上 下
57 / 87

57.悪役令嬢、逃亡する(2)

しおりを挟む


 護衛を連れたエドワード殿下が私に気付いて声を掛けた。

「やあ、ジェシカ嬢。こんな遅い時間にキミ一人でいるなんて珍しいね」
「殿下こそ、遅くまでお疲れ様でございます」

 そう言って頭を下げた私は、唐突に閃いてしまった。
 顔を上げてエドワード殿下をじっと見つめる。アメリがクロードルートに入ったのであれば、エドワード殿下から断罪される可能性はなくなったんじゃないかしら。

 逆ハーエンドであれば違うかもしれないけれど、攻略対象者たちはともかく、アメリにその様子はない。
 それならエドワード殿下にお願いして逃亡先を用意してもらえれば、逃げ切ることが出来るかもしれない。

「殿下……折り入ってお願いがございます。どうか、わたくしの話を聞いていただけませんか?」

 縋るように見つめると、エドワード殿下はわずかに目を見開き、そしてゆるりと微笑んだ。

「ジェシカ嬢からそんなことを言われるとは。珍しいこともあるものだね。貴方は一人で何でも出来てしまうから」
「そんなことありませんわ。……わたくし、訳あって身を隠さなければならないのです。どこか良い場所はないでしょうか」
「隠れる場所? 一体誰から隠れるつもりだい?」
「クランベル家ですわ」

 私がそう言うと、エドワード殿下は心底嫌そうに眉をひそめた。

「……まさか、とうとうアイツが痺れを切らして駆け落ちでもするんじゃないだろうね?」
「アイツ? 駆け落ち?」

 エドワード殿下の言葉に首を傾げると、彼は誤魔化すように笑みを浮かべた。

「違うならいいんだ。でも、クランベル公爵家から隠れるだなんて、随分と大それた家出だね。理由を聞かせてくれるかい?」
「それは……」

 どこまで話せばよいかと目線を下に向けながら逡巡する。ゲーム絡みのルートや断罪のことは言えないし、どうしたものかと思いながら口を開いた。

「わたくし、これから待ち受ける出来事が怖くて、逃げ出したいのです」
「待ち受ける、出来事?」
「ええ。わたくしの将来に関わることです。卒業のタイミングだとばかり思っていたので、何も準備していなくて」
「……もしかして、婚約について話を聞いたのかい?」

 ――婚約?

 アメリとクロードはもうそんなところまで話が進んでいるの……?
 納得出来るかどうかはともかく、それなら断罪に向かっているのも頷ける。でも、まさか、二人が婚約だなんて……
 戸惑うように顔を背けた私を見て、エドワード殿下は肯定と捉えたらしい。

「そうか。とうとう説明があったんだね。でもそのうえで逃げ出したいとは……まさか……」

 訳知り顔で頷いていたエドワード殿下が、何かに気付いて目を見開く。
 そして改めて私の方を向き、何故か真剣な顔で私を見つめた。

「ジェシカ嬢。キミはこれから待ち受けるであろう将来を変えたいと思っている?」
「ええ」
「そのためなら、クランベル公爵家から身を隠してもいいと、それほどの覚悟があるということ?」
「ええ。そうですわ」

 どんな恐ろしい断罪が待ち受けているのか分からない今、私は貴族令嬢としての生活を投げ捨ててでも逃げ出したい。
 エドワード殿下は信じられないという顔をしていたけれど、どうしてだか楽しそうだ。
 自覚があるのか口元を手で隠しながらも、笑いを隠しきれていなかった。

「キミなら喜んで受け入れると思っていたから……ビックリしたよ」
「はい?」

 エドワード殿下の発言に耳を疑う。まさか断罪されて喜ぶような性癖を持っていると思われていたのだろうか。甚だ心外である。
 思わず眉をひそめてしまった私を見て、もう一度驚いた顔をするとエドワード殿下はとうとう隠すことなく楽しそうに笑った。

「なんだか随分と面白いことになっているね」

 フフッと笑みをこぼしたエドワード殿下は気を取り直すように咳払いを一つすると、改まった顔つきで言った。

「キミが頼る先として私を選んでくれたことを光栄に思うよ。――ジェシカ嬢」

 名前を呼ばれて顔を上げると、甘やかな眼差しのエドワード殿下が私を見つめていた。

「まだキミの気持ちは私に向いていないと思うけれど、それでもこの手を取ってくれるかい?」

 そう言って、エスコートをするように手を差し出される。

(私の気持ちって……何のことかしら……)

 不思議に思いながらも、千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。
 小さく頷いて私はエドワード殿下の手を取った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

今日も殿下に貞操を狙われている【R18】

毛蟹葵葉
恋愛
私は『ぬるぬるイヤンえっちち学園』の世界に転生している事に気が付いた。 タイトルの通り18禁ゲームの世界だ。 私の役回りは悪役令嬢。 しかも、時々ハードプレイまでしちゃう令嬢なの! 絶対にそんな事嫌だ!真っ先にしようと思ったのはナルシストの殿下との婚約破棄。 だけど、あれ? なんでお前ナルシストとドMまで併発してるんだよ!

つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福

ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️ ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。

よくある父親の再婚で意地悪な義母と義妹が来たけどヒロインが○○○だったら………

naturalsoft
恋愛
なろうの方で日間異世界恋愛ランキング1位!ありがとうございます! ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 最近よくある、父親が再婚して出来た義母と義妹が、前妻の娘であるヒロインをイジメて追い出してしまう話……… でも、【権力】って婿養子の父親より前妻の娘である私が持ってのは知ってます?家を継ぐのも、死んだお母様の直系の血筋である【私】なのですよ? まったく、どうして多くの小説ではバカ正直にイジメられるのかしら? 少女はパタンッと本を閉じる。 そして悪巧みしていそうな笑みを浮かべて── アタイはそんな無様な事にはならねぇけどな! くははははっ!!! 静かな部屋の中で、少女の笑い声がこだまするのだった。

処理中です...