君に会える夜のこと

朝賀 悠月

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君を想う

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「……勝手だよな、ほんとお前って」
「なに? 急に」
「独りで抱え込んでさ、俺のこと置いてってさ」
「またその話かぁ」

 俯きながら足を前後に揺らして、君は唇を尖らせる。

「なあ、俺……隼斗のこと本気で好きだったよ」
「うん」
「俺、お前のことちゃんと護りたかった」

 この思いを伝えられるのも今日で最後かと思うと、どうにもる瀬無い気持ちになる。

 明日になれば、この古びた木造校舎も取り壊される。

 毎年来ていた思い出の場所。
 君と繋がれていた唯一の場所が、明日にはもう無くなってしまうんだ。


 当初の予定では歴史的建造物として残しておくべきとの意見が多かったらしいが、事件があってから数年後に、その話は立ち消えとなって、早急に取り壊すべきとの声に変わった。
 村としてもその方向で行こうと、話は纏まっていたらしい。

 しかし、その方針を多くの若者が真っ向から覆しにかかった。

 それを聞きつけた当時の俺と隼斗の同級生たちから、じゃあせめて隼斗の十三回忌が過ぎたらにしてくれとの話が持ち上がって、今日まで先延ばしになったのだそうだ。

 この田舎に残って暮らしている奴らが、署名運動までして村の方針を変えた。

 そのことを俺は、隼斗の三回忌で帰って来た時に、隼斗の母親から知らされた。

 きっと皆も、社会に出て広い世界を見たことで、心が変わる何かに出会ったのかもしれない。
 物の見かたや考え方がガラリと変わるような、何かに。


「隼斗。俺、お前との約束守ってるよ。ちゃんと生きてるし、幸せにもなってる」
「うん」
「俺さ……今、付き合ってるやつがいるんだ。会社の同僚なんだけど……良いやつだよ。明るくてさ、心が広くてさ、お前のことも話してるんだ、ちゃんと」
「……うん、知ってる」

 目を合わせられずに俯いたまま話したら、落ち着き払った優しい声が、頭の上から降って来た。
 驚いた俺が顔を上げるとそこには、声色と同様に優しく微笑む君の姿。

「……向こうに戻ったら、式を……挙げようと思ってるんだ」
「知ってるよ、おめでとう」
「お互いの家族と、俺たちの関係を知ってる人を招待して、まあ……形だけ、なんだけどさ」
「うん」
「ちゃんと指輪も二人で選んで買ったし、今はさ、パートナーシップ協定ってのがあるんだ、だから……」

 言葉を紡げば紡ぐほど、それを君と叶えられなかった、叶えたかったと心が叫んで、苦しくなる。
 喉が詰まり、涙で視界がぼやけて、俺は君を見ることが出来ずに背中を丸めて蹲るしか出来なくなった。

「……隼斗ぉ……お前なんで、いないんだよ……っ」
「健司……」
「なあ、俺お前のこと、忘れなくていい?」
「ダメだよ。もう会えないんだから、忘れてよ」
「無理だよ……ムリっ」
「健司。僕はちゃんと、健司のこと見守ってるから。だからこれからは、彼だけを見て、ちゃんと幸せにしてあげて。ね?」
「……っ……俺は、お前を幸せにしたかった」
「僕は充分幸せだったよ」
「……っ、ずりぃ」

 校舎を照らしていた月が、ゆっくりと山に沈んでいき、隼斗を隠していく。
 俺がハッとして顔を上げた時には、隼斗はもう、暗闇の中に溶けてしまいそうだった。

「隼斗、っ」
「幸せだったよ。本当に僕は、健司といられて幸せだった」
「待って隼斗!」
「毎年会いに来てくれて、嬉しかった」
「はやと、ッ!」
「ありがと、健司……」

 透けた隼斗の指が、俺の頬を撫でる。

「ばいばい、健司。大好きだから、ずっと……」

 そうして、月は完全に沈み切り、君は闇夜に消えていった。
 最後に、俺の大好きな笑顔を残したまま。

「……っ……俺も、ちゃんと幸せだったよ。隼斗に出会えて、幸せだった」

 止めどなく溢れては流れていく涙をそのままに、君が座っていた所を撫でる。
 有り得ないはずなのに、何故だかそこに、温もりを感じた。

「ありがとう……っ、ありがとう隼斗」

 やがて太陽が巡り来て、外の景色が徐々に明るくなり始める。
 俺は、窓から射し込む朝焼けのおかげで見えてきた教室の床板に残る黒の染みに、しゃがみ込んでそっと触れた。


 もう、前を向かなきゃいけない。

 君から与えられた新たな約束を、果たすために。

 それでも、やっぱり俺は、いつでも思い出してしまうんだろう。

 月明かりの下で微笑む、無邪気な君の姿を。




     【END】
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