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29.魔具『本音カタールちゃん』(3)
しおりを挟むアメリが取り出した物は、手のひらサイズの羊毛フェルトの塊だった。肌色一色の『ソレ』は、何か書かれているわけでも変な突起が付いているわけでもない。
ふわふわで丸い形の、ただの羊毛フェルト。
レイス様と私は『ソレ』を凝視して、一様に首を傾げた。
「アメリ、それは一体何なのですか?」
「はい! 今ご説明しますね!」
レイス様が尋ねると、アメリは元気よく返事をし、そして「では失礼して……」とごく自然な流れで私の左胸に『ソレ』を貼り付けた。――……⁉
「⁉」
ギョッとして勝手に付けられた羊毛フェルトと加害者のアメリを交互に見る。
「あっ、すみません触ってしまって……」
自分の手が私の胸に当たってしまったことを恥らっているけれど、問題はそこじゃない。
制服を突き上げる私の胸に、得体の知れないものが貼り付いている。早く剥そうとすぐさま手を伸ばした私は、『ソレ』が動き始めたことに気付いて慌てて手を離した。
「なっ、なによコレ!」
ただの肌色の塊だったものが、ぐにゃりと形を変える。奇妙なその動きにレイス様が息をのむ音が聞こえた。
私の胸の上で、よくわからないものが蠢いている。ぐにゃぐにゃと形を変える度に、制服越しに刺激が与えられる。気持ち良い、よりもただただ恐ろしい。
ぴたっと動きが止まる頃、『ソレ』は見た目を変えていた。
恐る恐る視線を下に向けると、イラストタッチでなんとも可愛らしい雰囲気を醸し出した……人の顔に変わっていた。
「わ、わたくし……?」
可愛らしいタッチで表現された、栗毛とつり目がちのグリーンの瞳。はっきりとした顔立ちはまさにジェシカ・クランベルそのもの。
肌色一色だったはずなのに見れば様々な色が使われ、私の豊かな巻き髪まで忠実に再現されている。
「アメリ……これはどういうことですか?」
呆然とした様子で口を開いたレイス様に、アメリは胸を張って説明した。
「これは私が作った魔具、『本音カタールちゃん』です! 『本音カタールちゃん』は、貼り付いた人の代わりに本心を語ってくれる優れものなんです!」
「は、はあ」
「コミュニケーション不足が問題視される今の時代にピッタリ! この魔具があれば普段は言えない貴方の気持ちを包み隠さず代弁してくれます!」
「売り込みにきたわね」
「例えばですね」
そう言って、アメリが『本音カタールちゃん』に向かって話し掛けた。
「貴方の名前を教えてください」
傍目から見ると、腰を屈めて私の胸に話しかけるという不審者極まりない行動ではあったものの、アメリは本気だった。
じっと見つめていると、私の顔をした羊毛フェルトはおもむろにイラストタッチの口を開いた。
『わたしはジェシカ・クランベルだよ~っ! よろしくね~っ!』
「なッ⁉」
「はぁ⁉」
私と同じ声で、私とは似ても似つかないテンションで話し出した『ソレ』に、レイス様と私は驚いて目を見開く。
「しゃ、しゃべった……」
なんの変哲もない羊毛フェルトが変化して、そして会話が成り立っている。
「貴方、話せるのね……?」
『もちろんだよぉ。なぁぁんでも聞いてねっ! いくらでも答えるよっ!』
私と同じ声色で告げられる言葉。アメリの話では、これがジェシカ・クランベルの本心なのだと言う。
きゃは☆ とでも言い出しそうなテンションの高さにイラッとくる。こんなおかしな言動が自分と同じはずがない。
侮辱していると、青筋を立ててアメリに詰め寄った。
「何よコレ! わたくしはこんな変なノリではなくってよ!」
「えっ、あ、そうなんですか?」
「おかしいなぁ……」と呟いたアメリは、再び『本音カタールちゃん』に話し掛けた。
「貴方が昨日の夜食べたものを教えてください」
『ええ~~昨日の夜はご飯どころじゃなくて、なぁんにも食べてないの!』
「ジェシカ様、合っていますか?」
アメリの問いかけに仏頂面で頷く。口調は不愉快なことこの上ないけれど、回答自体は合っている。
「その人の性格を似せるところが失敗したのかなぁ……」
頬に手を当てて考え込むアメリをよそに、私はこの得体の知れないものを剥そうと手を伸ばした。
『本音カタールちゃん』とやらを掴む。
……全然、剥がれない。
力一杯引っ張る。
……全然剥がれない……
「どういうこと⁉」
「あああ、そんな雑に扱わないであげてください!」
『いやぁぁぁ! 強く引っ張らないでよぉぉぉ!』
アメリと『本音カタールちゃん』の両方から悲鳴が上がる。片方は私と同じ声色である分、余計に癇に障った。
「気持ち悪い声出さないでっ!」
ぎゃあぎゃあと私とアメリがやり取りを繰り広げる中、レイス様は一人何やら考え込むような顔をしていた。
「人格形成はともかく、この魔具は質問した内容に正しく答えてくれるのですね……」
状況を整理しながらブツブツ呟く。
「つまり、これがあればジェシカ・クランベルの弱みを握ることができる……?」
眼鏡を指で押し上げて、彼は小さくほくそ笑んだ。
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