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カフェ開業へ

プレ・オープン

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「あのね。看板になりそうな板をもらってあるんだ。」
「看板ですか?」
「お店の名前教えてくれたら、俺が作ってもいいなって思って。マキノさんがデザインするなら、そのように加工するし。とくに決まってないなら、俺が下書きをしてそれを見てもらってから、作る。」
「わあ。ありがとうございます。じゃあ下書きは達彦さんにお願いしたいです。」
「うん。・・お店の名前は、決まってるの?」
「はい。」
「えっ、決まってたの?」
「はぃ・・。」
「今まで教えてくれなかったじゃない。」
マキノの少し控え目な「はぃ」の返事に、イズミさんが不思議そうな顔をした。

「恥ずかしかったんですよ・・。」
これがいいと思った。絶対これだと思って決めたのに、人に言うのは何故か本当に恥ずかしい。
「・・・ひとやすみ、っていう意味で、るぽっていうんです。かふぇ・る・るぽ。」
「へ~・・・。」
一同反応がいまいちだ。・・・何なのか、わかんないもんなぁ。

「由来ってほどでもないけど、名前の意味、お話ししましょうか?」
「うん。聞きたい。」
今度は春樹さんが向こうの方から言った。
「これ、フランス語なんですよ。英語だと、なんだかニュアンスがしっくりこなくて。フランス語も習っていないから、意味がピッタリかどうかは実は不明なんですけど、でももうこの『ル・ルポ』っていう音が気に入っちゃったから。


私、学生時代に一人暮らししてて・・同じサークルやゼミの友達がことあるごとに私の部屋に遊びに来てたんです。
私、子どものころからお料理するのは好きだったんですけど、集まった友達が私の作ったものを食べて、おいしいねーすごいねーって言ってくれるから、得意になってたんですね。私も自分からもおいでおいでって言うからだと思いますけど、そのうち私の部屋がたまり場みたいになっちゃってました。
みんなで集まって、面白おかしくおしゃべりして、毎日が楽しかったりするんですけど、何年かそ子で暮らしてると日常って楽しい事ばかりじゃなくて、誰でも時々弱ることがあるじゃないですか。
私の友達にホームシックにかかった子がいたんですよね。失恋した子もいたし。試験に失敗したり、レポートや卒論で行き詰ったり、人間関係で悩んだり。思い出すときりがないけど、そういう時にうちに来て、コタツに入って、コーヒー飲んで、寝転がったりして、「ここは落ち着く」って、勝手に言うんです。
わたし、お母さんみたいって同い年の友達から言われて・・でも自分もそれ、結構気に入ってました。私って、弱ってる人が本音を出しやすいのかなって。
皆さんも、今、自分が置かれてる日常を忘れる場所って、欲しくないですか?
みんな、何かしら抱えてるなぁって常々思ってたから、私がホッと一息つける場所になれたらいいなって思って、この単語を選んだんです。」

マキノの説明はそれで終わりだったが、大人達はなんとも言えない顔で黙っていた。
「ご清聴ありがとうございました。・・・えっと、変ですか?」
「ううん・・。わかるよ。」
「なんかマキノちゃんにぴったり。」
「その話聞くと、名前がしっくりくるね。」
「これから一緒にがんばらせてね。手伝うから。」
「はい。ありがとうございます。」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



クリスマス会に誘ってもらった2日後に、イズミさんファミリーと春樹さんを試食会に招待した。
山本モータースさん夫妻や、設計をしてくれた郁美さん、ポムドテール夫妻と花矢倉の女将さんや板長さんも招待したくて声を掛けたが、年末の急な話だったからか辞退されて、思っていたより規模は小さくなった。
しかし、マキノは自分の中では、これをオープンの予行のように考えていた。
今回来れなかった皆さんには、お店が始まって来店していただいた時にお礼をするとして、気心の知れた慣れた顔ぶれだけになって、マキノは内心ホッとしていた。

予定していた時間が近づくと、机にランチョンマットを敷いて、洋風のカトラリーとお箸を並べた。人数は多くないが、一人で全部の給仕をするのは大変だから、先に出しておける前菜とサラダはあらかじめ並べてカバーをかけておく。ドレッシングだけは直前にかけるつもりだ。

「こんばんは~。」
「は~い。」
5人は、そろって6時の少し前に来てくれた。
「ご招待いただいてありがとう。お世話かけて申し訳ないわねぇ。」
「実験台ですから、あまり大きな期待はしないでくださいね。」

子どもたち二人は、ここに来るのは初めてだ。お行儀よく静かに席に着いた。春樹さんはこちらを向いてにっと笑って、子どもたちの横に胡坐をかいた。
「楽しみにしてたの。これどうぞ。お土産。」
「あら、なんだろう。開けてもいいですか?」
イズミさんのお土産は、フルーツがいっぱい載ったタルトだった。
「うわぁ、素敵なタルト。ありがとうございます。」
「この家は、改装する前を知ってるけど、中も外も雰囲気が随分変わったね。」
達彦さんは、招待されたことに照れつつも、家の中を興味深く観察している。
「設計士さんが頑張ってくれたから・・。」

マキノは、最後のイズミさんが席についてから、かぶせてあったカバーをはずして小さめのグラスに注いだスパークリングワインを出した。
「じゃあ始めますね。大人は食前酒。子どもはぶどうのジュース。」
「手が込んでるのね・・全部手作り? 忙しいのにこんなことまでしてくれて・・」
「自分がどれだけできるかの挑戦ですから。申し訳ないけど、味の保証はできませんよ。」

 前菜は、五種盛で大人も子どもも同じメニューだ。アーモンド入りかぼちゃのマッシュ、アボガドとエビのカナッペ、セロリとにんじんのピクルス、カモロース、そしてワカサギのフリッターのマスタードソース。食材はなじみのある物だが正直言って本当に手がかかった。午前中からずっと調理にかかりきってしまった。お店が始まったらこういうこともしてみたいとは思うけど、一人で全部こなすのは無理だろう。

「ゆっくり食べて、感想は正直に言ってくださいね。」
マキノは、温かいきのこのチャウダーを出しながら、これは何これは何、とお料理の説明をした。ここからコースが分かれて、子ども用には,煮込みハンバーグとマッシュポテトとサラダのプレートを出す。ご飯とパンの両方を用意してあったが、子ども達にたずねると,寛菜ちゃんはごはん。菜々ちゃんはパンを所望した。お料理につづいてすぐに出す。

大人の魚料理は,切り身の鯛とハマグリをアクアパッツアに。肉料理は高級感を出したくて、よさげな国産牛肉をローストビーフにして、ボリューミーにスライスした。
「マキノちゃんは食べないの?」
「無理ですよ。サービスしながら食べるのは。」
イズミさんに一緒に食べようと言われて、マキノは笑った。

「これ・・開店してからも、こんなに丁寧なお料理の出し方をするのかしら?」
「開店後ね・・。やりたい気持ちはないこともないけど、季節によって手に入る食材がわからないからメニューが決められないし、これだけをひとりで作るのも無理だし、スタッフの確保と料金と人件費との兼ね合いも難しそうですね。」
「これだけのことするなら、一人前五千円ぐらいもらってもよさそう。」
「いやいや・・そこまでいただくのは烏滸がましいかな・・。」
マキノは、謙遜しつつ、パンや、ドリンクのおかわりをたずねては出した。

デザートまで作れなかったから、アイスクリームとフルーツを出すつもりだったが、お土産に持って来てくれたタルトを一緒にお皿に載せて出した。お料理はこれで終了だ。
「コーヒー淹れましょうか?」
「うん。いただきます。これを自分一人ですると思ったら、気が遠くなるわ。」
「わたしもです。用意しながら気が遠くなりました。次から次へとしなくちゃならない細かい作業が湧いてきて。」
マキノはそう笑いながら大人4人分のコーヒーを淹れた。いい香りが辺りにただよう。

「おなかはいっぱいだけど、甘いものは別腹ね。マキノちゃんのコーヒー大好きよ。」
達彦さんと春樹さんもうなずいた。マキノも自分のコーヒーを淹れて一緒に座った。子ども達はお腹がふくれて、階下から持ってあがってあったテレビをおとなしく見ている。今はお利口さんにしているけれど間もなく飽きてくるだろう。

「マキノちゃんはいつから営業する予定?」
イズミさんが聞いてきた。
「年が明けてからすぐにでも・・まだ日は決めてませんけど、冬休みは、子ども達が家にいるから、ママさん達は大変なんでしょう?」
「そうねぇ・・。マキノちゃんは、年末年始は実家に帰る?」
「帰ります。母に顔を見せに。でも開店のこと考えるとじっとしていられないから、すぐこちらに戻ります。あ。今度実家に帰ったら、バイクを持って来ようと思ってるんです。」
「バイクかぁ。そっかまだ持ってたのね。」
「そう。これ、ツーリングの時に達彦さんに助けていただいたお礼も兼ねてますから。」
「気にしなくていいのに。イズミから聞くまで忘れてた。」
「ああやっぱり忘れてたんだ・・。私にとっては結構重要な分岐点だったんですけどね。」
予想通り。さほどがっかりもせずにマキノが言った。

「じゃあ、年が明けたらこのごちそうの恩に報いられるように働くわ。正直に言うと感心しちゃった。こんな本格的なものを食べさせてもらえるなんて・・。」
「本当においしかった。お店はきっと、たくさんお客さんが来るよ。」
「ありがとうございます・・。」
イズミさんと春樹さんが太鼓判を押してくれた。達彦さんも口数は少ないけれど、顔を見れば満足してくれている様子だったと思う。

春樹さんとは、今日はあまりお話できなかったな。
お料理出すのにいっぱいいっぱいだったから。
マキノは5人が歩いて帰ってゆくのを見届け、これから始まるカフェライフへの期待がまたムクムクとふくらんでいくのを感じていた。
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