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カフェをめぐる物語(1)

お化粧をして。

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バイト募集についての考えがまとまらないまま、一週間が過ぎた。
だんだん春休みが近づいてくる。お店の方は相変わらず忙しい。

春樹さんとの約束の日を、カレンダーに○の印をつけて、その日の厨房はイズミさんにお願いすることになっていた。その〇を見るたびにひとりでひっそりとドキドキしている。


「マキノちゃん。もうすぐXデーですよ。Xじゃないか。Oだね。」

「はうい・・?」

「美容室は行かないの?」

「はぅう?!」

そう言えば、お盆に万里子姉にカットしてもらって以来、伸ばしっぱなしだ。

それに、スーツとジーンズとバイクウェアしか持っていないとは、どんな女子力の低さか。

「まぁ、相手も春ちゃんだから気負うこともなし、そのままでもマキノちゃんらしいから、いいとは思うよ。でも、自分の買い物も永らく行ってないでしょう?土日は忙しいし、四月になるともっと忙しくなるだろうから、出かけるならお平日でお願いしたいのよ。留守を預かるこちらの身としては、子どもが学校に行っている間の方が望ましいです。」

「はい・・」

「それはすなわち、今日のことですよ。」

「はひ・・・。」


午前中お店の用事が多かったのでぐずぐずしていたが、早く行かないときりがないよと、イズミさんに店を追い出されてしまった。

車で40分でK市のショッピングモールまで行って、そこでカットをして買い物もしてしまうことにした。


店内の案内図を確認してから、まっすぐに美容室へ行こうと通路を歩いていると、お化粧品のコーナーの美容部員さんと目が合った。・・メイクを教えてもらおうかな・・と思いついた。OLだった頃は毎日きちんとお化粧したのに、最近は全然だ。

化粧品のメーカーから出向して来ていたお姉さんが基礎の基礎からやってくれることになった。慣れた手つきでファンデーションを顔になじませていく。

「どんな感じがお好みかしら?ガーリーとか、理知的とか。ティーンっぽくもできるし。今年はチークをこのへんにスーッと入れるのが今風なんだけど・・。」

「いえ、ピンクはあまり・・。できればもう少し落ち着いた感じで・・。」

「あらそう?お若く見えるけど、おいくつなのかしら? 26歳?まぁ若く見えるね。じゃあね・・こちらの色のほうがおとなしいかな?」

お姉さんはきれいなオレンジ色のルージュの見本を自分の手の甲に伸ばして見せた。

「いいですね。」

「腕がなるわ。任せてね。」

ベージュのアイシャドウをのせて、眉を少しカットしてブロウで整え、口紅はさっき見せてくれたオレンジ。ビューラーでまつ毛をあげて、マスカラで伸ばす。・・上手だなぁ。自分でするとまぶたを挟んじゃいそう。こんなに丁寧にできないわぁ。


自分が思っている自分よりも、少し大人で上品っぽくて女の子らしい自分が、鏡の中にいた。

鏡の中の自分の後ろに立っているお姉さんから、保湿には気を付けたほうがいいよと言われて、マキノは、メイクのお礼を言ってから乳液とそのオレンジの口紅を買った。


顔が整ったあとに、美容室でボサッとなった頭をすっきりさせてもらった。ここの鏡にもさっきのおすましの自分が座っている。ワックスで毛先を少し遊ばせるとぐっとおしゃれに見えますよと言われて、ワックスも買った。

後頭部はもう、さわっても痛くはない。

髪の毛を、少し伸ばしてみたいと思った。

何のためなのか、誰の為なのか、・・こんなにワクワクしている自分がおかしい。


顔と髪を整えて、ショッピングモールを歩くと、あちこちのショーウインドーに、いつもより少しきれいな自分が歩いている。それもまた嬉しかった。


その勢いで、服も見て回ったが、ショートカットのせいなのか、少しだけ女の子らしくなりたいという余分な期待がからまわりして、イメージに合うものが見つからない。結局いつもと変わり映えのしないジーンズと白いセーターを買い、せめて一つぐらい明るい色の物を・・と思って、赤いマフラーを買った。



買い物がうまく言ったように思えなくて、しおしおとお店に戻ってきたら、お店には団体さんが来てものすごくバタバタしていて、何故か厨房で男の子が働いていた。


イズミさんがマキノの顔を見て「助かったー。」と叫んだ。

「この子は・・・花矢倉の新人君?」

「マキノちゃんの知り合いだって言ったから。花矢倉の板場にいるんでしょう?背に腹は代えられなくて信用しちゃったんだけど・・。」

少々腑に落ちないが、自分もそのとおり背に腹は代えられないと思ってそのまま厨房へと入った。

「イズミさんはお座敷のほう、お願いします。」

マキノはガサガサと荷物をその辺の棚に押し込み、カフェエプロンを腰にぐるっと巻きつけてきゅっと縛った。

「お待たせ。」

男の子は、カツサンドのキャベツを千切りしながら、マグネットではさんである伝票を指さした。

「今やってる注文は、これとこれとこれ。」

マキノは、手を洗いながら質問を飛ばす。

「名前は?」

「ゆう。遊ぶって書く。」

「年は?」

「十八。」

「免許は?」

「中型二輪。」

「ほぅ。」

油にカツが入ると、ジュワンと泡がふき出した。

大きな山形の食パンをサクサクと切ってマーガリンを塗る。

「カツサンドは、さっきイズミさんに習ったんだ。」

「じゃあ、私はピラフね。んー。いろいろ切ってストックしてた野菜がなくなってるね。」

冷蔵庫をパタンパタンと開け閉めしては食材の確認をして調理台に並べる。

まな板が二つ並ぶと調理台が使いにくくなる。

マキノは流し台の上に布巾を置いてすべらないようにして包丁を動かす。

深型のフライパンににバターを落して、ジャーの中を見るとごはんが残りわずかだった。ランチなら、あと一人分ぐらいしかない。

「ハンバーグの作り置きもなくなったよ。」

「すごいね今日・・何があったの?」

「ハイキングの御一行様が通って、変な時間にランチの注文があったんだ。」

「へえ・・だから平日なのにこんなにお客さんが・・。」

にんじんとたまねぎをバターが溶けたフライパンに入れる。ジャーン・・と油がはねた。

ピーマン・コーン・むきエビ。チャンチャンチャン。手早く炒めていく。

「カツサンドとピラフあがりましたー。」

「はーい。3番ミルクティー追加!マキノちゃん、ものすごくかわいいよ!」

「ありがとうございますっ!」

「もうすぐ、春ね。」

「ぶっ・・もうそれ、禁句!!季節のこと言ったら罰金!!」

「あははは。食後のコーヒーもお願いねー。」

「はーい。」



夕方6時には、注文も静かになり、落ち着いてきた。

今座っているお客様の分は全部出し終わったので、そろそろ厨房のかたづけを始めてもいいだろう。

一日無理をお願いしていたイズミさんは、予想外の忙しさにいつもより遅くまで残ってくれたが、さすがにタイムリミットらしく「ごめんねー。」と言いながら帰って行った。


これで一段落・・と、マキノは、ようやく遊のほうに向きなおった。


「・・さて。遊君、さんざん使っといてアレだけど、君は、なんなのかな?」


マキノは遊に、厨房の隅にあるテーブルに座るようにイスを勧めた。



「・・あの。あんまり大変そうだったし、勢いで。」
「でも遊君。・・私たちは知り合いってほどじゃ、ないよねぇ。」
「・・はぁ・・。」
「こんな時間に、花矢倉に帰らなくていいの?」
「ええと・・・実は今日オヤジに怒られて・・そのまま帰ってなくて。」
「ダメじゃん。」
「・・・。」
「ここにいるって知ってるの?」
「いや・・。」
「そう。じゃあ・・電話するよ?」
「えっ、ちょっとまって・・。」
「心配されてるでしょ。遊君の電話は?」
「電源切ってある。」
「ばかねぇ・・・あ、実家に帰りたいの?」
「違うよ。」
「あっそう・・・」
マキノは一度自分のスマートフォンを手に取ったが、またポケットにしまった。

「今日は助かったから、夕ご飯をご馳走してあげるよ。その後で電話して、花矢倉まで送って行くね。」
「・・・。」
「ああ。おなか減った。なーにたべよーっかな。」
マキノは黙り込んでしまった遊をそのまま放置して、厨房で冷蔵庫をあさりはじめた。

大きめの鍋に水をたっぷり沸かして・・と。
ポークは庖丁の背で叩いてすじ切りして、大き目に切り分け塩こしょう。セロリは筋をとって乱切り。缶詰のパイナップルは4分の1に切る。フライパンでお肉の表面を焼いて、セロリとガーリックを炒めて缶詰のシロップと調理量を入れてフタをして煮込む。
これホントはロースじゃなくてスペアリブでするとおいしいんだけど。

お湯が沸いたら、パスタを2人前ばらっと広げて入れる。
その間にオリーブオイルで玉ねぎを炒め、その後湯むきしたトマトと冷凍庫に残っていた中途半端なイカをさっと炒めて白ワインに風味づけ。ゆであがったパスタと和える。
パスタをお皿に盛りつけて、乾燥パセリをぱっとふる。
ポークとセロリのパイン煮は2人分を一つの皿に移してとんとテーブルに置いた。

マキノは、フォークを渡しながら訊いた。
「パルメザンいる?」
「・・・。」
「先に食べようか。」
遊の様子は気にせず、マキノは先に食べ始めた。
遊は、しばらくマキノが食べるのを見ていたが、おずおずと自分もパスタを食べ始めた。
そして小さな声で「おいしいね。」とつぶやいた。

「ここまでは、どうやって来たの?」
「花矢倉の友達・・カズに乗せてもらって、前の時みたいに休憩のときに来た。」
「なんで、うちだったのかしら?」
「さあ・・」
「今日は助かったから、まぁいいや。とにかく板長さんとお話しして、すじを通しなさいよ。」
「・・・・。」
「辞めたいの?一年間お世話になったんでしょう?やめるならやめるで挨拶しないとダメだし。続けるなら、なおさら勝手に出てきたことを謝らないと。何か他に問題があるんなら、やっぱりはっきり言わないとね。」

黙っている遊に、マキノは一方的にしゃべり続けた。
「とにかく花矢倉に電話するよ。あ、遊の上の名前は?」
「立原」
「うむ。」
マキノはまず花矢倉の女将さんに電話をして、自分が連れて戻ると言うことを伝えた。
遊は、しぶしぶ車に乗り込んで、御芳山へと向かった。


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