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春樹視点(1)
名前
しおりを挟む翌日の夜、イズミさんから教わった電話番号に、意を決して電話をした。
「佐藤と申します。菅原マキノさんのお電話でしょうか?」
「はい、そうですが・・。」
あれ?イメージからかけ離れたひどく元気のない声だ。知らない男の声だから、警戒でもしているのだろうか? 少しばつが悪かったが、こちらのサツマイモ事情を説明していたら、おイモを掘ってもらえるのはありがたいと言いつつも、体の具合が悪くて、今度にして欲しいと、話を遮られてしまった。
元気がないと思ったのは、気のせいではなかったのか。
「すみませんでした、また電話します。」
慌てて電話を切った。体調の悪いときに是が非でもしなければいけない話でもない。
しかし、電話を切ってから、彼女は一人暮らしのはずだよな・・。と気が付いた。
病院に行きたくても行けずに、困っているんじゃないだろうか・・。
どうしよう。いくらなんでも、知らない男が見舞いなんて行けないし。
イズミさんに頼もうか。ちょくちょく行き来しているようだし、親しいのなら・・。差し出がましいだろうか。おせっかいだろうな・・しかし薬も買いに行けないんじゃないのか・・。
悩んだ末、結局イズミさんに電話で相談をしてみた。
「そう?昨日までは元気だったのに。じゃあ病院なんて行く時間はなかったでしょうね。でも、見に行くにしても、さっき達彦さんの晩酌につきあっちゃったから運転できないのよ。」
「オレ、車ぐらい・・だすよ?」
「あら。春ちゃん、彼女が気になるの?」
「まさか、そんなわけ・・・。」
・・どうなんだろう、オレ、何を思って彼女におせっかいを焼こうとしてるんだ?
自分が何を考えているのか、まとまらないまま、とにかくイズミさんが行くというので、車を出して一緒に彼女の家まで来た。
ベルを鳴らすと、知らない女の子が出てきた。あれ、一人暮らしじゃなかったっけ?
マキノちゃんを心配していたのか不安だったのか、イズミさんにマキノちゃんの体調のことを訪ねられて、その女の子は明らかにホッとしているようだった。こんな時にどうしたらいいのか見当もつかなかったのだろう。
イズミさんはこの女の子のことを知っていたようで、驚きもせずに話をしている。そして二人で下の階へ降りていって、マキノちゃんと一緒に上がってきた。
あらまぁ、ふらふらだ。こりゃ電話するのもつらいはずだ。
後ろの座席に座らせたら、義姉さんの膝枕で寝てしまった。
まるで子どものようだと思った
病院で調べた結果、ただの風邪だとわかり、まずは一安心だ。相変わらずマキノちゃんは、ぽーっとした顔をしているが、薬も処方されたし、じきによくなるだろう。
病院から戻ると、また女の子が玄関の外まで出てきた。待ち構えていたようだ。
「どうだった?」
「ただの風邪だよ。インフルは陰性。」
「そうなの?。」
イズミさんは、不安そうな女の子に大丈夫だよと笑って、持ってきた氷嚢に氷水を入れるように言ってからマキノちゃんを連れて下の階へ降りて行った。
女の子は神妙な顔をして冷凍室から製氷皿を取り出し、製氷皿と氷嚢を両手に持ったまま、しばらく固まった。
やり方がわからないのかな・・と思い、「その氷、はずしてあげようか?」と横から口を出した。
女の子は、黙ってうなずいた。
春樹が、製氷皿を両手で持って、斜めによじるように力を加えると、氷は型から一気にごそっとはずれてバラバラになった。
「おぅ・・。」
女の子は、それを見て小さく感嘆の声を上げてすぐに春樹から製氷皿を取り返した。
しかし、どうもこの女の子の存在が気になる。尋ねずにはいられない。
「君は、マキノさんの妹さん?」
「赤の他人。」
クールな返事が返ってきた。ますますわからない。
女の子は、製氷皿の上で、型からはずれた氷を一個ずつ氷嚢へと入れている。一度ボウルか何かに出したほうが扱いやすいのになと、心の中では思っていたが、やりたいようにやらせて傍観していた。すると、今度は女の子の方から質問返しが来た。
「そういうお兄さんは、誰?」
「イズミさんの義理の弟。」
「ふうん。」
「さっき電話をしたんだよ。サツマイモのことで。」
「・・マキノの知り合い?」
「いや、顔は知ってたけど・・・。」
な・・なんだろう、やけに返事しにくい。やましい事は何もないのに。
「ところで、君の名前は?」
「前村リョウ。」
「オレは・・佐藤。佐藤春樹。」
「・・ふうん。」
笑ってもいないのに、にやりとされた気がした。
リョウちゃんの態度は徹頭徹尾クールだった。
そして、そのまま黙ってマキノさんのいる下の部屋へと氷嚢を持って降りて行ってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
体調がよくなった頃に、もう一度マキノちゃんに連絡をして、数日後に役員さん達と一緒にサツマイモ掘りをして分けてもらう約束をした。
芋ほりの当日は、朝から兄貴の軽トラックを借りてマキノちゃんを迎えに行った。
「おはようございます!」
風邪はすっかり治ったようで、元気はつらつな挨拶だ。謎のリョウちゃんはもう、一緒ではなかった。
突然電話をかけてきた自分をどう思っているのか、少し気になっていたが、自分に対してマキノちゃんは全く不審がることもなく親しさの溢れる笑顔で話をしてくれる。
これは、ひとえにイズミさんのおかげだろうな。
カフェのことを聞くと、照れながらも嬉しそうにいろいろと様子を教えてくれる。今は、工事も始まって、建築関係の業者さん達が出入りしているようだ。年内には完成するらしい。ケーキ屋でバイトは続けながら、改装の事も、何もかもたった一人で進めているようで、その原動力がどこから来ているのか。計り知れないエネルギーには感心する。
この子が頑張るなら、お店は絶対うまくいく。きっと。そんな気がした。
クラスの役員さんたちと途中で合流し、お互いを簡単に紹介した。畑に着いて作業が始まると、朝市で見かけていたのと同じ、あの明るさと、パワフルさで、どんどん土を掘り返してゆく。
休憩を挟もうかと言うと、みんなが座るためのシートを用意してくれて、手作りのサツマイモの焼き菓子と、それと一緒に、ウエットティッシュを配ってくれる気遣い・・。
わざわざポットに入れて持って来てくれたコーヒー。そのおいしさ。そのひとつひとつに、実は密かにとても感心していた。
役員さんたちは「へえ!すごい!」「おいしい!」と大げさに誉めたり喜んだりしているのに、何故か素直にそれを表現できない自分があった。
普段畑仕事をしていない役員さんたちは、慣れない作業ですぐに疲れ果てた。
学級の分はもう十分ある。余力があれば手伝おうと思っていたマキノちゃんの畑の未発掘の畝は、まだまだ残っている。疲労困憊の役員さん達は、自分たちのノルマを果たし、おやつももらって満足していることだし、これ以上突き合わせるのも気の毒なので、先に帰ってもらうことにした。
このあと女性一人の力で掘りきるのはきつかろう。それに、芋を運ぶのだって軽トラックが無かったら厳しい。できなくはないかもしれないが、今なら、このままオレが一緒にやってしまえば日を改めなくてもこの畑の作業を完了できる。・・ここはおせっかい焼いてもいい場面だよな? 決して二人になりたいとか、そんなのじゃない。ちょっとしたお礼。それだけ。
役員さん達には、みんなの代表で頑張ってくれたことを労って挨拶をしてから、マキノちゃんに向き合って、建設的な提案をした。、
「この残り、頑張りましょうか。今日のうちに。」
すると、意外な返事が返ってきた。
「・・先生って、お兄さんと似てますね。」
大変不本意だ。あんな、愛想のない山男とは違う思うんだけど。それに、さっきから先生先生と呼ばれることにも抵抗がある。なんでだろう。とりあえず「先生って言うのはやめてほしいな・・。苗字でも名前でもなんでもいいので。」とお願いした。
「では、佐藤さん。」
「はい・・。」
自分で言っておきながら、「佐藤さん」も、違うような気がしたけれども、どう呼んでもらいたかったのか、自分でもわからなかったので、そこは仕方がないとあきらめた。
そのあと、作業を終えて帰る車の中で、マキノちゃんが、お礼に食事会をするので来てくださいと誘ってくれた。改装ができたら厨房の使い勝手を確かめたいらしく、兄夫婦らを呼んで夕食を作るのだと言った。自分はそれほどのこともしていないと思いながらも、今まで何度かマキノちゃんの作ったものを食べたことがあるとカミングアウトした。以前から知っていたことも、おばちゃん達が噂話をしていたことも。
「えええーっ。わ、私って・・全然・・全然周りが見えてないですね・・。」
彼女の方は全く記憶がなかったらしくて、とても驚いていた。
「いや。みんなマキノさんのこと歓迎してるから心配しなくていいって。」
やっぱりな。あんなに忙しそうだったんだから、一度買いに来たぐらいの客の事を覚えていなくても当然だ。
掘れたサツマイモは、軽トラックの荷台にいっぱいあった。
工事の始まっているマキノちゃんの家の裏手に、芋の入った袋を降ろして行く。この家の裏にも、子どもの頃には来たことがある。
昔から知っている家なのに、住む人が違うと家の感じまで変わる気がする。マキノちゃんがここにいるのだと思うと、カフェが始まることも、現実味を帯びた事柄として受け止められた。
さて、今日一日分の仕事量としては、結構ハードだったかもしれない。
さすがに疲れた。彼女とはもう少し話をしたかったが、用もないのに長居はできない。潔く帰ろうとしたら、帰る間際に呼び止められた。
「えっと・・えっと下の名前、佐藤・・なんておっしゃるんですか?」
あれ、言ってなかったっけ?
「はるき。」
「あっ・・そう言えば・・。」
ようやく気付いたのか。イズミさんも兄貴んちの子ども達も、みんな春ちゃんと呼んでいるからな。
「季節の春に、樹木の樹。」
「はるき・・さん。」
マキノちゃんが、自分の名前を復唱したので、黙ってうなずいた。
彼女は、まっすぐに自分を見ていた。
たった今、初めて、自分の存在が、彼女に認められたような気がした。
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