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52.悪役令嬢を幸せにしたいって何?(4)

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 突然現れたクロードを凝視する男は、驚きを隠せないでいるようでポカンと口を開いている。

「な、なんでここに……?」

 呆けた様子の男にクロードは淡々と告げた。

「お嬢様の危機に駆け付けるのは執事として当然の役目ですので」
「執事ぃ⁉」

 声を裏返した男は「ああ、もう!」と苛立ったようにもじゃもじゃの頭をかく。

「まさかゲームのキャラですらない男に邪魔されたっていうのか⁉ あと少しでジェシカたんと一緒になれるのに!」
「……ジェシカ、たん?」

 男の発した言葉に反応したクロードが、振り返ってこちらを見る。
 まさか貴方はそんな風に名前を呼ばれているのですか……? と言わんばかりの怪訝な眼差しを向けられて、私は慌てて否定した。

「違っ! わたくしは関係ないわ!」
「そうなのですか? てっきりお嬢様が学校でそんな呼ばれ方をされているのかと心配になってしまったのですが……」
「違うに決まってるでしょッ!」

 クロードがいる安心感から、いつもの調子を取り戻して声を荒げる。
 そんな私たちのやり取りを見つめていた男は、「ふ……っ、ふふふ……」と突然笑い出した。
 会話を止めてそちらを見ると、男は狂気を帯びた顔で笑っていた。

「はは……ははは! お、俺がこんなモブキャラに計画を邪魔されるなんて、そんなことありえない! 記憶消去の魔法を習得した今、あと少しなんだ! あと少しでジェシカたんは俺のお嫁さんになるんだ!」
「……嫁?」

 クロードがピクリと反応する。

「それなのに……お前なんかに邪魔されてたまるかあああ!」

 男は壁際の棚に駆け寄ると、そこにあったガラス製の容器を地面に叩き落とした。
 ガシャアン! とガラスの割れる音がして、容器に封じられていた巨大な赤い花が飛び出してくる。毒々しい見た目のその花には二本の太いツタがあり、ツタの先端には獲物を捕らえて食すための口が付いていた。

「シャアアア!」

 花がいきり立つとツタの先端が大きく口を開く。その口からは鋭く尖った歯が見えた。

「ラフレシアちゃん! こんな奴、やっつけてくれ!」

 男の言葉に反応して、ツタがクロードに襲い掛かる。
 クロードは表情を変えず後ろ手で私にシールドを張ると、もう片方の手のひらを花に向けた。
 ツタがクロードを噛み殺すより早く、魔法が放出され、ツタを含んだ花全体が透明な膜のようなもので覆われる。

「⁉」

 閉じ込められたことに気付いた花は、ツタを振り上げて膜を壊そうとするけれど、衝撃を吸収しているのか鈍い音が聞こえてくるだけでちっとも破れる気配はなかった。

「燃えろ」

 クロードの声とともに膜の内側から炎が噴き出し、花に着火した。

「ギャアアアア!」

 断末魔の叫びをあげて花が焼き尽くされていく。

「え……え?」

 クロードによってあっけなくやられた魔法植物を見て、男は再びポカンと口を開いた。

「ら、ラフレシアちゃん⁉ えっ、うそ……嘘ぉ? これじゃあ俺、やられちゃうじゃん! 俺はただ、ジェシカたんを救いたいだけなのに! 不憫で可哀相でエロくて可愛いジェシカたんの残念な未来を、俺の手で幸せにしたかっただけなのに!」

 頭を抱えた男の言葉に、男に向けて魔法を行使しようとしていたクロードの動きが止まる。

「…………れ……」

 ぼそっとクロードが何事か呟く。どうしたのかと視線を向けた私は、「ひっ!」と息をのんだ。
 クロードから滲み出る禍々しいオーラに、私と男は固まる。

 ――な……なんでそんなに怒っているの……⁉

 普段冷静沈着な執事が、完全にキレている。
 クロードはトンと床を蹴ると風を纏い、風圧と共に男を押し倒した。

「ぐえっ!」

 頭を強く打ち付けて倒れた男の上にクロードが乗る。馬乗りになった状態でクロードは具現化したナイフを片手で持つと、剣先を男の顔に向けた。

「――黙れ」
「!」

 クロードの射殺しそうな眼差しを間近で浴びて、男は体を震わせた。

「あ……あ、あ……」

 意味を持たない声を漏らしながら、目だけを動かして自分に突き付けられたナイフを凝視している。
 男が少しでも動けばナイフに刺さってしまいそうで、震える体を必死で抑えていた。

 クロードの黒い瞳の中にある、男への激しい憎悪。

「お前がジェシカを語るな」

 そして、激情を押し殺すような低い声。

「ヒイッ!」

 強い怒りを一身に浴びて、男は白目を剥いて気絶した。


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