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第二十一話 エロトラップダンジョンに迷い込みたい その七

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 エロトラップダンジョンもとい“ラトゥスの地下遺跡”は、遺跡中に仕掛けられていた太古の魔法“言霊術”の魔力源、古代竜メルリヌスの死によってその役目を完全に終えた。
 凡そ千年の時の最中に遺跡の中に迷い込み、そのまま囚われの身となった六十九人の女性のうち六十五人は、メルリヌスが死ぬとその身に施されていた時を止める魔法が解除され、一瞬にして白骨死体へと変貌した。
 遺跡の探索を成し遂げられなかった女たちは死ぬまで犯されるどころか、死すらも許されず犯され続けていたのだと悟り、さすがのルドヴィカも肝が冷える思いであった。


「ほ…本当にありがとうございます、ルドヴィカ様にモードさん…! おふたりのおかげで、一緒に探索に入った他の3人とまた会えることができました…! び、びえええん!」
「キアラ、アールノート家のお方の前でそんな風に泣くのは失礼よ」
「でも…まさかこの遺跡がこんなに恐ろしいところだったなんて…。あのまま遺跡に囚われ続けていたとしたら、わたしたちはどうなっていたか…」
「改めて、本当にありがとうございました。ルドヴィカ様とモードさん、それからエレクトラ様は命の恩人です」
「…はあ……」


 無論、悪い結果ばかりではない。
 生き残った四人の女性のひとりは他ならぬエレクトラであるが、残りの三人はキアラと一緒に遺跡の探索に入った行方不明の魔導士であることが判明した。
 それぞれ名をマーニ、オレーシャ、フェリアという三人の魔導士に再会したキアラは泣きながら喜び、3人もまた涙ながらにルドヴィカたちにお礼を言った(それに対してのルドヴィカの対応が塩対応どころではなかったのは別の話である)。
 即ち当初の目的のひとつである“行方不明の魔導士の捜索”は、見事に達成できたのである。


「……」
「…あのー…姉様…。わたしたちそろそろ帰りたいんですけど…」
「……」
(返事がないただの屍のようだ…)


 にも関わらず、調査隊のリーダーであるエレクトラは気が晴れないどころか、今にも死んでしまいそうな真っ青な顔のまま、遺跡の中に閉じこもっていた。
 それも仕方がない、魔法にかかっていたとはいえ、ただ自動的に女を犯すよう仕掛けられた人形に処女を散らしてしまったのだ。
 更にはあろうことかその人形を最愛の父親だと勘違いしきっていたともなれば、彼女が心に深い傷を負うのは当然だった。


「こんなの…末代までの恥だわ…。誇り高きアールノート伯爵家の血を継ぎ、この世で最も尊い存在であるお父様の娘ともあろうこのエレクトラが、あのような人形に純潔を奪われるなんて…」
「あの小娘で末代までの恥ならば、魔物と毎晩のように盛っているぬしなどは恥の塊であるな」
「まあそれは自認してるけど…。ね、姉様、仕方ないじゃないですか。姉様は魔法にかかってたわけですし…」


 ルドヴィカが慣れない慰めをしてみるものの、エレクトラの表情は曇る一方で立ち直りの気配すらない。
 実の姉ながらに対応がめんどくさくなったルドヴィカが途方に暮れていると、先ほど同族を手にかけたばかりのモード(今は人間形態)が大きなため息を吐きながら、その場に蹲って床にへの字を書いているエレクトラの背中を蹴り上げた。


「いたっ…!? な、なにするんですの!?」
「いつまでもそのようにしておるつもりだ、うじうじと見苦しい」
「あ…あなたにはわかりませんわよ。お父様以外の誰にも捧げるつもりのなかった純潔を奪われて、絶望のどん底にいるわたくしの気持ちなど…」


 小さなモードに見下ろされながら、すっかり不貞腐れたエレクトラがぷいっとそっぽを向く。
 するとモードはエレクトラの真隣に立ち、どこか遠くを見つめながらぽつりと語った。


「儂とて転生前は同種の雄に無理やり操を奪われたわ」
「え…!?」
「竜の雄は転生ができぬ、故に死に際の雄は子孫を残すことに躍起になる。老いた雄が若き雌竜を犯すことなど、竜種にはよくある話ぞ」
「…あなたはその時、どう感じましたの?」
「よくある話ゆえ、その時は何も思わなんだがな…。その数百年後にリントヴルムと出逢って、あやつに心奪われてからは…忌まわしき過去以外の何物でもなかったわ」


 唇を噛みしめながら転生前の出来事を語るモードに、エレクトラは素直に耳を傾けている。
 一方ルドヴィカは、モードが自分の過去を他ならぬエレクトラに語っていることに驚きつつも、不謹慎にも「さすがに疲れたからはよ帰りたい」などということを考えていた。


「だがな…リントヴルムと契る前に潔い身ではないことを告げると、あやつは『俺が上書きしてやる』『俺以外の男のことなんて忘れさせてやる』と言うてきてのう…♡ はじめてあやつに抱かれた夜はいまだに忘れられぬわ…♡」
「ま、まあ…! わたくしたちの始祖たるお方が、そんな素敵な台詞を…!」
「本当に愛した男に抱かれると、それまでに通り過ぎた雑魚どもの粗末な逸物などは塵芥のように感じられるものよ…♡ 故に今が絶望の底であるなどとはゆめゆめ思うでないわ」
(モード…さては姉様を励ますと見せかけて惚気たかっただけなんじゃ…)


 ルドヴィカがそう邪推したのに対し、モードの惚気もとい経験談はエレクトラの琴線には触れたらしく、完全に元通りとはいかないながらも少しだけ元気を取り戻したようだった。
 元の調子に戻ったら戻ったで扱いがめんどくさいことには変わりないが、ルドヴィカはひとまずほっと胸を撫でおろす。


「とりあえず一旦、近くの街に戻って身体を休めましょう。王都のお父様のもとへ報告に行くのはその後でもいいと思います」
「…そうですわね。一刻も早くお風呂に入って、お父様以外の者に触れられたこの身体を洗い流したい…」


 開き直ったのか、はたまた疲労のあまり取り繕うことを忘れているのか、父親への愛慕を隠しもしないエレクトラを連れて遺跡を出ることで、ようやくルドヴィカ一行はエロトラップダンジョンの探索を終えたのであった。



 * * *



 ルドヴィカたちが近くの街に構える古代魔法研究所(キアラたちの本拠地)へと戻ったのは、仄蒼い空に太陽が顔を出し始める明け方頃だった。
 遺跡に入ったのが前の日の午前中であったことを考えると、ほぼ丸一日遺跡の中でエロトラップに苛まれていたことになる。
 ルドヴィカたちは研究所の魔導士にキアラたちの無事を報告した後、簡単な食事と入浴を済ませると、本格的な休息に入る前に遺跡での出来事を整理することにした。


「あの古代竜の言うことが真実であるならば、あの遺跡を作ったのはグイベル・ジーンという魔導士ということになりますわね」


 格段に落ち着きを取り戻したエレクトラが口にした名前に、モードの赤い瞳が鋭く光る。
 モードの同族である古代竜メルリヌスを利用し、瀕死寸前に至るまで魔力を搾取し続けた男の名前ともなれば、誇り高い竜種のモードが激昂するのも当然であった。
 ちなみにルドヴィカはというと、自分が大いに楽しんでいたエロトラップダンジョンが古代竜1匹の犠牲により成り立っていたことを突き付けられ、不遜にも「エロにそこまで重い設定求めてないんだけど」などと考えていた。


「グイベル・ジーン…。ぬしらはその名を知っているのか」
「わたくしの知る限りでは、そのような名の魔導士がこのローゼリアにいたという記録は残っていませんわ。ルドヴィカはどうかしら?」
「えっと…わたしも聞いたことないです、ハイ」
「ただ諸々の話から察するに…。あの古代竜が遺跡に囚われた時期と、転生前のあなたが生きていた時代はそう大きな差異はないと思われますわ。ともなればグイベル・ジーンが生きていたのは、ローゼリアの建国よりも更に前の時代と考えるのが妥当でしょう。記録に残っていないだけという可能性は十分にあり得ます」
「どちらにせよ、グイベル・ジーン本人は既に死んでいると見て間違いないな。この牙を立てる相手が存在せぬことが腹立たしくてならん」


 よほど同族が受けた屈辱を許せないのか、モードは犬歯をギリギリと噛みしめながら怒りを抑えている。
 復讐しようにも復讐する相手が生きていないともなれば、どれだけ強大な力を持っていたとしてもどうすることもできない。


(…グイベル・ジーン。あのダンジョンを作ったってことは、多分わたしと同じ転生者…。いったいどんな奴だったのかしら…)


 あの遺跡に仕掛けられたトラップには、凡そこのファンタジーな世界観にはそぐわない機械系トラップの類が多く含まれていた。
 そして何より、遺跡に迷い込んだ者に付与される“HP”や“MP”といったRPG色の濃い言葉の数々。
 これら全てを己の想像だけで賄ったとは到底思えず、製作者たるグイベル・ジーンが何かしらのエロ漫画やらアダルトビデオなどから影響を受けたことが伺える。
 グイベル・ジーンはルドヴィカと同じように、前の世からそれらの知識を持ちこしてこの世に転生を遂げたのだろう。


(そしてわたしと同じように魔道の才能をもって生まれ、実行できると踏んだからあのダンジョンを作った。そのために古代竜メルリヌスをあんな風に閉じ込めるのは、いくらなんでも異常だとは思うけど…)


 本来であれば山をも踏みつぶす巨体を誇っていただろうに、掌に収まってしまいそうなほど小さくなってしまった死に際のメルリヌスのことを想うと、たかが己の性癖のためにそこまでするグイベル・ジーンは異常であるとはっきり言える。
 だが思えばルドヴィカも、その殆どが人に危害を加えるからと討伐以来を出されていたとはいえ、己が性癖のために数々の魔物を利用しては時に殺害しているのだから、とても偉そうなことは言えなかった。


「何はともあれ、遺跡に仕掛けられていた魔法が解除されて格段に調査がしやすくなったことですし、近いうちに更なる事実を掴むことも可能でしょう。一刻も早く王都のお父様へ報告に帰って、調査隊を再編せねばなりませんわ」
「メルリヌスのことがある以上、儂も無関係とは言えぬ。事の次第によっては協力してやらなくもないぞ」
「…少し癪ですけど、あの遺跡が作られた年代を考えればあなたの知識が必須なことは認めざるを得ません。ルドヴィカ、モードを少し借りますわよ」
「あ…はい」


 ルドヴィカが己とグイベル・ジーンの共通点について考えていると、話がいつの間にか進んでいたようで、エレクトラがモードを連れて明日にでも王都へ帰還することに決まったようだ。
 ルドヴィカには父ヴェイグへの報告の義務は無いので、このままスレミーとパー子の待つ自身の活動拠点へ帰るのみである。
 だがその前にあることを思いついたルドヴィカは、この中で一番確実な答えを持っていそうなモードにある相談をすることにした。


「…ねえモード」
「なんじゃ?」
「その…魔物って、なにを貰うと嬉しいのかな?」
「はぁ?」
「いやその…。スレミーとパー子にお土産を持って帰ろうかなと思って…」


 思いつきを言葉にするうちになんだか恥ずかしくなってきて、ルドヴィカは照れ隠しをするようにむくれてそっぽを向いた。
 今までに数々の魔物を手にかけてきた事実は変わらないし、これからも討伐ついでの異種姦プレイをするのはやめられない。
 だがせめて使い魔であるスレミーと、自分のせいで番を失ったパー子にくらいは、できることをしてやりたいと心から思ったのだ。
 そんなルドヴィカの心境の変化に驚いたのか、モードは珍しいものを見るような目でルドヴィカを見上げた。


「ただの色情狂だとばかり思うておったが、さすがのぬしにも情のひとつやふたつはあるようだな」
「う、うるさいわね。たまには自分の使い魔を労ったっていいでしょ」
「ふん…魔物は高純度の魔力を好む。ぬしの魔力から生成した魔力結晶でもくれてやれば飛び跳ねて喜ぶであろ」
「それじゃあいつもと変わらないじゃないのよ。手間がかからなくていいけど…」


 ルドヴィカは呆れたように溜息を吐きつつも、ぷるんぷるんと飛び跳ねるスレミーと、いつも通りゆらゆらと蠢くパー子の姿を想像して、小さく笑みが零れたのだった。
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