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大人しく俺んとこに嫁に来いよ。
しおりを挟むなんとも悲惨な形で幕を閉じた社交パーティーも一夜明け、休日なのを良いことにダラダラとした一日を過ごす。
いつもより少し遅めの起床。
なんとか寝巻きから着替えて朝の支度を整えても、自室でまったり。
読書をしたり、ピアノを弾いたり。
とにかく無心で。
「リリスお嬢様、ご到着されたようですよ」
午後になってようやく告げられた侍女のトリスの言葉に、読んでいた本を閉じて勢いよくソファから立ち上がる。
ご到着されたというあの男は、退屈しのぎにはちょうど良い相手で、今の鬱々とした気分を払拭させるにはひどく都合が良い。
「クロード!」
「よう、リリス」
階段の上からはしたなく名前を叫ぶ私に、片腕を上げて答えるその人。
烏の濡れ羽色の様な黒髪にエメラルドの瞳が綺麗な彼は、私のいとこであるクロードだ。
幼い頃からの付き合いで、同い歳ということもあり、姉弟のように気心の知れた仲である。
「長旅ご苦労様。乗り物酔いはもう治ったの?ほら、小さい頃はよく馬車の中で戻しちゃってたから心配で…」
「…お陰様で今じゃ全然。その節はどーも。毎度毎度からかうなよ」
「ふふ、軟弱なクロードが懐かしくて」
この話は、お兄様がもらいゲロしたところまでセットよね。
今も尚、久しぶりにクロードを見ると気分が悪くなるという兄は不憫だが、やっぱり面白いのであと数年はネタにしたい。
「父様たちに挨拶は済んだの?」
「今顔見せてきた」
「だったらちょっと付き合いなさいよ」
特にこれからの予定も無さそうな彼に顎で自室を指し示すと、胡散臭そうな顔をして後をついてくる。
「相談があるの」
「…なんだよ改まって。つーか俺長旅で疲れてんだけど。まだムカムカするし」
やっぱり馬車酔い治ってないじゃない。
変な見栄をはるところは相変わらずな様だ。
「恋バナよ」
「あ?」
「好きな人がほかの女に夢中な時って、どんな手を使って気を引いたらいいのかしら?」
不甲斐ない話、この世に性を受けて十六年。
クソみたいな婚約者はいても、恋なんてしたことが無かったのだから、当然身の振り方がわからない。
ジャンは、どうしたら私を見てくれるのだろうか。
昨日の舞踏会で、嫌という程自身の劣勢は把握出来た。
正直しばらくジャンと顔を合わせづらい程度には。
「ふうん、詳細は?」
なんだかんだ付き合ってくれるクロードに詳しい内容を説明する。
一息ついて、彼は口を開いた。
「諦めろよ」
「は?」
「俺から言わせりゃ、お前みたいな良い女歯牙にもかけず、そんなクソ女のケツ追いかける男なんてろくな奴じゃねえだろ」
鼻で笑って言ってのける彼の表情は至って真面目だった。
「随分な言い草ね」
「本当のことだろ」
なんだかこの感じは久しぶり。
クロードは平然と私を馬鹿にしたり軽口を叩いたりするくせに、変なところで持ち上げてくることがある。
良い女だなんて、本当に思っているのかすらあやしい。
「せっかく婚約破棄されたんだから、大人しく俺んとこに嫁に来いよ」
「嫌よ、苦労が増えそうだわ」
クロードと結婚だなんて、面倒事が増える予感しかない。
フランツよりかは幾分かましだが、彼も相当な不良債権である。
「ちっ、他の女だったらヨダレ垂らして喜んでるからな」
「他の女なんかと比べるところがデリカシー無くて既に嫌」
「…うぜ」
顔を顰めて暴言を吐くこの男の嫁になる女は苦労しそうだと小さなため息をついた。
「でもまあ、現実的に考えて、エスコート中の女を放って他の女の世話を焼く男なんて論外だろ」
「…でも大好きな異性と最近少し仲良くしてる程度の女だったら、前者を選ぶわ」
「好きな女がいるのに別の女のエスコートなんかしてんじゃねえよ」
吐き出すようにそんなことを言うクロードを少しだけ見直してしまった。
「…たまに思うけど、あんた結構男前な性格してるわよね」
「今更かよ」
これで婚約者の一人もいないのだから驚きだ。
家柄も容姿も、性格だってたまに品のないところに目を瞑れば、一般的には非の打ち所の無い人間だと思う。
本人が渋っているため良い出会いに恵まれていないらしく、少しもったいなく感じてしまう。
選び放題だろうに。
「留学したのは、もしかして嫁選び?」
「…そんなわけねえだろ」
隣国出身の彼がわざわざこの国にやってきたのは、自国に良い婚約者候補がいないからだとばかり…
「向こうではもう粗方学び尽くしたからな」
「相変わらずの学習意欲ね」
てきとうな様で、優秀すぎるクロード。
知識を求めて他国に留学までしてしまう意欲の高さは素直に尊敬してしまう。
明日から同じ学園の生徒になるのは少し不思議な気持ちだが、嬉しくもあった。
憎まれ口を叩き合いながらも、なんだかんだ仲の良いいとこ同士であると自負している。
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