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第二十二話 一兵士として扱われたい/女の子は可愛がりたい
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ところかわって王都では、ルドヴィカらが数々のエロトラップに苛まれていたのと時を同じくして、ローゼリア王国魔道軍に所属する魔導士たちが厳しい訓練を行っていた。
「クロエ! 魔力が乱れている、集中しろ!」
「は、はい!」
王都の南西部に構える魔道軍の訓練施設にて、王女の身分でありながら一兵士として従軍しているクロエは、想像以上に厳しい魔道軍の訓練に必死で食らいついていた。
というのも今現在クロエが行っている訓練は、人ひとり分はあろうかというほどの重さの甲冑を着込んで延々と訓練場の周りを外周しながら、自身の気配を消す潜伏魔法を維持し続けるというスパルタにも程がある内容である。
体力と魔力の両方を激しく消耗する訓練内容に、本人の覚えていないところで敗北レイプをかまされているとはいえ士官学校で学んだれっきとした戦士のクロエですら、途中で何度となく根を上げそうになったほどだ。
魔導士といえば涼しげな顔で魔法を操り、汗をかくことなど一切しない…などといった印象を持っていたクロエではあるが、己の認識の甘さをこうして突き付けられてしまい、恥ずべき思いだった。
「そこまで! これにて本日の訓練を終了する! 3分で撤収しろ!」
「「「はっ!」」」
ようやく訓練が終わったかと思えば、今度は迅速な撤収作業を求められ、クロエは息をつく暇もなく重い甲冑を脱ぎにかかった。
己を鍛え直すために王女の身分を捨て、一兵士として国のためにその身を賭すと決めてから早一か月…滝のように流れる汗と全身にのしかかる疲労感が、今やクロエの日常の友だ。
クロエは誰の力も借りずに甲冑を脱ぐと、武具を抱えて撤収先である庁舎へと急ぐ。
「これはこれは精が出ますな、クロエ王女殿下」
軍隊の訓練場には似つかわしくないナヨナヨした声で呼び止められ、クロエは庁舎へ向かう足を止めて振り向いた。
そこにいたのは、黒を基調とした魔道軍の軍服とは異なる、白い軍服を身にまとった男だった。
「貴殿は…マイクラン公爵家の! 確かジュード殿といったか?」
「おぉ、よもや私めの名をご存じだったとは…! その鈴の鳴るような美しい声で名前を呼んでいただけるだなんて、このジュード・マイクランには身に余る光栄です」
クロエを呼び止めた男は、ローゼリア建国当初から王家に仕えてきた名家、マイクラン公爵家の嫡男ジュード・マイクランであった。
クロエが記憶しているところによれば、ジュードは魔道軍と対を為すもうひとつの王国軍、ローゼリア王国騎士軍で一個師団を率いる将校の座につく男であり、属する軍は違うが立場上はクロエの上官にあたる。
しかしジュードは王女であるクロエに対して恭しくかしずくと、汗まみれのクロエの小さな手を取って、その甲に口づけを落とした。
「あぁ、おいたわしい…。王女殿下ほど高貴なお方が、このような下賤の者たちと並んで訓練に駆り出されるとは…」
「なっ…何を言うか! これはわたしが望んでしていること…」
「やはり王女殿下はあのような不敬な小娘のもとではなく、私の率いる騎士軍第一師団でお預かりするべきなのです。今からでも遅くない、私と父上が王子殿下に進言して…」
「私の部下に何用か、マイクラン将軍」
クロエの意志を無視して勝手に話を進めるジュードを、空を切り裂くような凛とした声が制する。
その声にクロエは反射的に敬礼のポーズを取り、ジュードは不愉快そうに舌打ちをした。
「ソフィア・アールノート…!」
「クロエは訓練中の身、用があるならば私が承りますが。…クロエ、私は3分で撤収しろと言ったはずだが」
「も…申し訳ありません、ソフィア将軍! ただちに!」
クロエとジュードの会話に割って入ったのは、現在のクロエが属する王国魔道軍第二師団の師団長であり、ルドヴィカとエレクトラの姉でもあるアールノート伯爵家の長女、ソフィア・アールノートであった。
直属の上官であるソフィアの命令に一兵士のクロエが逆らっていいはずがない、クロエはすぐさま武具を抱え直すと庁舎へと駆け込んでいった。
狙っていた獲物に逃げられてしまったジュードは、苦虫を嚙み潰したような渋い顔でソフィアを睨みつける。
「まったく余計なことをしてくれる…! 私は貴様のような不敬の輩から、王女殿下を救い出さんとしていたというのに…!」
「私は『一兵士として扱ってくれ』という王女殿下の意志を尊重している。殿下の意志に見て見ぬふりをする貴殿と私、いったいどちらが不敬であるのだろうな」
「ふん、相も変わらず口の減らぬ女だ。さすがは口先のみで国王陛下の信を得たアールノート家の娘といったところか」
あからさまな侮蔑の意を込めた言葉に、ソフィアの鉄面皮が僅かに歪む。
そのことに気をよくしたのか、ジュードは続けざまにソフィアとアールノート家を侮辱する言葉をつらつらと吐き捨ててきた。
「魔道の名家だか何だか知らないが、当主と次女はカビ臭い古代魔法とやらの研究にお熱で、三女ときたら魔物などの研究を始めたそうじゃないか。そのような国益にもならないくだらない研究で国の予算を食いつぶす寄生虫のくせに、口先では王家への忠誠を嘯くのだから恐れ入る。あのような連中に研究費を回すぐらいならば、国のために身を粉にして働く我ら騎士への保障を手厚くしてほしいものだ」
「…ほう。国益にならぬ、とおっしゃるか」
厭味ったらしい笑みを浮かべるジュードに向かって、ソフィアは彼を嘲るように鼻で笑ってみせた。
思いもよらぬ反応のソフィアに、ジュードが不可解そうに眉を寄せる。
「ところでマイクラン殿は実に良い軍靴を履いていらっしゃる。よく手入れされているのでしょう、新品さながらの輝きだ」
「あ? ま、まあね、これは我ら騎士軍にのみ履くことを許された特注の軍靴だ。消耗を防ぐ魔法が施されているから、どれだけ履いても新品同様…」
「その消耗を防ぐ魔法を開発したのは私の祖母だ」
馬鹿正直に靴の自慢を始めたジュードに、ソフィアが勝ち誇ったような笑みを浮かべてそう言ってのけた。
「このローゼリアの主なる産業である林業を支える、植樹した木々の成長を早める魔法を開発したのは私の曽祖父だ。この国が今や魔道の国と呼ばれて諸外国に恐れられるようになったのは、300年前にアールノート家の者が王立魔導学院の設立を王に提言したからだ」
「そ、それがどうし…」
「我らアールノート家の魔導士は、10年後、50年後、100年後のローゼリアに国益をもたらすために在る。国王陛下はそのことをわかっておいでだから、私の父や妹たちの研究を認めてくださっているのだ。貴様はこの魔道の国の貴族でありながら、それしきのことも理解できんのか」
「ぐっ…!」
「敵に攻め込まれぬ現状に胡坐をかいて腑抜けた番犬と、遠き未来を見据えて研鑽を積む忠犬…。果たして本当に国益にならぬのはどちらの方であろうな」
ソフィアの嘲笑に何も言い返すことができないでいるジュードを置いて、ソフィアは「では失礼する」とだけ残すとその場を去っていった。
軍人としての地位は同じであれど、公爵家の自分より位の低い伯爵家の者にしてやられたという屈辱に、ジュードがギリギリと歯噛みする。
「今に見てろ、ソフィア・アールノート…! いずれその生意気な口をきけないようにしてやる…!」
* * *
「ソフィア将軍、先ほどは申し訳ありませんでした!」
庁舎に戻ったソフィアは、命令通りに撤収作業を終わらせたクロエに迎えられ、深く頭を下げられた。
「ジュード殿に声をかけられたからといって、訓練中に私的な話をするなど言語道断! あの時は撤収作業を優先するべきでした!」
「属する軍は別といえ、マイクラン将軍はお前の上官にあたる。無下にできぬのは仕方ないことだ」
「いえ! わたしはソフィア将軍の第二師団に籍を置く一兵士、上官の命令は絶対です! 改めてこのクロエ、まだまだ修行が足りぬと思い知りました!」
心の底から自分の未熟を恥じているのか、クロエは口惜しそうに唇を噛みしめた俯いている。
そんなクロエにソフィアは深い溜息を吐くと、訓練の成果か少し肉付きがよくなってきたクロエの肩を、ポンポンと優しく叩いた。
「お前のように向上心の高い兵はそうそういない。これからもその調子で励むといい」
「…! あ、ありがとうございます、将軍!」
ソフィアの激励に感激するあまり、クロエの表情がぱぁっと明るくなる。
軍籍にありながらもまだ少女の面影が抜けない無邪気な笑みに、近くにいた兵士たちが思わず見惚れて足を止めた。
しかしソフィアは常の鉄面皮を浮かべたまま、クロエを激励していた手を引っ込めると背中へと回す。
「訓練だけではなく、休息も兵の務めだ。急ぎ身を清めて、食事を摂り、床につけ」
「はっ! 心得ました!」
クロエは勢いよく敬礼すると、ソフィアの命令を遵守するべく浴場へと走って向かった。
残されたソフィアはクロエの背が完全に見えなくなると、庁舎の一階に構える将校専用の執務室へと向かう。
ソフィアが執務室の扉を開けると、中ではソフィアの副官である魔導士、アイレーン・ジシュカが資料の整理をしているところだった。
「ソフィア将軍、ちょうどいいところに。先ほどミハイル総帥から伝令が…」
「あ゛ぁーーーーーっ!! クロエ様可愛すぎるーーーーーっ!!」
扉を閉めた瞬間、凄まじい勢いでその場に転がってジタバタと暴れ出したソフィアに、アイレーンは氷点下の眼差しを向けた。
一方、ソフィアはアイレーンの冷たい視線など気にも留めず、先ほどまでの凛とした表情の面影などひとつもない、ゆるっゆるの蕩けた表情を曝け出している。
「頑張り屋だし、健気だし、クソ真面目だし、何より顔が良い!! 王家の姫様じゃなかったらでっろでろに甘やかして、私無しではいられない淫乱子猫ちゃんにして一生可愛がってやったのに!! クソッッッ!!」
「……」
「あ、ごめんごめん。もちろん私はアイレーンのことも大好きだし、一生可愛がってやるつもりでいるからな♡ だからそう妬かないでくれ♡」
「誰もそんなこと言ってません。それより伝令があるっつってんだろブッ殺すぞこの女ったらしの発情魔人」
無感情に一息で罵倒の言葉を吐いたアイレーンに、ソフィアは慣れているのか「そう怒るな、可愛い顔が台無しだぞ」と軽口をたたく。
アールノート伯爵家の娘といえば、異種姦愛好家のルドヴィカに近親相姦願望持ちのエレクトラなど、性癖に一癖も二癖もある者が多いが、長女であるソフィアもまたごく一般的な女性とは異なる指向の持ち主であった。
そう、ソフィア・アールノートは同性愛者であり、それも女の子とあらば手当たり次第に手を出しまくる生粋の女好きなのだ。
ちなみにソフィアは基本的には“タチ”の方だが、相手次第で“ネコ”の立ち回りもできる、所謂“リバ”タイプの同性愛者である。
「総帥から伝令…嫌な予感しかしないな」
「上官相手にその口ぶりは何です。第一、ミハイル総帥はお父君の親友でいらっしゃるのでしょう」
「だから嫌なんじゃないか! あの見た目でお父様と同い年で、しかも男なんだぞ? 私は初めて総帥に会った時、とっても可愛らしい貴族のお嬢さんだと思って全力で口説きにかかったっていうのに…」
「相手が何であれ初対面の相手をいきなり口説く方が悪いわ」
アイレーンの歯に衣着せぬ正論に、さしものソフィアもバツの悪そうな顔をして、渋々伝令状を読み始める。
が、そこに書かれていた内容をその目で見るなり、それまで三枚目極まりなかったソフィアの表情に一斉に緊張が走った。
「…アイレーン。少し使いを頼まれてくれるか」
「それは構いませんが…。いったいどこへ?」
「ここに書かれているところへ向かってくれ」
ソフィアは伝令状をしまいこむと、執務机の引き出しから一枚の白紙を取り出し、紙面を指で軽くなぞった。
すると次の瞬間、紙面にひとりでに文字が現れ、とある場所の番地を示す。
ソフィアから受け取ったそれを確認したアイレーンは、不可解そうに首を傾げた。
「ここは確か、将軍の妹君の…」
「確かめたいことがある。私のもとへ連れてきてくれ」
「…かしこまりました」
元の毅然とした軍人の顔に戻ったソフィアに、アイレーンは忠実に一礼してから執務室を出た。
残されたソフィアは、自身の上官である魔道軍総帥、ミハイル・ハンネベルクからの伝令状を握りしめ、苦々しい表情を浮かべた。
「…もしやすると、国が傾く事態になるやもしれんな」
未来を憂うソフィアの呟きは、防音魔法の施された執務室の壁に吸い込まれて、そのまま消えていった。
「クロエ! 魔力が乱れている、集中しろ!」
「は、はい!」
王都の南西部に構える魔道軍の訓練施設にて、王女の身分でありながら一兵士として従軍しているクロエは、想像以上に厳しい魔道軍の訓練に必死で食らいついていた。
というのも今現在クロエが行っている訓練は、人ひとり分はあろうかというほどの重さの甲冑を着込んで延々と訓練場の周りを外周しながら、自身の気配を消す潜伏魔法を維持し続けるというスパルタにも程がある内容である。
体力と魔力の両方を激しく消耗する訓練内容に、本人の覚えていないところで敗北レイプをかまされているとはいえ士官学校で学んだれっきとした戦士のクロエですら、途中で何度となく根を上げそうになったほどだ。
魔導士といえば涼しげな顔で魔法を操り、汗をかくことなど一切しない…などといった印象を持っていたクロエではあるが、己の認識の甘さをこうして突き付けられてしまい、恥ずべき思いだった。
「そこまで! これにて本日の訓練を終了する! 3分で撤収しろ!」
「「「はっ!」」」
ようやく訓練が終わったかと思えば、今度は迅速な撤収作業を求められ、クロエは息をつく暇もなく重い甲冑を脱ぎにかかった。
己を鍛え直すために王女の身分を捨て、一兵士として国のためにその身を賭すと決めてから早一か月…滝のように流れる汗と全身にのしかかる疲労感が、今やクロエの日常の友だ。
クロエは誰の力も借りずに甲冑を脱ぐと、武具を抱えて撤収先である庁舎へと急ぐ。
「これはこれは精が出ますな、クロエ王女殿下」
軍隊の訓練場には似つかわしくないナヨナヨした声で呼び止められ、クロエは庁舎へ向かう足を止めて振り向いた。
そこにいたのは、黒を基調とした魔道軍の軍服とは異なる、白い軍服を身にまとった男だった。
「貴殿は…マイクラン公爵家の! 確かジュード殿といったか?」
「おぉ、よもや私めの名をご存じだったとは…! その鈴の鳴るような美しい声で名前を呼んでいただけるだなんて、このジュード・マイクランには身に余る光栄です」
クロエを呼び止めた男は、ローゼリア建国当初から王家に仕えてきた名家、マイクラン公爵家の嫡男ジュード・マイクランであった。
クロエが記憶しているところによれば、ジュードは魔道軍と対を為すもうひとつの王国軍、ローゼリア王国騎士軍で一個師団を率いる将校の座につく男であり、属する軍は違うが立場上はクロエの上官にあたる。
しかしジュードは王女であるクロエに対して恭しくかしずくと、汗まみれのクロエの小さな手を取って、その甲に口づけを落とした。
「あぁ、おいたわしい…。王女殿下ほど高貴なお方が、このような下賤の者たちと並んで訓練に駆り出されるとは…」
「なっ…何を言うか! これはわたしが望んでしていること…」
「やはり王女殿下はあのような不敬な小娘のもとではなく、私の率いる騎士軍第一師団でお預かりするべきなのです。今からでも遅くない、私と父上が王子殿下に進言して…」
「私の部下に何用か、マイクラン将軍」
クロエの意志を無視して勝手に話を進めるジュードを、空を切り裂くような凛とした声が制する。
その声にクロエは反射的に敬礼のポーズを取り、ジュードは不愉快そうに舌打ちをした。
「ソフィア・アールノート…!」
「クロエは訓練中の身、用があるならば私が承りますが。…クロエ、私は3分で撤収しろと言ったはずだが」
「も…申し訳ありません、ソフィア将軍! ただちに!」
クロエとジュードの会話に割って入ったのは、現在のクロエが属する王国魔道軍第二師団の師団長であり、ルドヴィカとエレクトラの姉でもあるアールノート伯爵家の長女、ソフィア・アールノートであった。
直属の上官であるソフィアの命令に一兵士のクロエが逆らっていいはずがない、クロエはすぐさま武具を抱え直すと庁舎へと駆け込んでいった。
狙っていた獲物に逃げられてしまったジュードは、苦虫を嚙み潰したような渋い顔でソフィアを睨みつける。
「まったく余計なことをしてくれる…! 私は貴様のような不敬の輩から、王女殿下を救い出さんとしていたというのに…!」
「私は『一兵士として扱ってくれ』という王女殿下の意志を尊重している。殿下の意志に見て見ぬふりをする貴殿と私、いったいどちらが不敬であるのだろうな」
「ふん、相も変わらず口の減らぬ女だ。さすがは口先のみで国王陛下の信を得たアールノート家の娘といったところか」
あからさまな侮蔑の意を込めた言葉に、ソフィアの鉄面皮が僅かに歪む。
そのことに気をよくしたのか、ジュードは続けざまにソフィアとアールノート家を侮辱する言葉をつらつらと吐き捨ててきた。
「魔道の名家だか何だか知らないが、当主と次女はカビ臭い古代魔法とやらの研究にお熱で、三女ときたら魔物などの研究を始めたそうじゃないか。そのような国益にもならないくだらない研究で国の予算を食いつぶす寄生虫のくせに、口先では王家への忠誠を嘯くのだから恐れ入る。あのような連中に研究費を回すぐらいならば、国のために身を粉にして働く我ら騎士への保障を手厚くしてほしいものだ」
「…ほう。国益にならぬ、とおっしゃるか」
厭味ったらしい笑みを浮かべるジュードに向かって、ソフィアは彼を嘲るように鼻で笑ってみせた。
思いもよらぬ反応のソフィアに、ジュードが不可解そうに眉を寄せる。
「ところでマイクラン殿は実に良い軍靴を履いていらっしゃる。よく手入れされているのでしょう、新品さながらの輝きだ」
「あ? ま、まあね、これは我ら騎士軍にのみ履くことを許された特注の軍靴だ。消耗を防ぐ魔法が施されているから、どれだけ履いても新品同様…」
「その消耗を防ぐ魔法を開発したのは私の祖母だ」
馬鹿正直に靴の自慢を始めたジュードに、ソフィアが勝ち誇ったような笑みを浮かべてそう言ってのけた。
「このローゼリアの主なる産業である林業を支える、植樹した木々の成長を早める魔法を開発したのは私の曽祖父だ。この国が今や魔道の国と呼ばれて諸外国に恐れられるようになったのは、300年前にアールノート家の者が王立魔導学院の設立を王に提言したからだ」
「そ、それがどうし…」
「我らアールノート家の魔導士は、10年後、50年後、100年後のローゼリアに国益をもたらすために在る。国王陛下はそのことをわかっておいでだから、私の父や妹たちの研究を認めてくださっているのだ。貴様はこの魔道の国の貴族でありながら、それしきのことも理解できんのか」
「ぐっ…!」
「敵に攻め込まれぬ現状に胡坐をかいて腑抜けた番犬と、遠き未来を見据えて研鑽を積む忠犬…。果たして本当に国益にならぬのはどちらの方であろうな」
ソフィアの嘲笑に何も言い返すことができないでいるジュードを置いて、ソフィアは「では失礼する」とだけ残すとその場を去っていった。
軍人としての地位は同じであれど、公爵家の自分より位の低い伯爵家の者にしてやられたという屈辱に、ジュードがギリギリと歯噛みする。
「今に見てろ、ソフィア・アールノート…! いずれその生意気な口をきけないようにしてやる…!」
* * *
「ソフィア将軍、先ほどは申し訳ありませんでした!」
庁舎に戻ったソフィアは、命令通りに撤収作業を終わらせたクロエに迎えられ、深く頭を下げられた。
「ジュード殿に声をかけられたからといって、訓練中に私的な話をするなど言語道断! あの時は撤収作業を優先するべきでした!」
「属する軍は別といえ、マイクラン将軍はお前の上官にあたる。無下にできぬのは仕方ないことだ」
「いえ! わたしはソフィア将軍の第二師団に籍を置く一兵士、上官の命令は絶対です! 改めてこのクロエ、まだまだ修行が足りぬと思い知りました!」
心の底から自分の未熟を恥じているのか、クロエは口惜しそうに唇を噛みしめた俯いている。
そんなクロエにソフィアは深い溜息を吐くと、訓練の成果か少し肉付きがよくなってきたクロエの肩を、ポンポンと優しく叩いた。
「お前のように向上心の高い兵はそうそういない。これからもその調子で励むといい」
「…! あ、ありがとうございます、将軍!」
ソフィアの激励に感激するあまり、クロエの表情がぱぁっと明るくなる。
軍籍にありながらもまだ少女の面影が抜けない無邪気な笑みに、近くにいた兵士たちが思わず見惚れて足を止めた。
しかしソフィアは常の鉄面皮を浮かべたまま、クロエを激励していた手を引っ込めると背中へと回す。
「訓練だけではなく、休息も兵の務めだ。急ぎ身を清めて、食事を摂り、床につけ」
「はっ! 心得ました!」
クロエは勢いよく敬礼すると、ソフィアの命令を遵守するべく浴場へと走って向かった。
残されたソフィアはクロエの背が完全に見えなくなると、庁舎の一階に構える将校専用の執務室へと向かう。
ソフィアが執務室の扉を開けると、中ではソフィアの副官である魔導士、アイレーン・ジシュカが資料の整理をしているところだった。
「ソフィア将軍、ちょうどいいところに。先ほどミハイル総帥から伝令が…」
「あ゛ぁーーーーーっ!! クロエ様可愛すぎるーーーーーっ!!」
扉を閉めた瞬間、凄まじい勢いでその場に転がってジタバタと暴れ出したソフィアに、アイレーンは氷点下の眼差しを向けた。
一方、ソフィアはアイレーンの冷たい視線など気にも留めず、先ほどまでの凛とした表情の面影などひとつもない、ゆるっゆるの蕩けた表情を曝け出している。
「頑張り屋だし、健気だし、クソ真面目だし、何より顔が良い!! 王家の姫様じゃなかったらでっろでろに甘やかして、私無しではいられない淫乱子猫ちゃんにして一生可愛がってやったのに!! クソッッッ!!」
「……」
「あ、ごめんごめん。もちろん私はアイレーンのことも大好きだし、一生可愛がってやるつもりでいるからな♡ だからそう妬かないでくれ♡」
「誰もそんなこと言ってません。それより伝令があるっつってんだろブッ殺すぞこの女ったらしの発情魔人」
無感情に一息で罵倒の言葉を吐いたアイレーンに、ソフィアは慣れているのか「そう怒るな、可愛い顔が台無しだぞ」と軽口をたたく。
アールノート伯爵家の娘といえば、異種姦愛好家のルドヴィカに近親相姦願望持ちのエレクトラなど、性癖に一癖も二癖もある者が多いが、長女であるソフィアもまたごく一般的な女性とは異なる指向の持ち主であった。
そう、ソフィア・アールノートは同性愛者であり、それも女の子とあらば手当たり次第に手を出しまくる生粋の女好きなのだ。
ちなみにソフィアは基本的には“タチ”の方だが、相手次第で“ネコ”の立ち回りもできる、所謂“リバ”タイプの同性愛者である。
「総帥から伝令…嫌な予感しかしないな」
「上官相手にその口ぶりは何です。第一、ミハイル総帥はお父君の親友でいらっしゃるのでしょう」
「だから嫌なんじゃないか! あの見た目でお父様と同い年で、しかも男なんだぞ? 私は初めて総帥に会った時、とっても可愛らしい貴族のお嬢さんだと思って全力で口説きにかかったっていうのに…」
「相手が何であれ初対面の相手をいきなり口説く方が悪いわ」
アイレーンの歯に衣着せぬ正論に、さしものソフィアもバツの悪そうな顔をして、渋々伝令状を読み始める。
が、そこに書かれていた内容をその目で見るなり、それまで三枚目極まりなかったソフィアの表情に一斉に緊張が走った。
「…アイレーン。少し使いを頼まれてくれるか」
「それは構いませんが…。いったいどこへ?」
「ここに書かれているところへ向かってくれ」
ソフィアは伝令状をしまいこむと、執務机の引き出しから一枚の白紙を取り出し、紙面を指で軽くなぞった。
すると次の瞬間、紙面にひとりでに文字が現れ、とある場所の番地を示す。
ソフィアから受け取ったそれを確認したアイレーンは、不可解そうに首を傾げた。
「ここは確か、将軍の妹君の…」
「確かめたいことがある。私のもとへ連れてきてくれ」
「…かしこまりました」
元の毅然とした軍人の顔に戻ったソフィアに、アイレーンは忠実に一礼してから執務室を出た。
残されたソフィアは、自身の上官である魔道軍総帥、ミハイル・ハンネベルクからの伝令状を握りしめ、苦々しい表情を浮かべた。
「…もしやすると、国が傾く事態になるやもしれんな」
未来を憂うソフィアの呟きは、防音魔法の施された執務室の壁に吸い込まれて、そのまま消えていった。
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