チョコよりも甘い恋

朝賀 悠月

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戸山と星崎と、北野

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「結構可愛い子だったじゃん」
「そう、だね」

 戸山と北野は、丘の動物公園を目指して歩いていた。
 北野は、度々他校の生徒から告白されることがある。それは女子に限らず、男子からもこっそりと。
 モデルとしてスカウトされる前にも何度かあったが、数ヵ月前にメディアの仕事を始めてから、その頻度は増していった。
 何故他校ばかりなのかといえば、それは毎日要塞を作り上げる取り巻きたちが、鉄壁の守りで告白させない雰囲気を作り出しているからに他ならなかった。

「戸山は、あーゆう子好き?」
「えっ俺?」

 丘に向かう斜面を並んで歩きながら、二人の会話は必然的に、先程からの流れになった。
 それを切り出したのは戸山からだったが、それ故に北野は戸山がどういうタイプの女の子が好きなのかと、つい気になってしまう。
 それを切り出すということは、先程自分に告白してきたような、ふわっとしたミディアムヘアーを二つに束ねた小柄で可愛らしい雰囲気の子が好きなのだろうか。タイプだったのだろうか。寧ろ戸山は、今までそういう可愛らしい女子とばかりお付き合いをしてきたのかもしれないなどと。
 自分で聞いておきながら、自分の脳内で想像して出した回答に、北野の胸はシクリと痛む。
 しかし、戸山の口から発せられた回答は、北野の痛みを救うものだった。

「んー、いや別に。つうか俺、好きとかよくわかんないんだよね」

 さすがにこの答えは、想像していなかった。

「え、誰かを好きになったこととかないの?」
「うん、ない」
「じゃあ付き合ったこととかも……」
「ないよ!てゆうか好きじゃないのに付き合うとか、あんの?」

 可笑しなこと言うなぁ、といった様子で戸山が小さく息を洩らして笑う。
 北野は、心底不思議に思った。
 戸山は決して顔が悪い訳じゃなく、寧ろイケメンだと持て囃されそうな容姿なのに、恋も愛も知らないなんて、と。

「なんで、なのかな。戸山、モテそうなのに」
「そうかあ?」

 当の本人にはまるで自覚なし。寧ろ北野の言葉を冗談半分に受け止め、首を傾げて苦笑するほどだった。

「んー。なんか、興味が湧かないんだよね。女の子とか、恋愛とか?趣味に没頭してる時間が幸せだから、そーゆうのいっかなって」
「そうなんだ。趣味って、写真?」
「うん。とか、星を見るのが好きだから、プラネタリウム観に行ったり、あと江戸の歴史散策とかかな」
「プラネタリウム、僕も好きだよ」
「えっ!マジで?!」
「うん。あっ、じゃあ浅草とか好き?」
「おう好き好き!大好き!」
「一緒だ。僕も好き」

 思わぬ会話で共通点を見つけられたことで、距離がグッと縮まったような気がして二人は嬉しくなった。
 戸山にしてみれば、こんなに趣味が合うのは星崎だけだったし、北野と会話の幅を広げられたことが、何よりも嬉しくて。
 そういえば “星空なび ”のインタビューにもプラネタリウムが好きだって書いてあったと、あの熱の籠った記事を思い返して戸山は口元を綻ばせる。

「ん?なに?」
「いや……」
「なんだよー」
「なんでもねーって」

 あの時、あの河川敷で、仲良くなれそうだと思ったことは間違いじゃなかったなと、戸山は胸の奥が熱くなったのを感じた。

 丘の動物公園の入り口に辿り着き、腕時計を見てみると閉園までは約三十分。
 取り敢えず看板で園内の地図を確認して、行きたい場所まで急いだ。

「ごめん!今日は俺の撮りたいとこ行っていい?」
「いいよ」
「ライオン行って、キリン行って、タヌキね!」
「タヌキ?!」
「そう、タヌキ!ああー、坂きっつ!!」

 幸いにも閉園近くで来ている人も少なかったので、戸山と北野は園内の坂になっている通路を登ったり下ったりして走り抜けながら、目的地まで向かった。
 公園の奥にいるライオンは家族でいて、寝転がる親ライオンのそばで3頭の子ライオンが無邪気に駆けて戯れあっていた。
 檻の前に行くと、カメラを構えた戸山の表情は急に一変し、レンズの向こうのライオンに熱い視線を送りながら、真剣にシャッターを切り始める。周囲の音などは一切遮断して、対象となるものに集中して。
 今、自分がこの目で見ている戸山は、自分の知っている戸山じゃない。いつも教室で見ていた戸山は、真面目だけど面白くて、どこか抜けててふんわりした雰囲気で……
 こんな、キリッとした鋭い表情を、北野は見たことがなかった。
 モデルという仕事をしているせいなのか、どうしても被写体としての目線で考えてしまう。
 戸山のあの鋭く熱い視線で、ファインダー越しに見詰められたら……
 そう考えただけで、北野は何故だか全身の毛穴から熱を放って震えるような感覚に陥った。

「北野、行こう。次キリンさんね!」

 キリン、さん……

 これが所謂『ギャップ萌え』というやつなのかと、北野は初めて実感した。
 先を急いで走り出した戸山を後ろから追うようにして、北野は走り出す。
 二月特有の頬を突き刺すような寒ささえも心地好く思えてしまうほど、北野は走っていく戸山を追い掛ける行為そのものが、楽しくなっていた。
 追い付けば、キリンの写真は撮り終わっており、戸山は息を切らす北野を労って笑いかけながら背中を擦ってやる。
 そして最後は二人でタヌキのいる檻まで軽く走ってなんとか時間までに撮影を終えられたところで閉園の時間となり、公園を一番最後に出た二人を係りの人が見送って、重たく頑丈な鉄の門を閉めた。
 その音を背中で聞いた瞬間、戸山と北野は我に返ったようにお互いの顔を見合わせて、吹き出すように笑い合う。

「はあー、すげぇ強行突破!」
「あははっ!ほんと、ヤバイね。めちゃくちゃ楽しかった!」

 公園の解放された広場を歩きながら、戸山は隣で笑う北野にふと目を向ける。
 すると、夕方の薄暗くなる景色の中で広場を照らす街灯が、北野の端正な顔が無邪気に笑う姿を優しく映し出していた。
 戸山はその秀麗な光景に思わずハッと息を飲むと、立ち止まって無意識に、シャッターを切っていた。

「……戸山?」

 振り返って、もう一枚。
 今度は、甘く柔らかな表情で微笑む北野の姿を捉えることが出来た。

「あ、今撮った?」
「とっ撮ってない!」
「ウソだ、撮ったでしょ。見せてよ」
「やだ。つか撮ってねぇって!」
「見せろこらー」
「やーめぇろ!ってえ、うはは!」

 北野が戸山のもとへ戻ってきて、カメラに両手を伸ばす。
 大事なカメラを壊さないようにそれを胸に抱え込んだら、北野は戸山を後ろからホールドして脇腹を擽り、片手を伸ばしてカメラを取ろうと試みる。それでもなかなか離さない戸山を片腕でさらに引き寄せて前に顔を覗かせたら、振り向いた戸山と、北野の顔の距離は測れないほど近くにあった。
 二人は驚き、思わず飛び跳ねるようにして距離を置くと、互いの方を見られずに離れた所から声を掛け合う。

「あ、っと……ご、ごめん」
「いや!あの、うん……なんか……俺もごめん」

 なんだこれ。
 鼓動が速すぎて、呼吸が上手くできない。
 顔が熱くて、眩暈もする。
 胸を強く押さえても、キュゥッとなる締め付けが止まない。
 北野の顔も上手く見られなくて……
 なんだ?どうしちゃったんだ、俺!

 戸山は、今この時間が薄暗くて良かったと、心の底から思った。
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