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家族の分まで
しおりを挟む「セイラ嬢、どうしました?なんだか今日はぼんやりしているみたいですが」
「…そうですか?天候が良くて少しうとうとしてしまったのかもしれません」
キース様に指摘されてしまう程度には、私はまだ昨日のことを引き摺っていたらしい。
本のページをめくる手は完全に止まっていた。
「何か、あったのでは?」
「…大したことではありません」
キース様にお話をする程のことでもないだろう。
変わってしまった父や兄を受け入れきれず、私が一人でモヤモヤしているだけに過ぎない。
「もしかしてミレイユ嬢のことですか?そうであれば、僕のせいかもしれません」
「え?」
「昨日僕らの元にサイラスがミレイユ嬢を連れてきたのですが、その際僕がミレイユ嬢の気に触るようなことを言ってしまいました。そのせいでセイラ嬢にいわれのない迷惑をかけてしまったのではないかと思って…」
キース様は申し訳なさそうな表情を浮かべてこちらを見つめる。
状況はよくわからなかったが、彼は理由もなく他人を傷つける人ではない。
「キース様が気にすることではありません。私は大丈夫ですから」
私がそう言うとキース様はもう一度謝罪の言葉を口にして、ミレイユとの一悶着をあるがまま話してくれた。
どうやら彼は私のためにミレイユに意見を述べてくれたらしい。
「キース様こそ、ミレイユや兄がご迷惑をおかけしたみたいで申し訳ございません。それと、私のためにありがとうございます」
「あのままセイラ嬢の印象が悪くなっていくのを黙って見ている程僕は薄情な人間ではありません」
ツンとしてそう言うキース様が可愛らしくて小さな笑い声を漏らしてしまう。
「ふふっ、キース様が薄情だなんて思ったことは一度もありません」
そう答えると彼は少し嬉しそうに表情を和らげるのだった。
「セイラ嬢は、逃げ出そうとは思わないのですか?」
「逃げ出す?」
「酷なことを言うようですが、あの家にいても貴女が幸せになれるとは到底思えません」
キース様の言葉を否定することはできなかった。
「そうかもしれませんね…」
「貴女を傷つけるような人間なんて、切り捨ててしまえばいい…というのは、僕のエゴなのでやっぱり忘れてください」
急にしおらしくなって視線を外したキース様。
「キース様は本当に私のことを心配してくださっているのですね。こんなに優しい方と友人になれて、私は幸せ者です」
それはきっと家族と同じくらい尊い縁なのだと思う。
大切にしたい。
「友人、ですか」
「…キース様もそう思ってくれていると嬉しいのですが」
「友人のまま、貴方を救い出すのは少し骨が折れそうですね」
その言葉の意味はよくわからなかった。
「これも、僕のエゴなのですが」
「はい?」
「僕がセイラ嬢を、貴女のことを苦しめる人間から奪い去ってしまいたい、そう言ったら、貴女は僕についてきてくれますか?」
そう言ったキース様の頬は少し赤みを帯びていて、なんだか熱烈な愛の告白でもされてしまったのではないかと勘違いしそうになる。
「どういう、意味です…?」
「…貴女の御家族なんかより、セイラ嬢のことは僕が必ず幸せにします」
キース様はじっと私を見つめてそう口を開いた。
これではまるで…
「愛の告白、」
「別に、そう捉えてもらっても構いません」
思わず口にしてしまった言葉に、彼は間髪入れずそう答えた。
「こんな風に流れで言ってしまうつもりなんてなかったのですが…すみません、セイラ嬢」
「…は、はあ」
予想もしなかった告白に頭がついていけず混乱してしまう。
どうして彼はこうも落ち着き払っていられるのだろうか。
「あの、キース様は私のことを好いておられるのですか?その、異性として…」
なんだか大胆なことを聞いているのはわかっていたが、気になってしまったのだ。
「…………好きですよ」
随分と大きな間を置いて、彼はぽつりとそう呟いた。
「セイラ嬢が僕をそう言った目で見ていないことは知っています。だけど、それでも僕は、傷ついていく貴女をこれ以上放っておくことなんてできない」
「キース様…」
「僕と結婚してください。貴女の家族の分まで、僕がセイラ嬢を目いっぱい愛し抜きます。僕だったら、絶対に貴女を傷つけたりなんてしない…ダメですか?」
切なげな瞳でそう言葉を続けるキース様になんだか胸が苦しくなった。
血の繋がった父や兄でさえこんなにも愛情を示してくれたことはなかった。
キース様に縋ってしまってもいいのだろうか。
心がぐらつく。
しばらく考えて、私は口を開いた。
「キース様のお気持ち、すごく嬉しかったです。だけど、今の私がキース様の思いを受け入れるのはあまりにも不誠実だと思います。だから、もう少しだけ待って頂けないでしょうか…」
「勿論。検討の余地があるようでホッとしました。セイラ嬢が僕を選んでくれるよう、僕も努力します」
どこまでも狡い私は、キース様への答えを先延ばしにするのだった。
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