、彼とデート中にジャンが困っていたら、迷わずジャンを優先しちゃうもの」
そうしたら、また婚約破棄されちゃうかもね。
だけど、そんなことどうでもいいくらい、ジャンのことが大切だった。
そして、これは私にとっては、すごく複雑で、途方もない程つらい事実だが…私にとってのジャンが、ジャンにとってのメローナなのだ。
「だから、ジャンの気持ちはわかるから。私には貴方を責められない」
「リリス嬢…」
「そういうわけだから、昨日のことは気にしないで。真面目な貴方が気にしてしまうとわかっていながらも、耐えられなくて帰ってしまった私が悪いのよ」
本当に、ただそれだけのことだ。
それでも、私を友達だと思って、ちゃんと謝りに来てくれたことは、素直に嬉しかった。
誰に対しても真摯な態度で接してくれるジャンのことを、ますます好きになってしまう。
ただ、今だけは、いつもより少し自分に自信がない。
「立ち話してたら本当に遅刻しちゃう。行きましょう、ジャン」
そう促した時に見えた彼の表情が、なんだか苦しそうに見えたのはきっと気のせいだ。
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