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幼馴染の苦悩

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「生徒会に入ることになって、これからは一緒に帰れなくなるんだ」


幼馴染であるファルトにそう告げられたのは学園に入学して最初の一年が終わった時だった。


それから数ヶ月、二年生に上がった私達は下校こそ共にすることはなくなったものの、特に距離が離れることも無く変わらない関係を保っている。



ファルトは生徒会の仕事を忙しくもやりがいを持って務めているようだった。



ファルトの様子がおかしくなったのは、ほんの一週間程前のことだ。

とある女子生徒が一年生ながらも生徒会役員に大抜擢されてから。


その子は生徒会役員の方々からの強い推薦で会長に許可をとって迎え入れられたらしい。

ファルトだって彼女のことは決して嫌ってはいなかったはずだ。



しかし、彼女はファルトの琴線に触れた。


それに触発されるように、それまで彼らの間に保たれていた一定の距離感は見事に崩れ去り、今や彼らはファルトにとって心を苛む要因になりつつある。


…大切な幼馴染が苦しんでいる時、私には一体何が出来るのだろうか。



そんなことを自室で考え込んでいると、控えめなノック音が聞こえた。


コンコン

小さなこの音は、いつまでも変わらないファルトの音だ。


こちらから扉を開くと、やはり部屋の前には幼馴染の彼が立っている。

その綺麗な琥珀色の瞳が今はどこか生気を失ったようにぼんやりとしていた。



「ファルト、また眠れなかったのね」

日に日に酷くなるクマは見るに耐えない。


「……」

彼は何も言わずふらふらと私に近寄って、ミルクティ色の頭をぽすりと私の肩口に埋めた。

さらさらとした髪の毛が擽ったい。



「過去に向き合え、前に進めって…みんな簡単に言うけど、どうしたらいいか俺にはわからないよ」

「…ファルト」


淡々とした覇気のない声は、下手に悲しげな声なんかよりずっと彼の苦痛を物語っているようだった。



「向き合えって何?思い出せばいいわけ?両親が死んだ場面を?…別に記憶がないわけじゃないよ」

嘲るようにそう言う彼にうまい言葉が見つからない自分が情けなかった。



「ファルト、おいで」


彼の手を引いて自分のベッドに誘導する。

私は俯いたまま大人しく着いてきたファルトをそっとベッドに押し倒した。


「とにかく今は寝て!」

「…眠れない」


「眠れなくても寝るの!ファルトひどい顔色してるよ?自分で気づいてるの?」


私は不満そうにじっとりとした瞳でこちらを見つめる彼を無視して、廊下にいた侍女に声をかける。


「今日の夕食は栄養たっぷりで体に優しいものをお願いね」

「はい、お嬢様。シェフに伝えておきますね」


侍女の返事に頷いてファルトの方に戻ると、彼はぼんやりと私を見つめていた。



「ロレンス公爵達は今は領地の視察で留守にしているんでしょう?」

「…あと二月もしたら帰ってくるよ」


「ご飯、食べてないんでしょう?」

「別にお腹空かないし」


保護者がいなきゃご飯も食べないなんて本当に彼はたまに子どもっぽいところがある。


今は精神的にまいっている様だから特にひどい。


「お願いだから、食事と睡眠だけはしっかりとって欲しいわ」

そうしないと本当に壊れてしまう。


「食事をとっても味がしないし、瞼を閉じても眠れないんだから仕方ないよ」

「…重症ね」


こんなになるまで追い詰めて、生徒会の皆さんはいったい何がしたいのだろう。



彼らはファルトに過去に向き合って前に進んで欲しいと言っているようだけど、彼の過去はそう簡単に乗り越えられるものではなかった。


せいぜい彼らが知っているファルトの過去と言えば、ファルトがなんらかの理由で親を失い私達チェインズ公爵家にお世話になった後ロレンス公爵家の養子になったという事だけだ。

だからこそ詳しい事情を知りたいのだろうが、そんな無邪気な詮索が彼にとっていかに残酷であるか彼らは理解していない。




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