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もしもの話はやめてくれ。
しおりを挟む「リリス!またお前は私の婚約者を虐めたようだな!?いい加減私に執着してメローナを害するのはやめろ!」
お昼休憩が始まった途端、ぷんぷんと怒りを顕にした元婚約者フランツが現れてそんなことを言うものだから思わず笑ってしまった。
「ふふっ、私が今まで一度でも殿下に執着したことがあったかしら。…ああ、それと、いい加減親しげにリリスなんて呼ぶのはやめていただけますか?」
婚約者でもない男が馴れ馴れしい。
私がこの名前を呼んで欲しいのは、一人だけだ。
「お前は…!この後に及んでまだそんな悪態をつくのか!!」
「あら、真実を述べただけですが?尊い殿下に嘘をつくなんて恐れ多いこと私にはできませんもの」
クスクスと笑いをもらしながらそう言う私に、彼は眉間の皺をより一層深く刻む。
「綺麗なお顔が台無しですよ?せっかくの殿下の取柄ですのに…唯一の」
「リリス!!!」
「そう怒鳴らないでくださいませっ!また我を失って私を不敬罪で訴えてみますか!?私を実の娘の様に慕ってくださる陛下やこの国の宰相である父が納得するとは思いませんが」
勝手に婚約を解消してしまったりと何かと問題のある殿下の訴えを彼らがすんなりと聞いてくれるわけがないことはわかりきっていた。
私達の婚約解消は、彼に許された一世一代の我儘だろう。
「私は絶対にお前を牢屋に入れてやる!」
「それはそれは、楽しみにしていますね」
「お前なんか大嫌いだ!!!」
まあ奇遇ですね。私もだわ。
ジャンを傷つけたこの男をただでは許さないと決めているのだ。
あなたとメローナのハッピーエンドはもう終わったのだから、今度はこちらの番よ?
殿下は顔を真っ赤にしたまま私のクラスを飛び出していくのだった。
…毎回ああして言われっぱなしで逃げていくくせに、本当学習しない人ね。
行動しないと気が済まない性格は相変わらずだ。
そこだけは見習って私もジャンにアプローチでもしにいこうかしら。
鼻歌交じりに食堂に足を進めた。
彼が毎日ここでお昼をとっていることは調査済みだ。
「ジャン、ここ空いてる?空いてなくても座っちゃうんだけど」
声をかけられた瞬間あからさまに表情を歪めるジャンにクスリと笑みをもらした。
いつ声をかけてもいい反応だ。
ジャンの隣の空席(仮)に腰掛けると、ムッととした顔をして彼が口を開いた。
「空いてないので、他の席にどうぞ」
「でも誰も来ないみたいよ?私がどこに座るかなんてあなたに指図される筋合いはないと思うのだけど」
そう返すとジャンはぐっと言葉を詰まらせる。
「っ、だったら僕が違う席にする」
「ねえジャン」
昼食のトレイを持って席を立とうとするジャンの腕にそっと手を当てて言葉を続ける。
「そんなに私が嫌い?こんなにあからさまに態度に出されたら、私だって傷つくわ」
「うっ」
目元を潤ませてじっと彼を見つめた。
ばっちりと合った瞳が逸らされることはなく、彼の眉がどんどん下がっていき困ったような表情へと変化していく。
「…どうして、僕なんかと食事を共にしたいのか理解できない」
「自分なんかって自分を卑下するの、好きじゃないわ」
そう言った私をチラッと一瞥して、ジャンは小さくため息をついた。
「リリス嬢は変わってる」
「今更?変わってないと社交界で悪女なんて囁かれないでしょ」
「…それはあなたの誰にでも噛み付いていくような性格のせいだと思うけど」
呆れた目でこちらを見つめ、そんな言葉を口にするジャン。
物事を達観したような、どこか気だるげな瞳が好きだった。
彼はメローナのことで私に良い感情は抱いていないくせに、噂や偏見で私に嫌悪を抱いたことはない。
自分の目で見て、ちゃんと考えられる人。
「メローナがもう少し精神的に大人だったら、選ばれていたのはあなただったかもね」
「何それ。もしもの話はやめてくれ」
うん、哀愁漂うジャンも素敵だ。
ジャンを無自覚にでも弄んで傷つけたこと、絶対に許せないけど、こんな傷心モードにしてくれたことだけは感謝するわ、メローナ。
付け入る隙ができたってことでしょう?
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