悪女は当て馬令息を誑(たぶら)かしたい。

おじゃま虫に台無しにされたくないのよ。

パーティー会場である学園のホールに到着すると、私とジャンに一気に視線が集まるのを感じた。

それもそうだろう。


王太子の恋人を虐めたとされる私が、その友人であるジャンにエスコートされているのだから。



チラリと隣に立つ彼を一瞥すると、なんでもないように平然とした表情をしていた。


少し、ホッとする。

普通だったらこんな変な注目嫌に決まっているのに、態度に出さない彼がすごく大人に見えた。



「リリス嬢？」

「なんでもないわ。行きましょう？」


じっと見つめてくる私を不思議そうな顔で見返したジャンに返事をして、会場に一歩足を踏み入れた。



軽食や飲み物を嗜んでいると、会場がざわめき出す。


「…遅れて登場なんていいご身分ね。あ、王太子とその婚約者様だったかしら？」

「すぐ嫌味言わない」


ぽつりと呟いた言葉にジャンはすかさず呆れ顔で注意するのだった。


気に食わないんだから仕方ないじゃない。



注目を浴びているからか、少しドヤ顔のフランツと恥ずかしそうに彼にしがみつくメローナ。

彼らは私達なんて気にせずパーティーを楽しむと思っていたが、私の予想は悪い意味で外れてしまったみたいだ。



「あ、ジャン！」


メローナは私達に気がつくと、ジャンの名前を呼びすぐさま近寄ってくる。


…こっち来るな、ピンクおばけ。


ドレスに頭の上のリボンまで目に痛いくらいピンク色にあしらわれた彼女に思わずしかめっ面になってしまった。

今日くらいはずっと可愛い顔をしていたかったのに。



「メローナ？」

「ジャン、大丈夫？あの、私…ジャンにつらい役割を押し付けてしまって、本当にごめんなさい」


しゅんとしてそんなことを謝るメローナは私に喧嘩を売っているんだろうか。

買うわよ？



「つらい役割ってなんのこと？ジャンは私とだったら楽しそうだって、自分からエスコート役をかって出てくれたのだけど？」

「それは、フランツに言われてしかたなくだって…リリス様も目の前で見ていたはずですっ」


きっぱりと言い切るメローナ。

会場中の注目を浴びている今、堂々と話して欲しい話題ではなかった。


「メローナ、君が謝る必要はないよ。僕は友人のリリス嬢と参加できて良かったと思ってる」

「え、ジャン、そんな無理しなくたって…ほら、いつも通り三人でいてもいいんだし」


この女は何がなんでも私を悪者にしたいのだろうか。

と言うより、ジャンが私と仲良くなるのを嫌がっているようにも思える。


どちらにしろ身勝手な理由だった。



「…メローナ、今日はジャンもリリスをエスコートしているんだし、私と二人でパーティーを楽しもう。な？」

「でも、それではあまりにもジャンが可哀想だから…」



「何も可哀想なんかじゃないから。貴女はさっさと消えてくれない？ついでに殿下もね。せっかくジャンがエスコートしてくれる素敵な日なのに、おじゃま虫に台無しにされたくないのよ。この気持ち、殿下ならわかってくれると思うのだけど…」


ジャンを私に押し付けた殿下ならね。


「…っ、メローナ、行くぞ」

「ちょっとフランツ！」


メローナの手を強引に引き去っていく殿下は、負い目があるのか案外素直だった。

まあ、そうする方が彼にも都合が良いのだろう。



「三人でいたかったのなら、ごめんなさい」

ジャンを振り返って、今更しおらしくそんなことを言う私もずるい人間だ。


「いや、僕は別にかまわないよ。フランツ達だって二人の方が幸せだろうし」


「…そう」

それはフランツ達の希望で、貴方自身の考えではないでしょうに。

友人のために私のそばにいてくれるジャンは随分と優しいのね。

そんな皮肉が頭の中に浮かんだけど、口に出すことはできなかった。