上 下
13 / 19

大人しく俺んとこに嫁に来いよ。

しおりを挟む


なんとも悲惨な形で幕を閉じた社交パーティーも一夜明け、休日なのを良いことにダラダラとした一日を過ごす。


いつもより少し遅めの起床。

なんとか寝巻きから着替えて朝の支度を整えても、自室でまったり。


読書をしたり、ピアノを弾いたり。

とにかく無心で。




「リリスお嬢様、ご到着されたようですよ」


午後になってようやく告げられた侍女のトリスの言葉に、読んでいた本を閉じて勢いよくソファから立ち上がる。



ご到着されたというあの男は、退屈しのぎにはちょうど良い相手で、今の鬱々とした気分を払拭させるにはひどく都合が良い。




「クロード!」


「よう、リリス」


階段の上からはしたなく名前を叫ぶ私に、片腕を上げて答えるその人。



烏の濡れ羽色の様な黒髪にエメラルドの瞳が綺麗な彼は、私のいとこであるクロードだ。



幼い頃からの付き合いで、同い歳ということもあり、姉弟のように気心の知れた仲である。




「長旅ご苦労様。乗り物酔いはもう治ったの?ほら、小さい頃はよく馬車の中で戻しちゃってたから心配で…」

「…お陰様で今じゃ全然。その節はどーも。毎度毎度からかうなよ」


「ふふ、軟弱なクロードが懐かしくて」



この話は、お兄様がもらいゲロしたところまでセットよね。

今も尚、久しぶりにクロードを見ると気分が悪くなるという兄は不憫だが、やっぱり面白いのであと数年はネタにしたい。



「父様たちに挨拶は済んだの?」

「今顔見せてきた」


「だったらちょっと付き合いなさいよ」


特にこれからの予定も無さそうな彼に顎で自室を指し示すと、胡散臭そうな顔をして後をついてくる。



「相談があるの」

「…なんだよ改まって。つーか俺長旅で疲れてんだけど。まだムカムカするし」


やっぱり馬車酔い治ってないじゃない。

変な見栄をはるところは相変わらずな様だ。



「恋バナよ」

「あ?」


「好きな人がほかの女に夢中な時って、どんな手を使って気を引いたらいいのかしら?」


不甲斐ない話、この世に性を受けて十六年。

クソみたいな婚約者はいても、恋なんてしたことが無かったのだから、当然身の振り方がわからない。



ジャンは、どうしたら私を見てくれるのだろうか。



昨日の舞踏会で、嫌という程自身の劣勢は把握出来た。

正直しばらくジャンと顔を合わせづらい程度には。



「ふうん、詳細は?」


なんだかんだ付き合ってくれるクロードに詳しい内容を説明する。


一息ついて、彼は口を開いた。



「諦めろよ」


「は?」



「俺から言わせりゃ、お前みたいな良い女歯牙にもかけず、そんなクソ女のケツ追いかける男なんてろくな奴じゃねえだろ」


鼻で笑って言ってのける彼の表情は至って真面目だった。



「随分な言い草ね」

「本当のことだろ」



なんだかこの感じは久しぶり。

クロードは平然と私を馬鹿にしたり軽口を叩いたりするくせに、変なところで持ち上げてくることがある。


良い女だなんて、本当に思っているのかすらあやしい。



「せっかく婚約破棄されたんだから、大人しく俺んとこに嫁に来いよ」


「嫌よ、苦労が増えそうだわ」



クロードと結婚だなんて、面倒事が増える予感しかない。

フランツよりかは幾分かましだが、彼も相当な不良債権である。



「ちっ、他の女だったらヨダレ垂らして喜んでるからな」

「他の女なんかと比べるところがデリカシー無くて既に嫌」


「…うぜ」


顔を顰めて暴言を吐くこの男の嫁になる女は苦労しそうだと小さなため息をついた。




「でもまあ、現実的に考えて、エスコート中の女を放って他の女の世話を焼く男なんて論外だろ」


「…でも大好きな異性と最近少し仲良くしてる程度の女だったら、前者を選ぶわ」


「好きな女がいるのに別の女のエスコートなんかしてんじゃねえよ」


吐き出すようにそんなことを言うクロードを少しだけ見直してしまった。



「…たまに思うけど、あんた結構男前な性格してるわよね」

「今更かよ」


これで婚約者の一人もいないのだから驚きだ。

家柄も容姿も、性格だってたまに品のないところに目を瞑れば、一般的には非の打ち所の無い人間だと思う。


本人が渋っているため良い出会いに恵まれていないらしく、少しもったいなく感じてしまう。


選び放題だろうに。




「留学したのは、もしかして嫁選び?」

「…そんなわけねえだろ」



隣国出身の彼がわざわざこの国にやってきたのは、自国に良い婚約者候補がいないからだとばかり…



「向こうではもう粗方学び尽くしたからな」

「相変わらずの学習意欲ね」



てきとうな様で、優秀すぎるクロード。

知識を求めて他国に留学までしてしまう意欲の高さは素直に尊敬してしまう。



明日から同じ学園の生徒になるのは少し不思議な気持ちだが、嬉しくもあった。



憎まれ口を叩き合いながらも、なんだかんだ仲の良いいとこ同士であると自負している。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

訳ありヒロインは、前世が悪役令嬢だった。王妃教育を終了していた私は皆に認められる存在に。でも復讐はするわよ?

naturalsoft
恋愛
私の前世は公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者だった。しかし、光魔法の使える男爵令嬢に汚名を着せられて、婚約破棄された挙げ句、処刑された。 私は最後の瞬間に一族の秘術を使い過去に戻る事に成功した。 しかし、イレギュラーが起きた。 何故か宿敵である男爵令嬢として過去に戻ってしまっていたのだ。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。

メカ喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。 学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。 しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。 挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。 パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。 そうしてついに恐れていた事態が起きた。 レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。

婚約者の不倫相手は妹で?

岡暁舟
恋愛
 公爵令嬢マリーの婚約者は第一王子のエルヴィンであった。しかし、エルヴィンが本当に愛していたのはマリーの妹であるアンナで…。一方、マリーは幼馴染のアランと親しくなり…。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

殿下が私を愛していないことは知っていますから。

木山楽斗
恋愛
エリーフェ→エリーファ・アーカンス公爵令嬢は、王国の第一王子であるナーゼル・フォルヴァインに妻として迎え入れられた。 しかし、結婚してからというもの彼女は王城の一室に軟禁されていた。 夫であるナーゼル殿下は、私のことを愛していない。 危険な存在である竜を宿した私のことを彼は軟禁しており、会いに来ることもなかった。 「……いつも会いに来られなくてすまないな」 そのためそんな彼が初めて部屋を訪ねてきた時の発言に耳を疑うことになった。 彼はまるで私に会いに来るつもりがあったようなことを言ってきたからだ。 「いいえ、殿下が私を愛していないことは知っていますから」 そんなナーゼル様に対して私は思わず嫌味のような言葉を返してしまった。 すると彼は、何故か悲しそうな表情をしてくる。 その反応によって、私は益々訳がわからなくなっていた。彼は確かに私を軟禁して会いに来なかった。それなのにどうしてそんな反応をするのだろうか。

処理中です...