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35.ヒロインと悪役令嬢による愛と幸せについて(1)

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 乙女ゲームのヒロイン・アメリは元気で明るくて可愛くて、愛されるべく生まれた女の子。
 アメリに光輝く笑顔で話し掛けられたら、誰しもが彼女を好きになる。

 ……でも、例外はいましてよ。

「ジェシカ様ーー!」

 廊下の向こうから満面の笑顔かつブンブンと手を振り走ってくるヒロインを見て、私はクルリと踵を返した。
 できることなら全速力で走って逃げたい。
 でも公爵令嬢で風紀委員長の私には、そんなはしたないこと出来ない……

「待ってくださいーー!」
「お断りですわっ!」
 
 怖い。怖すぎる。今度は何をしでかすつもりなの⁉
 早歩きで逃げながら後ろを振り向くと、アメリは私に向かって「えいっ」と何かを投げた。

 ――ぴとっ

「ひぃっ!」

 自分の肩に貼り付いたナニカに悲鳴を上げる。
 これは……なに?
 透明でぷるぷるしていて、手のひらサイズのコレは……

「ジェシカ様に、『キューピッドちゃん』を差し上げます!」

 満面の笑みを浮かべたアメリと、周囲の学生らの好奇の眼差し。

 ――いや、だからそれ、スライムでしょ⁉

 脳内でツッコむに留めた自分を褒めてあげたいわ。



「……で、これは一体何なの?」

 風紀委員室にアメリを引っ張っていき、二人きりになったのを確認して私は尋ねた。
 このスライム、体から剥がして投げ捨てても自力で戻ってくるし、魔法で燃やそうとすると傷付けるどころかこちらの魔力を吸収されてしまう、たちの悪いスライムだった。

「『キューピッドちゃん』です」
「いや、だからそういうことではなくて! 目的よっ、目的は何っ」

 満面の笑みで答えるアメリに、思わず肩を揺さぶって問い詰める。怖い顔をした私にゆさゆさと揺さぶられているのに、アメリはどこか嬉しそうに見える。

 ……しまった。虐められることが好きなアメリには逆効果だった。

「この前の『ペッタンくん』で反省した私は考えました。どうしたら皆が仲良くなれるのか、世界が平和になれるのかって。そして辿り着いたんです。必要なのは『愛』だと!」

 キラキラとした瞳で人に説く姿は、まさにヒロインにふさわしい。
 これでヒロインじゃなかったら、詐欺師か変質者でしかない。

「愛ねぇ……」

 『愛』。『愛』か……

 本来であれば温かで幸せな言葉のはずなのに、私の心には響かずただ上滑りしていく。

(私には、手に入らないもの……)

 手に入らないからこそ渇望して、そして結局得られずに何度も諦めている。
 愛について考えるとチクリと胸が痛む。まるで抜けない棘が刺さったままでいるかのように、ふとした瞬間痛みを思い出す。

「貴方にはこの前、独りよがりの行動はやめなさいと注意したはずだけれど」
「はい! なので今回はジェシカ様の意見を踏まえて『キューピッドちゃん』を作りました!」
「意見とは?」

 そんなもの言った覚えがない。
 一体何の話から構想を練ったのだろう。今の私に必要なのは、愛みたいな高尚なものではなく、皆の記憶から私の痴態を消し去ることなのだけど。

「貴方、人の記憶を消す魔具は作れないの?」
「記憶ですか?」

 アメリはきょとんとした顔で愛らしく首を傾げた。
 黙っているとハッとするほど可愛くて、さすが乙女ゲームのヒロインだと感心する。

「わざわざ魔具にしなくても記憶消去の魔法がありますよね? 魔法で解決するなら魔具にはしないですよ?」

 ……ド正論で返されてしまった。


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