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7.イケメンも地位も望んでません!
しおりを挟むエリザベスが図書室での勉強を終えてハートレイ男爵家に帰ると、待ち構えていたように年配の執事が声をかけた。
「奥様がお呼びです」
その言葉にエリザベスの動きが止まる。
……めんどくさい。
でも行かなければもっと面倒なことになるのは目に見えていた。
「すぐに参ります」
エリザベスはにこやかに返事をし、執事と共に部屋に向かった。
「奥様。エリザベス様をお連れしました」
「ありがとう。エリザベス、貴方だけ入りなさい」
ハートレイ男爵夫人から許可を得て、エリザベスは夫人の私室に入る。
男爵夫人の部屋は全体的にピンク色で構成されていて、エリザベスはこの部屋に入るといつも目が痛くなる。
夫人本人も、痩せた体に不似合いな、たっぷりとフリルをあしらったピンク色のドレスを着ていた。
エリザベスは夫人のことを、心の中で『鶏ガラピンク』と呼んでいる。
鶏ガラピンクこと男爵夫人はエリザベスを上から下までジロジロ見ると、フンッと鼻で笑った。
「元平民が随分と頑張っていることね! さっさとその体で男を落としてくればいいのに!」
「……男爵家のためになる相手を見定めているところなんです。それが『お約束』ですから」
口元に笑みを浮かべたまま男爵夫人を見つめる。
ここでエリザベスが気弱な態度を見せれば、男爵夫人の嫌味が長引くことをエリザベスは経験から学んでいた。
それに、エリザベスが使えない人間だとみなされれば、学校なんてすぐに辞めさせられてどこぞの男と結婚させられてしまう。
エリザベスの交渉の余地のない結婚――それだけはなんとしてでも避けなければならなかった。
従順にならないエリザベスに、男爵夫人はイライラと足を鳴らしだす。
「……本当に可愛げのない女。貴方の母親とおんなじね!」
男爵夫人の眉がどんどん吊り上がっていく。
その様子を見ながら、エリザベスは心の中で呟いた。
――そんなに嫌なら、呼ばなきゃいいのに……
呼び出しさえなければ、今頃与えられた部屋で一人食事を取っていたはずだった。
そもそも、平民として生きてきたエリザベスを無理矢理連れてきたのは彼らの方だ。
エリザベスが金になると踏んで、男爵がかつて無理矢理関係を迫り、そして捨てた女の子供を引き取ったのは。
「旦那様と同じ髪色に、同じ瞳の色……それがなければお前なんか……」
男爵夫人の声が震える。
憎悪に満ちた鋭い眼差しを向けた男爵夫人は、エリザベスに詰め寄ると右手を大きく振り上げた。
(――あ、叩かれる……)
一瞬、避けるかどうか悩んだエリザベスは、夫人がそれで満足するならと諦めて目をつぶった。
――トン、トン、トン……
扉をノックする音が聞こえ、ビクッと体を跳ねさせた男爵夫人の動きが止まる。
「……ああもう! 誰ッ!?」
「……私です。ショーンです」
扉が開き、男爵夫人が産んだ唯一の子供である一人息子のショーンが現れた。
エリザベスより二つ年上の彼は、母とエリザベスの様子を見て眉をひそめる。
母が何をしようとしていたのか察したのだろう。
眼鏡をかけた長身のショーンは、母と同じ神経質そうな顔で言った。
「私の友人宅で今度夜会を開くそうなんです。その件で母上に相談したいことがありまして」
「あら、何かしら。ぜひ話を聞きたいわ」
夜会と聞いた途端、男爵夫人の顔色が変わる。
ウキウキとし始めた夫人は、エリザベスに気付くと顔をしかめて言った。
「……貴方はもういいわ。下がってちょうだい」
「失礼いたします」
エリザベスは礼をして部屋を出る。
腹違いの兄ショーンとすれ違った時、エリザベスはショーンから強い視線を感じた。
けれど、エリザベスはそれに気付いていないフリをしてその場を立ち去った。
扉を閉めて、廊下に誰もいないことを確認したエリザベスは大きく溜息をつく。
結果的に、ショーンに助けられた。
鶏ガラピンクの張り手くらい諦めて受けてしまおうかと思っていたけれど、もし頬が赤く腫れてしまったら明日学校に行けなかったかもしれない。
ショーンがエリザベスを助けてくれたことは一度や二度ではなかったけれど、エリザベスは素直に感謝の気持ちを持てないでいる。
――あの、目……
ショーンがエリザベスに向ける、粘着質っぽいあの視線がどうしても受け入れられない。
まるで獲物を狙う蛇のようだとエリザベスは思う。
(……ああ、もうっ! 毎月お小遣いをくれるお金持ちの人と一緒になって、こんな家早く出たい!!)
エリザベスは改めて決意を固くしてその場を後にした。
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